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 そこまで聞いてなまえはとっさに、自分の身体を調べた。

「あぁ、『そういう事』はしていない。」

彼が察して、そう言う。それを聞いてなまえは、調べるのを止めたが、正直彼とは、今さら何を、と言わざる得ない関係ではあった。
『そういう事』が有ったとすれば、身体の感覚で判るが、自分の意識の無い状態で、それが有ったとすれば、気分のいいものでは無い。

「まぁ、ケーキの件も結構重大だが、その先も結構重大だ。」

落ち着いた表情と声ではあるが、手持ちの書籍を読みもしないのに、ページをつまんで指でこすっている。
これは、彼が苛立ちを感じている時のしぐさの一つだ。
彼女は、この先、彼が声を荒げる様子が目に見えていた。




「暖炉の薪ももったいないんでね。とりあえず、君を寝室に運んだよ。君がすーすか、すーすか、寝息を立てているのを聞いていると、バターケーキを口いっぱい詰め込んで食べている様子が目に浮かんだよ。紅茶も無いのによく、食べ切れるな、口の中が乾いて食べにくいんじゃないのか?なんて思いながらね。
 そんな余談は置いて。で、君をベッドに寝かせて、離れようとした時だ。君の手がいつの間にか、私の服を掴んでいたんだ。そう丁度このあたり、襟元。離そうとしても、なかなか離せない。なんだかなぁ。と思っていたが、急に君の事が可愛らしく思えてね。その仕草が、恋い慕われているような気がしたんだ。そう思うと、私も悪い気はしないだろ?
 だから、君の額に口づけようとした。君がもっと、知性と教養が有り料理のできる、あと食い意地の張っていない女性になる事を願ってね。
 その時だ!
 完全に寝ていると思っていた君の眼、きれいな色をしているね。私はとても好きだよ。が、大きく開いて私を見据えた。
 そう!それは、まるで森で遭遇した、熊のようにするどい目つきで!ちなみに熊に遭遇した事は生きてて一度も無い。その目つきに、一瞬思考が停止してしまったよ。思いっきり、引き寄せられたかと思うと、何か強烈な打撃が私の頬にめり込んだんだ!頭は揺れ、眼鏡がずれて、気付けば私は天井を見つめていたよ。偶然にも、君がリビングで転けた姿と、同じ姿勢で倒れこんでいた。
 何が起きたのか一瞬判らなかったが、すぐに、あぁ、殴られたのか。と理解したよ。
 しかも、肘で!肘だぞ!痛いぞ!結構!
 頬がじんわりと、痛みが残ったまま。いや、倒れた時に、背中も打ったし、変な風に倒れたから太ももをねじって、筋が痛いし、起き上がる時に、力の入れ具合を誤って手首も軽く痛い。ん?全身じゃないか!そう全身が痛いまま、起き上がった私は、ずれた眼鏡を直して、もう一度君を見た。すると、何事も無かったかのように、うつ伏せのまま寝ている君がいるだけだ。
 すると、さっき野獣のような目つきで、私に格闘技を決めた人物は、別人だったのだろうか。いいや、そんな事はないはずだ。すると、これは因果か?さっきの私の行為に対する応報か?いや、しかし、だからと言って、これは無いのでは?神よ、ちなみに、君は私は無神論者である事は知ってるね?あなたは何も見ていなかったのか?世界の紛争や争い事に眼を向けて、この小市民など見る暇も無いと?
 それとも、私が受けたのは、切れのある格闘技では無く、ただの寝返り!?だったのか?だとしたら、なんて豪快な寝返りだろう。肘が奇麗に弧を描き、こう、ひゅん!と!ひゅん!っと!」

 ご丁寧に、なまえがどう、自分の頬に肘を食らわせたのか再現しているが、声を荒げたり、静かに喋ったり、身振り付きだったり、何かと忙しい男だ。女みたいによく喋る。




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