2 (3/8)


早めに仕事を切り上げた社長の帰宅を見送った後、なまえは必要書類やデータを纏め、移動中にできる仕事もピックアップしてビジネスバッグに詰め、それらを持って帰宅する途中、弟であるボギーからの電話を取るのに路肩に車を停めた。


「お疲れー、どしたの?」
"オッス。今ドコにいんの?今日帰り早いんだろ、メシでも行かねえか"
「うん、いいよ。今車で帰ってる途中…迎えに行くよ、まだ学校?」
"やっりい。最寄りの駅前ロータリーまで行くから拾ってくれよ"
「わかった、待ってて。今から10分程掛かるよ」


大学近くの駅のロータリーで学校帰りなのだろう女の子達の視線を集めまくって居るボギーはすぐに見つけられた。大型の駅の車の出入りの激しいロータリーだが、すらりと背が高く周りより頭一個半抜け出ている上に、淡い金の短髪、紅い眼が特徴的な弟は、身内の色眼鏡なのだとしてもよく整った見目をしている。容貌だけの話なら、何故あの父母から、こんなにも似ていない兄弟が産まれるのか不思議な程誰も親に似ていない。辛うじて何人かに髪や眼の色合いが共通するくらいで、本当に似ていない。しかしこのボギーと自分は五兄弟の中で一番共通色が多い。肌や、厳密には同じとは言い難いけれど淡い金系統の髪、なまえは片眼だけだけれど血のように紅い瞳の色が。
女の子たちの視線には一切気付かない風のボギーを拾う為に彼の前に車を停めて助手席を開け、乗せてからまた発車する。学校の話を聞きながら適当な店でゆったりと晩御飯を食べてから仲良く帰宅、食後のお茶に中国茶を飲みながら明日は朝が早く数日留守にする旨を再度確認の為に言っておいて、彼を寝室に見送った。
ブランド物の牛革のボストンバッグに泊まりの洋服や下着を詰め、それとは別にスーツを3着程準備し、持ち帰った仕事の詰まったバッグの中にノートパソコンの充電器や保存用のメモリーなどを入れてから風呂に入り、この日は本当に早々にベッドに潜った。


**


迎えのハイヤーが来る時間にかなり余裕を持って起きてカジュアルに身支度を整え、煙管に火をいれて水を飲みながら朝ご飯を作る。小魚をグリルに入れ、研いでおいた米を土鍋に移して火をいれる。ごとごとと米が炊ける音を聞きながら沸かした湯で昆布だしをとった。冷蔵庫の保存食コンテナからはちみつの梅干しとお漬物を少しずつ皿に出して、沸騰寸前のだしの中に豆腐を落として水洗いしたワカメを入れ、一煮立ちさせてから火を止めて味噌を溶きいれた。冷めないように専用に作った可愛い柄のコットンキルトの服を鍋に着せて、冷蔵庫から取り出した卵を溶く。
だしを加えた卵液を専用のフライパンに流し込んでふかふかの出し巻き卵を焼いている頃、ごそごそと起き出してきたボギーがスウェットのまま、整えられているダイニングテーブルの椅子に座ろうとしてやめ、キッチンに入ってきた。


「はよー」
「お早う、ボギー」
「手伝う…ふぁぁ」
「でっかい欠伸(笑) もうよそうだけだから、これとこれテーブルに運んでくれるかな。ご飯はどのくらい?」
「山盛り〜」
「おっけー」


土鍋で蒸らしていたご飯を切り混ぜてから茶碗に盛り、熱々の味噌汁を汁茶碗によそい、グリルから出した小魚と焼きたてのだし巻き卵は切ってから皿に並べた。
梅干しと漬物を入れた皿も並び、しっかりとおかずが揃ったテーブルに向かい合って手を合わせる。頂きます、と声が重なって、お箸を取って好きな物から食べ始める。ボギーは卵焼き、なまえは小魚だ。


「チェツェルだっけか」
「うん」
「あの辺今危険なんだろ?紛争とか多いって聞いたぜ」
「そうだね。でも、仕事だから」
「まぁ…兄貴がンなとこで死ぬタマじゃねえのはわかってっけどよ……気を付けろよ」
「うん。ありがとう」
「銃は持ったか?」
「ノッキングなら持ったよ。実弾は趣味じゃないから…」
「紛争地帯でノッキングで戦えるか…?」
「大丈夫。三虎さんもレイちゃんも俺もライセンス持ちだし。巻き込まれたらそれはそれで…いいかも。一応ナイフはスーツに仕込んだから何かあっても大丈夫」
「相手重役消したりとか?」
「まさか。消しまでしないよ。ちょっと怪我して貰うくらいならいいかなと思って」
「怨まれんぞ」


消した方が怨まれるくない?とけたけた笑って味噌汁をすする。二人でお喋りしながらぺろりと朝食を平らげた皿を流し台に運べば、俺がやるから、と洗い物を買って出てくれたので任せている間に湯を沸かし、新聞を取りに出てから食後に手軽なティーバッグの紅茶を入れて、新聞を読みながら口をつけた。経済新聞には今日これから向かうチェツェルで起きている紛争やそこにビジネスで入り込んでいる企業の話などが載っていて、当然そこには美食會の名前も挙がっていた。現在チェツェルは国境付近で国家間紛争が起こっていて、入国が難しい。しかし敢えてそのチェツェルに乗り込むのには、大きな目的があった。
件の土地には樹皮が剥がれると勝手に丈夫な繊維状になる特殊な樹木類が多数種分布しており、その繊維を使った織物は泥染や草木染めのような優しい色合いをしていて、麻と絹を混ぜたような風合いがある。その織物に施される現地民の刺繍がまた素晴らしいのである。そして、その繊維をある手法によって加工すると大変良質な火薬が作れる。現在紛争が起こっているのは、隣国がチェツェルが持つその豊かな森林資源を戦争に使う為に土地を求めているからで、チェツェルは仕方なく防戦している状態だ。件の繊維が火薬に加工されると世界中の細かい戦火が拡大してしまうだろう。繊維の加工は難しく、またチェツェル自体は火薬ではなく織物や手工芸品などの自国の文化を売りたくて動いているのに、隣国は自国にこれといった資源が無い為にチェツェルを突ついているのが現状であった。

グルだらけは美食會と並ぶ大企業のひとつだが、その仕事振りは傍若無人で野蛮だ。他社が開拓した土地に後からやって来て良いところだけ企業の圧力で他を圧倒して買い叩く。それがグルだらけのやり方ならばどうでもいいが、それはあくまでも仕事場が被らなければ、の話である。ちょくちょく美食會の持つラインをつまみ食いに来ていたことはあったが、その都度現地の役員が対処して来た。けれど。今回は美食會が目をつけた物を丸々横取りに来ている。どこから美食會がチェツェルを狙っているのかが洩れたのか調べなければならないし、紛争もある現地で奮闘している派遣役員の心労たるや想像を絶する。市場規模が大きいだけに、いい加減始末をつけようと社長自ら出ることになったが、果たしてどうなることか…。


「そろそろ時間じゃねえのか」
「! 本当だ、のんびりしちゃった。荷物おろしてくる」


ボギーの声で我に返り、なまえはカップを置いてぱたぱたと自室に走る。ベッドに置いたまとめた荷物を抱えて玄関に向かえば、荷物をハイヤーまで運んでくれるらしいボギーは靴を履いて待っていた。


「ありがと、これとこれお願い」
「おう。エレベーター呼んどくから。襟巻き忘れんなよ。パソコン用の眼鏡持ったか?」
「あっほんと、襟巻き襟巻き。眼鏡は持ったー!」


襟巻きを取りに一度部屋に戻ってから携帯電話と、玄関先に置いているキーケースをポケットに突っ込んで腕時計を着ける。ハイヤーが来る時間の五分程前だが、もう下には着いているのだろうなと思った。
ボギーが待っているエレベーターに乗り込み、一階ロビーに下りて、コンシェルジュの挨拶を受けてから、やはり既にマンション前に到着して待っていたハイヤーの運転手に声をかけた。


「おはようございます、後ろに荷物…あ、どうも」
「入れるぜ」
「うん、ありがと」
「気を付けてな。毎晩連絡寄越せよ」
「心配性だなあ(笑)」
「誰でもそうだろ。紛争地域だぜ? ほら、さっさと乗れよ」
「はいはい。ちゃんと連絡する。行って来ます」
「おう。行ってら」


仕事の詰まったバッグだけ抱えて後部座席に乗り込み、ドアを閉めた。ぴらぴらと手を振るボギーに笑みで手を振り返し、角を曲がったところでバッグを開け、ノートパソコンを取り出しながら携帯電話を耳に当てる。


「もしもし。レイ先輩?おはよ。あは、そっちはまだ夜?こんばんは。うん。どう?情勢。うん……ほお、うん、うん……ん!?ええっ面倒くさい……わかった。皆無事?…そう、良かった。いや一応ね?紛争してるわけだし。うん。出力する資料?ああ、ノートに送って貰っていいかな。うん、そう。@grm.comの方…はーい。待ってる。うん?今から社長拾って空港に向かうとこ。うん。わかった、空港のチョコレートね。はーい。え、お酒も?リモンの?空港のなんかでいいの?ああ…そうだよね、わかった、買ってく。はーい、じゃあそっち着いたらまた連絡するね。うん、そちらも気を付けてね」


ノートパソコンに届いているメールをチェックしてから通話を切り、暫く前からチェツェルに潜り込んで貰っている知人にコールする。


"何じゃ?"
「どう?そっち」
"ま、ぼちぼちじゃの。お前さんの欲しがってたもんは大方手に入れたぞい"
「そっか、ありがとう。グルだらけどうなってる?」
"お前さんらが来ると知って慌てとるわい。証拠隠しやアリバイ作りにの"
「フフ、だろうね。そっちの社長はもう現地入りしてる?」
"ウム、三日前からの。臨戦体制じゃぞ、会談の時は武装しとれよ"
「ノッキングガン持ってる。証拠の受け取りは予定通りの手筈で大丈夫そうかな」
"まあ問題ないじゃろ。何かあったら連絡入れるわい"
「わかった、ありがとう。お願いね」
"うむ"


聞き慣れたしゃがれた声。生涯現役を掲げるだけあって、本職ではないものの要求した物は殆ど揃っているらしいのでこれで勝てる。相手をぐうの音も出ない程に叩きのめしてチェツェルから手を引かせることができるだろう。ただ、その証拠の精度によってはしらばっくれる可能性も無きにしも非ずではあるが…まあ、彼に頼んでそれはありえないか。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -