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そのハイヤーで時間通りにマンションから出て来た三虎を乗せ、空港に着けば荷物は全てエアラインが到着先のホテルまで運んでくれる。なまえは他人に任せられない仕事のバッグと自分の貴重品だけ持って飛行機に搭乗した。半個室のようになったスイート。片道云百万のシートだが、泣く子も黙る美食會社長をまさか民間の普通の飛行機には乗せられない。プライベートジェットがないわけではないが、今回向かう先が向かう先なだけに目立つものは安全の為控えよう、ということである。チェツェルの紛争地帯とは反対側の比較的安全かつ穏やかな、件の樹木を含む森林のない地域に降り立つ予定であった。マッハ飛行機で八時間程のフライト、自分の席に着いてからはすぐ靴を脱いでフルフラットにした座席であぐらをかいてテーブルに仕事を広げる。広い通路を挟んで反対側の三虎がチラリとこちらを一瞥して小さく息を吐いたのが聞こえた。


「こんな時まで仕事か」
「必要なので。社長はご自由になさって下さい」
「先の資料か?」
「ええ、まあ。はっきりした証拠云々は現地で受け取る予定なので大まかな経過の文字情報しかありませんが…お目に通しますか」


まとめ終えているものをトントンと整え、クリップで留めてから差し出す。無言で受け取った三虎は、スパークリングを飲みながらそれを読み始めた。
ランチに出された機内食は、機内食というよりも立派なイタリアンのコースだった。メインディッシュの肉は断り、きれいに平らげてから二時間程眠り、起きてから到着まで再び仕事をして時間を潰す。


「着いたな」
「ええ。あ、コーヒーショップ…」
「行け、構わん」
「わーい!あっ、ありがとう三虎さん!行って来ます!」


飛行機から降りた先のチェツェルは、夕方の時間帯。なまえたちからしてみれば"昨日の"夕方の日付と時刻である。マッハ飛行機は八時間程で日を半周するのだ。入国審査をクリアし、普通ならキャリーバッグなどの荷物を取ってから出るのだが荷物はホテルに届けられる為、機内でコンパクトにまとめた仕事用のバッグだけ下げて空港を歩く。流石に紛争地帯の反対側とはいえ、人は疎らであった。もともと豊かな森林とその中に遺された古代遺跡で観光資源に恵まれているチェツェルは、件の樹木の表皮が良質な火薬に加工できることが知られていなかった頃は観光国としてなんとかやっていたのだが…。その空港の半ばにコーヒーショップを見つけたなまえが目を輝かせるので、三虎はなまえが抱えているバッグを取ってから適当なソファに腰掛けた。
先程言った以外には何も言わないが、待っているからさっさと行け、といった態度だ。自身も美食屋としてのSS級ライセンスを持つ三虎と、A級ライセンスをもつ自分。ボディガードなど付けるだけ邪魔なので、二人きりだが離れたところで大して問題は無い。警戒はするに限るが、し過ぎてもいけない。財布だけ持ってコーヒーショップで自分のキャラメルラテと三虎のブレンドをカウンターで待つ間、すとんと隣に座って着た黒髪ロングの猫目が可愛い男が、さも知らん顔で隣の席でまくまくとでっかいビスケットを食し、後ろ向きにテーブルに手を着いているなまえにデータのメモリチップをすっと渡してから何食わぬ顔で離れて行った。男が店から離れて行ったのを視界の端で見送ってから、手のひらに収まったメモリチップを見る。見慣れた刻印のある特殊な形。彼らとの伝達はいつもこのメモリで行われるので間違いない。頼んでおいた証拠関係だろう。それを胸ポケットにしまい、コーヒー二つを持って三虎のいる所まで戻った。
隣に座ってキャラメルラテに口を付け、預かって貰っていたバッグから取り出したタッチパネル式の薄型パソコンにメモリを繋げる。隣で寡黙にブレンドコーヒーを飲んでいる三虎に立ち上がったデータを見せて、これで勝てますね、と笑った。


「……こんなものどうやって」
「友達が得意なんです。良かった、これだけあれば何も言えないな、相手。よくもまあこんな情報パソコンデータなんかでやりとりしちゃって…」


画面に映っているのはグルだらけの社内メールのログで、そのアドレスや内容、時間帯まできっちりと記録されている。その中にはっきりと、"美食會の先をとれ"といった指示内容や具体的な横取り案が並んでいた。この御時世、独占禁止法は随分前に廃れてしまっている為、小さな市場ならば独占してなんぼ、といった動きが多い為、企業は狙っている市場は獲得するまで極力秘密裏に動き、動いていること自体極秘にするものであるが。無論美食會もそうしていたが、今回は何故かチェツェルを狙っていることがばれていた。社内に裏切り者がいる。


「特定出来たか」
「…はい。見張らせています」
「帰ったら始末だな」
「社内審議に持ち込まれるでしょうから、秘書課のイオとディオに証拠集めを任せてあります」
「ああ。行くか」
「はい」


思考が読まれたのかと思った。同じことを同じタイミングで考えて、それでふと聞かれたのだろうけれど少し驚いた。適当なところで空のカップを捨て、ホテルに到着してからはそれぞれの部屋に別れて、好きに過ごす。なまえは先程貰ったデータをビジネス用の設備が整えられたホテルの部屋のプリンタを起動して自分のノートパソコンから出力してまとめた。会食の前、必ず必要になるだろう。持ってきたスーツを壁に掛け、出力をしている途中でレイに一度連絡を入れ、プリントアウトが終わったものを鍵付きのバッグに入れ、部屋に備え付けの金庫に入れた。鍵を首から下げて、風呂に入ってゆっくりしたあと出て来たら、先程チェックインしたばかりなのに、ひとのいた気配がした。服を着て適当な所を漁ると、ゴミ箱の底とビジネスデスクの引き出しの奥の壁の外側と電話線が壁に引き込まれる内側の所に盗聴器がし掛けてあった。部屋に来た時にチェックした場所だが、風呂に入っている間に仕掛けるとはなかなかやり手だなと思い、盗聴器は場所を確認しただけで取らずにそのまま置いておく。


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