「……君は確かにあの二人の子なのじゃな」
 ダンブルドアが言った。ブルーの目はまだフェリシアを向いていたが、ここではないどこか別のところを見ているように思えた。
「話そう、本当のことを。今日はそのために来たのじゃ。しかし、君にとって──ここにいる皆にとって──非常に辛い話かもしれん。それでも聞くと、そういうのじゃな?」
「はい」
 どうせいつかは知らなければないことなのだろう。だったら早いほうがいい、とフェリシアは思った。先伸ばしになればなるほど、フェリシアはもやもやとした気持ちを抱え続けなければない。それは、この数ヵ月にいやというほど経験したことだった。できるならもう二度と、あんな毎日は来なくていい。
 隣から聞こえてくるすすり泣きを全神経を注いで耳から弾き出さねばならなかったが、話を聞くという決心は揺らがない。フェリシアが頷くのを見ると、ダンブルドアも頷いた。
「よかろう。何から話そうかの」
「それじゃ、ええと……本当のお父さんとお母さんのことを知りたいです」
「ふむ、当然のことじゃろうて。……君の父上の名は、シリウス・ブラックという。さっきも言ったばかりじゃが、君の髪と瞳は父上のものじゃな。母上はクロエ、亜麻色の髪に深いブルーの瞳をした聡明な魔女じゃった。二人とも、ホグワーツの卒業生じゃよ」
「あの……お父さんとお母さんは、その、なんで」
「今、君といないのか……かね?」
「はい」
「そうじゃな──話す者にも聞く者にも辛い話じゃ──いいかね、よくお聞き」
 ダンブルドアの瞳が険しくなって、フェリシアの背筋が寒くなった。きっと恐ろしい言葉が飛び出してくる。直感的にそう思い、フェリシアはさらに強く拳を握りしめた。
「まず、君の母上は」それまでよりも静かな声で、ダンブルドアが言った。「十年前に亡くなった」
「…………そう、ですか」
 覚悟はしていた。よほどの理由がなければ、こうしてフェリシアがトンクス家にいるわけがない。もっとも、単にフェリシアが捨てられただけという可能性もなくはなかったが、ダンブルドアがわざわざやって来るくらいである。その可能性はかなり低いだろうと思っていた。フェリシアはクロエが亡くなった理由を訊こうとしたが、その前にダンブルドアが言葉を続けた。
「そして、父上──シリウス・ブラックは」すすり泣きが大きくなり、ダンブルドアは少しだけ声を張り上げた。「今、アズカバンにおる」
 ──アズカバンだって? フェリシアは一瞬何を言われたのかわからなかった。アズカバンは監獄だ。恐ろしい吸魂鬼が看守を務める、北海の孤島に建つ監獄。監獄にいる理由なんて──そんな、まさか。
「お父さんは何をしたの?」もはや声だけでなく全身が震えていた。「お父さんは──悪い人だったんですか?」
「ヴォルデモートの手下じゃったと言われておる」
「そんな──まさか──本当に?」
「わからぬ。わしには……わからぬのじゃ」
 聞こえてくる嗚咽も、肩を強く抱く手も、全てをフェリシアは遠くに感じた。ダンブルドアが例のあの人の名前を呼んだことよりも、聞いたばかりの真実のほうがよほどショッキングだ。父は囚人、母は故人。なんということだろう。あまりにも酷い。それでも、フェリシアは奥歯を噛み締めて前を向いた。
「……もっと詳しく教えてください」
「フェリシア! もう良いでしょう、こんな話……!」
 アンドロメダが叫ぶ。目が真っ赤になっていた。フェリシアは胸が痛んだが、苦しげな表情のテッドをちらりと見上げてから、アンドロメダに向かって首を横に振った。
「ううん、よくないよ。今知っておかないと、次はいつ聞けるかわからないし」
「あなたは知らなくていいことだわ!」
「そんなことない。私のお父さんのことだもの。──ダンブルドア先生、お願いです」
 ダンブルドアは少しの間何も言わなかった。フェリシアの頭の中を覗こうとしているかのように、ただじっと見つめている。やがてぽつりと呟いた。
「君の姿はお父さん似じゃが、性格はお母さん似のようじゃのう」
 フェリシアが何も言えないうちに、ダンブルドアは再び瞳をきらめかせた。
「まだ十一歳とは思えぬその聡明さ、賢明さに敬意を表して、全てを話そう」
「そんな──お願いです──やめてください、ダンブルドア先生!」
「アンドロメダ。わしは、フェリシアには全てを知る権利があると思う。フェリシアが知りたいと言うのなら、わしはその意志を尊重したい」
「ですが、この子はまだ十一歳で、入学さえしていない子供ですわ! 知る権利がなんです──それは今でなくてもいいのではありませんか!?」
「いいや、そうは思わんよ。フェリシア自身に意志と覚悟があるのなら、ホグワーツ入学前の今だからこそ知るべきじゃ。他人から──ともすれば悪意ある言葉で──思いがけず聞かされることのほうが、よほど酷というものじゃろう」
「そんな──」
「やめよう、ドロメダ」不意にテッドが口を開いた。アンドロメダもフェリシアも驚いてテッドを振り返る。テッドに苦しげな表情のまま、弱々しく笑ってみせた。
「ダンブルドアの言う通りだ。フェリシアは、私たちが思っていたよりずっと大人だよ。だから大丈夫さ。それでももしフェリシアが立ち直れないほど落ち込んだら、そのときはいつまでも傍にいよう。私たちが今できるのは、それくらいさ」
 テッドは言い終えると、フェリシアの肩から手を離してアンドロメダの手を取った。それでアンドロメダはいくらか落ち着いたらしい。その様子にダンブルドアは軽く微笑んだあと、フェリシアに目を向けた。
「さて、フェリシア。君はハリー・ポッターを知っているかね?」
「はい。でも、会ったことはありません」
「構わんよ。それで、知っているのは名前だけかね?」
「ええと……例のあの人を──」
 ダンブルドアがひょいと片眉をあげた。「ヴォルデモートじゃよ、フェリシア」
「えっ、アー……はい、ええと──ヴォルデモート、を倒して生き残った男の子だって」
「それを知っていれば十分。……君の父上は、そのハリー・ポッターのご両親──ポッター夫妻と友人だったのじゃ。それも、とびきりの」
「親友だったのですか?」
「さよう。しかし十年前のハロウィンにポッター夫妻は亡くなった。生き残ったのはハリーだけじゃ」
「……はい」
「シリウス・ブラックは、ポッター家がヴォルデモートに見つからないようにする守りの魔法において、重要な役目を担っておった。要するに『秘密の守り人』じゃった──秘密の守り人というのは、生きた人間に秘密を閉じ込める魔法での。シリウス・ブラックが話してしまわない限り、誰もポッター家を見つけられんようになっておったのじゃ」
「でも」
「そう、見つかった。つまり、シリウス・ブラックがヴォルデモートに秘密を明かした。そうとしか考えられんのじゃよ」
「でも、どうして」
「それは誰も知らぬ。おそらく、シリウス・ブラックにしかわからんじゃろう。……しかし、シリウス・ブラックがポッター夫妻の秘密の守り人であったことは公表されてはおらん。知っている者は限られておる。シリウス・ブラックが投獄されたのは、別の罪によるものじゃ」
「ほかに、何をしたんですか」
「……ポッター夫妻が殺害されたその翌日、シリウスは多くの人を殺した。たった一度の呪いで、友人を一人と、その場に居合わせた無関係のマグルを十二人──酷い有り様じゃった。シリウス・ブラックともポッター夫妻とも親しかったその魔法使いは、指一本を残して跡形もなく吹き飛ばされた」
「そんな──」
 目眩がするようだった。そんな恐ろしいことをした人物が、自分の父親なのだという。ドクドクと煩い心臓を押さえながら、フェリシアは必死になって話を噛み砕いた。
 どうしてシリウス・ブラックはそんなことをしたのだろう。
「お父さんは──シリウス・ブラックは、なんて言ったんですか? その……裁判、とかで」
「裁判はなかった」
「……なかった? 裁判をしないなんてことがあるんですか?」
「疑わしきは罰せよの時代だったのじゃ。まさに暗黒の時代じゃよ、フェリシア」
 ダンブルドアはそう言うと暫し目を伏せる。当時のことを思い出しているかのようで、口を挟むのは躊躇われた。
「しかし、君の母上は、最後までシリウスの無実を信じておったよ。彼がヴォルデモートに与することはもちろん、ポッター夫妻を裏切るようなことは有り得ないと主張し続けた」
「……お母さんは、そのときはまだ生きていたんですね」
「そうじゃ。やがてクロエは魔法省への抗議を諦めた。…ああ、シリウスの無実を主張するのをやめたわけではないぞ。魔法省は何を言っても取り合ってくれぬからと、自らシリウスの無実を証明しようとしたのじゃ」
「どうやって……?」
「闇の陣営の残党を捜しだして、問い質すと。シリウスがそこに加わっていなかったことを証言させると言うてな。わしは無謀だと言った。彼女は確かに優秀な魔女ではあったが、決して戦闘に向いているわけではない──」
 ダンブルドアは辛そうに顔を歪めた。その心情は、十一歳のフェリシアには計り知れるものではないのだろう。ダンブルドアは辛そうな表情のまま続けた。
「君を信頼のおける人物に預けて彼女は旅立ち、そのまま帰って来なかった。そして十二月に入る頃遺体が見つかり、身寄りをなくした君は、このトンクス家にやって来た。わしが、君をトンクス夫妻に頼んだのじゃよ。母方にも父方にも、君を預けられるような親族がほかにおらんかったからのう」
prevnext
- ナノ -