クリスマスの朝の香り
※オトメイトスタッフブログのクリスマスSSのその後のお話。






「ん……」

 カーテンの隙間から漏れる陽の光にぱちぱちと目を瞬いた。頭はぼうっとするが、昨日まで感じていただるさではなく単に寝起きからくるそれだとなんとなくだが感じた。
 寒くないようにと、診てくれたフランやお見舞いに来てくれたルパンやインピーたちが念には念を入れて掛けてくれた毛布をずらしながら身体を起こすと、甘いような爽やかなような、不思議な香りが漂っていることに気づく。なんだろうと部屋を見回すと、見慣れない物がベッドサイドのテーブルに置いてあった。

「……これ、は?」

 オレンジに何か茶色い枝のような物が均等に刺さっていて、上にはリボンや花が飾られている。同じものがもう一個置いてあり、両方とも手にしてみるがとんと記憶にない。ただ、漂う香りはここからだということがわかった。
 首を傾げながらも、トントンと聞こえてきたノックの音にどうぞと促した。顔を覗かせたのはフランだった。

「おはよう、カルディア。調子はどう?」
「うん、だいぶ良くなった」
「そっか、良かった」

 体の調子を見ながらほっと胸を撫で下ろしたフランに、謎の球体を見せてみた。

「ねぇ、フラン。これ、何かな?」
「え? これは……ポマンダーだね。ポプリの一種、って言えば分かるかな?」
「確かに、香りがする」
「うん、昔からあるもので、その香りが魔除け……今で言うと病から身を守ってくれるって言い伝えがあるんだよ。でもどうしたのそれ?」
「起きたらここに置いてあった。寝る前にはなかったと思うんだけど……」
「うーん、昨日この部屋を最後に出たのは僕だけど、その時にも無かったと思うよ」

 そっかと頷き、また首を傾げた。彼ではない、とすると……



***



「おはようございます、カルディアさん」
「おはよう」
「もう起きていていいのか?」

 朝食の手伝いをするとキッチンへ向かったフランと別れ、食堂に入るとサンとヴァンが食卓についていた。
 気遣うような目で伺うヴァンにうんと頷いて見せた。

「大人しくしていれば、大丈夫って」
「そうか、それならばいい」
「ええ、調子が戻ってなによりです。さて、インピーたちが朝食を用意していますから、先に紅茶をどうぞ、体が温まりますよ」
「ありがとう。あ、ヴァン、砂糖貰っていい?」
「ああ」

 シュガーポットを受け取り、紅茶へと砂糖を入れた。紅茶からは温かな湯気が立ち上っていた。こくりと一口飲めば口から胃の中へと熱が広がっていく。
 ほっと一息ついたところで、横のサンと向かいに座るヴァンを交互に見た。

「なんだ?」
「どうかされましたか?」
「あの……ポマンダー、を置いたのは二人、だよね?」
「……!」

 ヴァンは目を見張ってその視線を僅かにそらされ、サンはおやと小さく笑った。

「どうして我々だと?」
「今朝、フランに会ったけど彼は知らないって言ってた。だから残るは四人のうちの誰か。ルパンだとメッセージも一緒に置いていきそうだけど書き置きは何も無かった。インピーはこっそり置いていかずに起きてる時に持ってくると思う」

 そこまで一気に言って、彼らの様子を見てみた。少し間を空けてから、はあと息を吐いたのはヴァンだった。困ったように眉を下げて、でもそれを誤魔化すように口元は笑っている。

「……なるほど、だから私達ではないかと」
「ですが、私とヴァンのどちらか一人だけ、かもしれませんよ」

 サンは反対にいつもと変わらない笑みを浮かべていた。次いで問われたことに、少し迷ったがふるふると首を横に振った。

「……置いてあったのは二個。その二つを見比べたら、どちらも綺麗だけど少しリボンの結び方が微妙に違っていた。だから別々の人間が作ったはず。それに」

 じっと二人を交互に見つめた――正確には彼らの手元を。

「……なんだ?」
「二人から、同じ匂いがした。砂糖と紅茶を受け取った時に、手から」

 サンもヴァンも、ちらりと自分の手を見つめ、肩をすくめた。

「確かに、独特の匂いがするからなあれは」
「ふふ……まさかこの泥棒一味から可愛らしい探偵さんが登場するとは。……しかし、一つだけ間違っています」
「そうなの?」
「伯爵? どこが間違って……」

 てっきり二人の様子から、推理は合ってたと思っていたばかりに少し面食らった。それにヴァンも不思議そうな顔をしている。
 サンは楽しげに小さく笑いながら、右手を自身の胸に当てた。

「そう、貴女の枕元にプレゼントを置いたのは私、サンではなく――サンタ・ジェルマンなのです」
「え?」
「そしてもう一人は、ヴァンタ・クロースです
「…………えっと」
「助けてほしそうな目でこちらを見るな、私もどう反応していいかわからん」

 にこにこといつもの笑み――よりももっと楽しげなサンにどうすればわからなかった。ヴァンに目線を配るも口元の笑みは今では強ばって、私と同じように困った目をしている。

「ふふ、冗談ですよ」
「伯爵の冗談は返しに困るんだ」
「……とりあえず、二人がくれたんだ、よね?」

 再度、念のために聞くと、二人はこくりと頷いた。ほっとしつつ、私は頭を下げた。

「ありがとう」
「いや、そこまで言われることは」
「ううん。フランからあのポマンダーの意味を聞いた。きっと、風邪をひいた私のために作ってくれた、と思うとそのことが、嬉しい」

 だからありがとう、そう改めて言うと、二人は一瞬互いに視線を合わせてから、優しく笑ってくれた。
 手の中の紅茶よりも、その笑みがずっと温かく感じて、くすぐったいような、どこかそんな気持ちになる。

「さてさて。お三方、入ってきていいですよ」
「え?」

 なんのことだろう、と不思議に思いながらサンを見るとその視線の先にはうっすらと空いた扉があった。そこの隙間から、ここにいないルパンたち三人が顔を覗かせていた。

「お、おう……」
「お前たち、どうして入ってこなかったんだ?」
「えーと、その、なんとなく、かな?」
「うん、そりゃサンちゃんかヴァンのどっちかと麗しの姫君が二人きりーとかだったら喜んで邪魔しに行くんだけどー……」
「よくわからないけど、三人だったら邪魔しない、ってこと?」
「いや、まあ、空気を読んだっつーか、なぁ?」
「そういうことです。さ、せっかく作っていただいたご飯が冷めないうちに、配膳しましょう」

 サンの一声で三人も中へと入ってきて、わいわいと食堂はにぎやかになっていくと同時にこんがりと焼けたパンやベーコンの美味しそうな匂いも部屋の中に溢れていく。
 それとは別に、微かに残る不思議な香りは――どこか、特別に感じた。


prev next

bkm
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -