bungle stitch
 緊張した面持ちでじっと見つめてくるカルディアに、苦笑しつつも素直に言葉にした。

「そんなに心配せずとも、どれも本当に美味いぞ」
「でも、ヴァンはいつもそう言ってくれるから……もっと上を目指すには厳しくしてもらわないと」
「向上心があるのはいいことだがな。しかし美味いものは美味いから他になんと言えば……」

 テーブルの上に並べた料理の数々。どれもいつもの夕食よりかなり手の込んだ品ばかりで、今日という日のために数日前から準備をしていたのがとてもよくわかる。
 まさか自分自身の誕生日が、こんな風に祝われる日が再び来るなんて思いもよらなかった。数多の命を奪った自分が――彼女から離れ、傷つけた自分が、今こうして、生まれてきたことを祝福されている。少し前の自分ならば、こうして祝われることにすら罪悪感を持ったかもしれない。けれども、彼女ときちんと向き合うことを知った今なら、素直に喜ぶことができる。
そう、フォークを持つ手を止めて考え込んでいると、彼女は慌てた様子で手を横に振った。

「あ、でも、無理にじゃないから……! ヴァンが美味しいって思ってくれるのは、嬉しい」
「わかった。これからは、私のわかる範囲で答えてみる。――だから今日は、素直に美味いの言葉を受け取ってくれ」
「うん」

 ほっとしたような彼女とともに、止まっていたフォークをまた動かし始めた。その合間に彼女が街で見かけた物を話したり、今度の休みはどこに行こうかと話したりと、ゆっくりとした会話だが、話題だけは尽きない。
 あとはデザートだけ、と言う彼女に、そろそろ聞いてもいいだろうかと夕飯前から気になっていたことを口に載せた。

「カルディア」
「なに?」
「どうして手袋をしているんだ?」
「……え、っと」

 ケーキを取りに行くため立ち上がろうと机についた彼女の手には、見慣れた手袋が着けてある。元々は彼女の身に宿っていた毒を防ぐため、しかし毒が消えた今となっては無用の存在だ。もちろん外出時に寒ければ着けてはいるが、今は屋内で暖炉もあり暖かいはず。
 彼女は自分の手を自分で握り、目はきょろきょろと泳いでいる。

「カルディア?」
「……大したことじゃ、なくて」
「は? ……まさか怪我をしてるのか!?」

 急いで立ち上がり彼女のそばへと行き、腕を掴んだ。そのまま手袋を外せば、彼女の白い指は、細い包帯が何ヶ所か巻かれている状態にあった。

「これは……」
「違うの! 本当に、大した怪我じゃなくて!」
「大したことないわけないだろう、こんなにもたくさん、」
「これはっ、血がハンカチについたら大変だと思って、念には念を入れて巻いただけで……!」
「ハンカチ?」
「あ」

 しまったと言わんばかりの顔に、首をかしげた。なおも手を解放しない私に根負けしたのか、彼女は渋々と観念したように口を開きはじめた。

「――指を、針で刺しちゃったの」
「ああ……何か裁縫でもしてたのか?」
「……」

 わずかにこくりと頭が揺れた。手を離してほしいと目で訴えかけられたので手を離すと、彼女はさっきまで座っていた所の隣の椅子を引いた。そこには隠すように置かれていた小包があり、それを手に取ると彼女は私にはいと差し出してきた。

「改めて、誕生日、おめでとう」
「あ、ああ。ありがとう」

 この流れでプレゼントを渡されるとは思わなくぎこちない礼になったのは許して欲しいと思う。とにもかくにも、その手のひらほどの小包のラッピングをさっそく開いていくと、そこには肌触りが良い薄い青色をしたハンカチが包まれていた。その折りたたまれた一番上の角に刺繍がしてある。とてもたどたどしく荒いアルファベット三文字で読みにくいが、すぐに見慣れた自分の名前が糸で書かれているのだとわかった。そして、この刺繍をしたのが誰かなのも、当然――

「最初はね、ヴァンの欲しがっていた持ち運び式の銃の手入れ箱にしようかと思ったんだけど、お店の人にもっと小さな物でもいいから愛をこめたものがいいんじゃないかって言われて、でも何がいいかわからなくて街を歩いてたらショーウィンドウで刺繍入の綺麗なハンカチを見て、名前くらいなら私もできるかなって思ってやってみたらすごく難しくって、V、a、nの三文字だけなのに時間かかっちゃって、それで」
「カルディア、落ち着け」

 その一言で、ずっと早口で言い続けていたことに気づいたのか、ハッとなったあとは恥ずかしげに床に視線を落とすだけだった。
 そんな彼女の肩を、こみ上げてくる感情のままに動きそうなのをこらえながらそっと抱き寄せた。

「お前がくれるものならなんでも嬉しい。だが、なんだろうな、これは恥ずかしいと言うか、なんと言うか……」
「ごめんなさい、そんな下手な刺繍のハンカチなんて、恥ずかしくて使えないのに」
「いや違う、そうじゃないんだ。……だから、上手く言えないのだが」
「ヴァン?」

 抱き寄せたまま手の中に握っているハンカチを見つめて、いくらかばかり逡巡する。しかし決意し、彼女の不安そうな瞳を見つめた。

「お前が何をくれても嬉しいのは本当だ。だがな、銃の手入れ道具は、この世に同じ物がいくらでもある。だがこれは……カルディア、お前が作ってくれた、世界に一つだけしかないものだ。そのことが私は、嬉しくて仕方がない」
「……」
「――のだが、伝わった、だろうか?」

 今度は私の方が不安げな顔をしているかもしれないと内心思ったが、それもすぐに消え去った。
 腕の中にいる彼女が、満面の笑みになったからだ。

「うん、すごく伝わった。ありがとう、ヴァン」
「いや、贈ったお前がそれを言う側ではないだろう」
「ううん、言いたいから言うの」
「そうか、ならばカルディア、私の方こそありがとう」
「どういたしま――」
「愛している」

 かなり短い間だけ、一瞬だけ唇を彼女のに重ねれば、目を大きく開いて顔を真っ赤に染めた。

「い、いきなりは、驚く」
「したかったからしたのだが」
「ヴァンのいじわる……!」

 一瞬の隙を見てするりと腕の中から抜け出した彼女は、部屋から大急ぎで出ていってしまった。追いかけようと足を踏み出しかけるも、すぐにまた顔を扉からほんの少しだけ覗かせた彼女に「ケーキを取ってくるから待ってて」と言われてしまえば待つしかない。

「そろそろキスの一つ、慣れてもいいんじゃないだろうか」

 と、独り言つものの、扉から見せた真っ赤な耳も愛しいと思えるからこのままでいいのだろうと、ハンカチを眺めながら結論づけた。


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