その翌朝、ハリー、ハーマイオニー、ネビルの三人に手紙が届いた。三人とも同じ内容で、今夜十一時から処罰を行うというものだった。
 夜十一時の少し前、三人が決して良いとはいえない顔色で談話室を出ていくのを見送ったロンとフェリシアは、互いになにも言わず人気の疎らな談話室のソファに腰をおろした。示しあわせたわけではなかったが、二人とも、ハリーたちの帰りを待つつもりだったのだ。
「処罰って、何をするんだろう」ロンが呟いた。「フレッドとジョージは、よくマグル式でトロフィーを磨いたり掃除をさせられたりしてるみたいだけど……」
「でも、玄関ホールに呼び出されてるんでしょ? 外に出るんじゃないのかな」
「こんな時間に? 森で肝試しでもするのかい?」
「まさか。でも、とびきり怖い目に合わせるっていうのも罰にはなるから……」
 フェリシアは手繰り寄せたクッションを膝に乗せながら、暗がりから突然吸血鬼に扮したフィルチが飛び出して来る場面を思い浮かべてみた。……お粗末すぎる。ネビルなら悲鳴をあげるかもしれないが、五十点も減点されるような違反をした生徒に与える罰としては、まったく馬鹿馬鹿しい。
「ううん、やっぱり肝試しはないね。却下」
「却下ってなんだよ。君が罰則を決めるわけじゃないだろ……そもそも、僕だって冗談で言っただけさ」
 ロンはぼやいて、欠伸を噛み殺した。


「フェリシア、起きて、ねえったら」
 ハーマイオニーに揺すり起こされて、フェリシアは重い瞼をこじ開けた。
「……おはよう、ハーマイオニー。もう朝?」
「寝惚けてるの? まだ朝じゃないわ。私たち、今戻ってきたの」
 戻ってきた? はて、とフェリシアは首を傾げた。頭が全く働いていない。隣ではロンがクィディッチだのファウルだのと寝言を叫んでいて、ハリーに乱暴に肩を揺すられているところだった。……隣で、ロンが? ここは寝室ではない? ああ、そうか……。
 フェリシアはようやく、自分が処罰を受けに行ったハリーたちを待っていたことを思い出した。いつの間にか、二人とも真っ暗な談話室で眠り込んでいたらしい。
「うーん……ごめん……帰ってくるまで起きてるつもりだったのに……」フェリシアはまだくっついていたがって勝手におりてこようとする瞼を無理矢理引き離した。「おかえりなさい。どうだった?」
「とんでもなかったよ」
 答えたのはハリーだった。ハリーはやっとロンを起こすことが出来たようで、寝惚け眼をこするロンからフェリシアに視線を移した。とても険しい表情をしている──いや、それだけではない、よく見ると、ハリーは震えていた。ただ事じゃない何かがあったらしいことは、眠気が覚めきらないフェリシアにもはっきりとわかった。
「大丈夫? ……一体何があったの?」
 フェリシアが居ずまいを正して尋ねると、ハリーはゆっくりと語り始めた。
 処罰が禁じられた森で行われたこと。森では今週になって相次いでユニコーンが何者かに襲われていて、ハグリッドと共に森に入り、傷ついたユニコーンを探すことが、ハリーたちに与えられた罰則だったこと(まさか本当に森に入っていたとは思わなかったロンとフェリシアは、思わずこっそり顔を見合わせた)。二組──ハグリッド、ハリー、ハーマイオニーの組と、ネビル、マルフォイ、ファングの組──に分かれて森に入ったが、途中でマルフォイがネビルを脅かす悪ふざけをしたので、組分けをかえてハリーがマルフォイと同じ組になったこと。相変わらず嫌なやつだとフェリシアはしかめ面をしたが、ハリーは気づかなかった。ずっと険しい顔をしている。
「組分けをかえて、それから三十分くらい歩いたところで、ユニコーンを見つけた」
 そのユニコーンは既に死んでいたという。ユニコーンに一歩近寄ったとき、ハリーはズルズルと滑る音を聞いた。ハリーは凍りついた。マントを着て頭をフードにすっぽり包んだ何かが、地面を這ってくる。その何かは、ユニコーンの傍らに身を屈め、傷口から血を飲み始めた。マルフォイが絶叫して逃げ出し、臆病なファングも逃げてしまい、ハリーは一人取り残された。そして、マントを着た影がハリーに近寄ってきたとき、今まで感じたことのないほどの激痛がハリーを襲った。
「まるで額の傷跡が燃えてるみたいだった。もう立っていられないと思ったときに、ケンタウルスが助けてくれたんだ」
 フィレンツェという名のそのケンタウルスは、仲間のケンタウルス──ベインやロナン──に非難されながらもハリーを背に乗せハグリッドのところへ連れていってくれたのだそうだ。ケンタウルスはプライドが高く、魔法使いを信用しないとされる。そのことを本で読んだ覚えがあるフェリシアは、フィレンツェというケンタウルスはケンタウルスの中でも恐らく変わり者なのだろうと思った。
「フィレンツェは、ユニコーンの血は命を長らえさせることができるって教えてくれた。それは完全な命ではないけど、今ホグワーツには『賢者の石』がある……」
 力を取り戻すために長い間待っていたのが誰か、思い浮かばないか、とフィレンツェは言った。命にしがみついて、チャンスをうかがってきたのは誰か?
 その答えをハリーが口にする前に、話を聞いていた三人とも気づいていた。ぞっとして肌が粟立つ。
「それじゃ、まさか……」
「うん。あの時森にいたのは──ユニコーンの血を飲んでいたのは、ヴォルデモートだったんだ」
 話を聞いているうちにすっかり目を覚ましたロンがヒッと小さく叫んだが、ハリーはそれにも気がつかないようで、落ち着きなく暖炉の前を行ったり来たりしながら、ほとんど独り言のように話し続けた。
「スネイプはヴォルデモートのためにあの石が欲しかったんだ……ヴォルデモートは森の中で待っているんだ……僕たち、スネイプはお金のためにあの石が欲しいんだと思っていた……」
「その名前を言うのはやめてくれ!」
 ロンがヴォルデモートに聞かれるのを恐れるかのように、こわごわ囁いた。しかし、それでもハリーの耳には入らない。
「フィレンツェは僕を助けてくれた。だけどそれはいけないことだったんだ……ベインが物凄く怒っていた……惑星が起こるべきことを予言しているのに、それに干渉するなって言ってた……惑星はヴォルデモートが戻ってくると予言しているんだ……ヴォルデモートが僕を殺すなら、それをフィレンツェが止めるのはいけないって、ベインはそう思ったんだ……僕が殺されることも星が予言してたんだ」
「頼むからその名前を言わないで!」ロンがほとんど息のような声で言った。「フェリシア、君からも言ってくれよ!」
「……今のハリーには聞こえないと思うよ」フェリシアは肩をすくめた。そんなやり取りすら、ハリーの耳には届いていない。
「それじゃ、僕はスネイプが石を盗むのをただ待ってればいいんだ」ハリーは熱に浮かされたように話し続けていた。「そしたらヴォルデモートがやってきて僕の息の根を止める……そう、それでベインは満足するだろう」
「でもハリー、ケンタウルスが読み取った予言の内容をはっきり聞いたわけじゃないんでしょう? ハリーが死ぬとは決まってないよ」
 ハーマイオニーも怖がっていたが、ハリーを慰める言葉をかけた。
「ハリー、ダンブルドアは『あの人』が唯一恐れている人だって、みんなが言ってるじゃない。ダンブルドアがそばにいる限り、『あの人』はあなたに指一本触れることはできないわ。それに、ケンタウルスが正しいなんて誰が言ったの? 私には占いみたいなものに思えるわ。マクゴナガル先生がおっしゃったでしょう。占いは魔法の中でも、とっても不正確な分野だって」
 話し込んでいるうちに、空が白みはじめていた。ベッドに入ったときには、一緒に森に行ったわけでもないフェリシアまでクタクタだった。

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