Fairy cakes
「……こんな感じで、いい、のかな?」

 事務所のキッチンで、レシピとにらめっこしながら出来上がった“それ”をじっと見つめた。
 カップを型にして作った、自分のこぶしよりもひと回り大きなスポンジ生地、その上にラズベリーで色をつけたクリームで飾り付けた小さなケーキがそこには並んでいる。
 手袋を外すことが出来ない私でも作りやすいというケーキをワトソンの知り合い――アパートの管理人さん、だと言っていた――から伝え聞いたレシピで作ったのがこれ。確かに私ひとりでも形にはなったし、一つ味見をしたけどちゃんと食べれる味ではある。普段のティータイムに出すのならば、特に問題は無い。
 しかし、今日は特別だった。

「うーん、やっぱり少し形が……でも作り直すには時間が……」

 ちらりと時計を見る。もうすぐ、彼を連れ出してくれたワトソン、そして彼自身が戻ってくる時間だ。どうしよう、と気持ちがどんどん焦っていく。

「……えっと、落ち着かなきゃ。今あるもので、どうにか……」

 キッチンを見渡す。さっきも考えた通り、生地を新たに焼くには時間が無い。それならば外側から、クリームで形を誤魔化すしかない。幸いにもクリームはまだ絞り袋に残っていた。これでバランスを取れば……、と手にしてまさにクリームを絞り出そうとした時だった。

「戻ったぞー!」
「っ!?」

 突然、ガチャッという扉の音と聞こえてきた声に、体がびっくりしてしまった。そして、あっと思った時には、もう遅かった。

「ワトソン君、いつもに増して君の言動にはおかしな点がある」
「おいおい! それだと俺がいつもおかしいみたいだろ。少なくとも、お前よりかは常識人のつもりだぜ?」
「どちらかがより世間的であるかは今は別として、だ。事務所に戻るなと言ったかと思うと、今度はとっとと戻ると言う。いったいなんだと言うのかな」
「まあまあ、ホームズ。それはこれを見れば分かるさ……って、おっと、まだ早かったか? 嬢ちゃん、準備はー……っと……」

 テーブルにはお皿やカトラリーなど、ケーキ以外のものがセッティングしてある。けれど、肝心のケーキはまだ置いていない。となるとワトソンがここへ顔を出すのも当然なわけで――

「お、おおー……こりゃあ、その、斬新な……デザインの、ケーキ……だな?」
「ケーキ? いったいキッチンで何を……」
「……ごめんなさい」

 笑顔だったがすぐにその表情を強張らせたワトソンと、不思議そうな顔を覗かせるも目を見張ったショルメたちには、キッチンで呆然と立ち尽くす私と、目の前の凄惨な様子が目に入っただろう。
 クリームの山に埋もれた小さなケーキ。そして私の手には中身のなくなった絞り袋と本来出るはずの口金とは反対側から雪崩出たクリームの残骸だった。

「……ワトソン君、とりあえず彼女の手元を拭くタオルを用意してくれるかい」
「あ、ああ! ちょっと待ってな」

 ショルメの言葉に気づいたワトソンは慌ててキッチンを出ていった。どうしていいか分からず立ち尽くす私のすぐ隣に来て、彼はふむと私の手元を覗いた。

「なるほど、フェアリーケーキか」
「あ、うん、そう……だった物」
「さしずめ、私たちの帰りが思ったよりも早くて驚き、その拍子に間違って絞り袋を握ってしまいクリームが逆流してしまった、といったところかな」
「そのとおり、です……」
「そんな気に病むことではない。少し……と言うにはまあ、多いかも知れないが、こういうケーキだって悪くない」

 項垂れる私に、彼は優しく微笑んでくれた。その言葉はとても嬉しい、けれど、今日は失敗したくなかった大きな理由がある。

「……誕生日、だから」
「え?」
「ショルメの誕生日だから……特別だから……味はもちろん、見た目にもこだわりたくて……」

 今日が彼の誕生日、とワトソンから聞いたのは数日前。日にちもないから何を用意していいか分からず、それならばとこのティータイムにケーキを作る、というのも提案してくれたのもワトソンだった。それから急いでレシピを教わったり材料を準備したり、と短い間ながらも必死に用意したが、すべて水の泡となってしまった。
 項垂れる頭と共に視線は落ちていき、無惨な姿になってしまったケーキを見つめる……いや、見つめようとしたが出来なかった。

「あれ?」

 ケーキがない。ハッと気づき横を振り向いた。

「うん、香ばしいこの風味はアーモンドかな。このラズベリーのクリームの酸味とよく合っている」
「あ、そ、それ……!」
「ああ、とても美味しいよ。むしろ、クリームの量も丁度いいくらいではないかな」

 慌てる私なんてお構い無しに、食べ進める彼にいつかの思い出と重なり合う。彼はあの時も、慌てる私をよそに食べ進めていた。そして、今も。
 私の手より大きかったそれも、彼の手の中ではとても小さく見えてあっという間に食べ終えてしまった。あ然となる私に、彼はにこりと笑う。

「ありがとう、カルディア」
「う、ううん。でも、あんなので……」
「確かに見た目は、変わっていたが味は良かった。また食べたいと思う」

 だから、と不意に近づいてきた顔にたじろきそうになるもなんとか耐えた。ともすれば鼻の先が触れてしまいそうな、そんな距離。彼の真っ直ぐな瞳が、とてもよく見える。

「だから、もし見た目にもこだわりたいと言うのなら、また来年、作ってはくれないだろうか」
「来年……」

 その言葉に、心が高鳴った。偽物だけど、私にとっては本物の心が、確かに。

「うん、もちろん!」

 来年も彼の隣にいれる、それだけでこんなにも嬉しくなれる。
 こうやって、笑い合いながら、この先もずっと――


[newpage]



「――おーい、ショルメ」
「何か、ぶっ」

 ワトソンの呼びかけに振り向いたショルメの顔に、かなりの速度で投げつけられたタオルが打ち付けられた。
 キッチンの入口でにやりと笑うワトソンが目に入る。

「俺からのバースデープレゼントだ」
「これはこれは……随分と安上がりな贈り物だね」
「空気を読んでこの場に出ていかなかっただけ有難いと思えって」
「大丈夫。ワトソンは、ショルメが気になっていた本をプレゼントに用意してるから」
「あっ、おい! 言うなっての!」
「おや、君にしては気が利くね」
「お前なぁ……」

 賑やかないつもの会話に笑った。
 さあ、手を拭いて、残りのケーキを皿に盛り付けなくては。
 そして、少し遅くなったけど、いつもより特別なティータイムにしよう。


prev next

bkm
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -