このクリスマス休暇がフェリシアにとって驚きに満ちていたように、ハリーもまた、驚きの体験をしていたらしい。話を聞いたハーマイオニーは、ハリーが三晩もベッドを抜け出し学校をウロウロしたことへの呆れと、どうせならニコラス・フラメルについて何か見つけられれば良かったのにという悔しさとで、複雑そうだった。
 フェリシアはといえば、ハリーに届いた送り主のわからないプレゼントというのが引っ掛かっていた。三晩続けてベッドを抜け出したことなんかよりもずっと気になる。ハリーとフェリシアそれぞれに、送り主不明のクリスマス・プレゼントが送られてくるなんて、偶然と呼ぶにはあまりにも違和感があった。
 ハリーに届いたのはハリーのお父さんの持ち物だったという透明マント。フェリシアに届いたのは、両親の写真が納められたアルバム。……ひょっとして、その二つのプレゼントの送り主が、同一人物ということはないだろうか? 例えばそう──ハリーの両親ともフェリシアの両親とも親しかった、リーマス・ルーピン!
 それは素晴らしい答えに思えた。しかし、ハリーに話すことはできない。本当の両親のことを説明しなければならなくなるからだ。フェリシアはその思いつきを胸にしまっておくことにして、新学期も引き続きニコラス・フラメルを調べようというハリーの提案を黙って聞いていた。
 新学期が始まると、四人はまた図書館で本を漁った。ハリーはクィディッチの練習も始まって、三人ほど時間がなく、三人の中の誰より忙しそうだったので、その分自分たちが頑張ろうとハーマイオニーは意気込んだ。ロンだって、ハーマイオニーほどではないものの、ニコラス・フラメルのことについては宿題をするときよりもずっと意欲的だ。そのなかで、相変わらずフェリシアだけがあまり乗り気ではない。そろそろ隠すのもボロが出始めていて、ハーマイオニーにたしなめられることもしばしばだった。
 金曜日の夕食後、フェリシアはやはり乗り気でないながらも図書館に来ていた。分厚い本を何冊も机に積み重ね、ハーマイオニー、ロンと並んで座ってひたすら読む。ハリーは、クィディッチの練習でいなかった。きっと今頃はウッドにしごかれているのだろう。
「ねぇ、ダメだ、これにも載ってないよ」とロンが本を閉じた。静かな図書館にバタンという重い音が響いて、マダム・ピンスがじろりとこちらを見た。
「これだけ探しても見つからないなんて、ハグリッドが名前を間違えてたんだとしか思えないよ」
「そんなはずないわ。どこかで見た覚えがあるって、ハリーも言ってたじゃない」
「だったらその『どこか』まで覚えててくれたらなあ」
「そう言わずに、根気よく調べるしかないわよ」
 ハーマイオニーはロンに次の本を差し出した。ロンの嫌そうな顔に眉をひそめ、それからフェリシアを見て顔をしかめた。
「ねえ、フェリシア? あなた、さっきからボーッとしてばっかりじゃない?」
「……えっ?」
「ほら、上の空だわ。どうかしたの?」
 フェリシアは口ごもった。まさか、リーマス・ルーピンのことや、ダンブルドアに取り次いでもらうための体のいい口上を考えていたなんて言えるはずがない。しかし、ちょうど良い機会なのかもしれない。フェリシアは口を開いた。
「ごめんなさい、なんだか集中できなくて……今日はろくに集中できそうにないから、先に帰るね」
 ハーマイオニーとロンの次の言葉も待たず、フェリシアは鞄を持って立ち上がった。
「それじゃ、また」
「ちょっと……!」
 慌ててハーマイオニーも立ち上がったが、慌てすぎて椅子が大きな音を立ててしまった。マダム・ピンスが恐ろしい顔でこちらを振り返る。フェリシアは逃げるように図書館をあとにした。向かう先はグリフィンドールの談話室ではなく、マクゴナガル先生の部屋だった。まだ良い口上を思いついてはいなかったが、今を逃してしまったら、次はいつ一人で休み時間を過ごせるかわからない。
 マクゴナガル先生の部屋の前にたどり着いたフェリシアは、二、三度深呼吸をしてからドアをノックした。中から「どうぞ」と声が聞こえたので、ゆっくりとドアノブをひねる。
「あの……こんばんは、マクゴナガル先生」
「ああ、あなたですか、ミス・トンクス」
 机で何か書き物をしていたらしい先生は、フェリシアの顔を見て羽ペンを置いた。
「お入りなさい」
「はい、失礼します」
 先生の部屋に入るのは初めてで、思わずきょろきょろと辺りを見渡してしまいそうになったが、さすがにそれは不躾だと気づいて思い止まった。マクゴナガル先生が杖を一振りして用意してくれた椅子に腰掛けると、マクゴナガル先生はフェリシアを頭から爪先まで見てから口を開いた。
「それで、どうしたのですか?」
「あー、その……実は、ダンブルドア先生にお会いしたくて」
「……何の用で?」
「えっと……お尋ねしたいことがあるんです。なんていうか、その……昔のこと──両親のことで」
「ご両親のこと」とマクゴナガル先生は繰り返し、やや間を置いて「それは、どちらのご両親のことですか?」と尋ねた。
「……本当の両親です」
「なるほど」
 マクゴナガル先生の返答はとても淡白だった。厳しい表情を浮かべているのはいつものことだし、マクゴナガル先生が何を考えているのか、フェリシアには到底読み取れない。先生の次の言葉を待っていると、先生はとんでもないことを言った。
「もし、あなたに届いた差出人のわからないクリスマス・プレゼントのことが関係しているのなら、ダンブルドア先生でなくとも、私が答えましょう」
 フェリシアはポカンとしてマクゴナガル先生を見つめた。
「どうして先生がご存知なんですか?」
 誰にも、ハリーたちにさえ言っていない。知っているのは、トンクス家の人たちだけのはずなのに。そう考えて、フェリシアは気づいた。ほかに少なくともあと一人、フェリシアにアルバムが届いたと知っている人がいる。それは、他ならぬ送り主自身だ。
「まさか、先生なんですか?」フェリシアは思わず身を乗り出した。「先生が、私にアルバムを?」
「ええ、その通りです」
「どうして……あのアルバムは、誰の……?」  
「元は私のものでした。名前を書かずに送ったのは、今はまだあなたが知るべき時ではないと思ったからです。ですが……」
 マクゴナガル先生が、滅多に見せない微笑みを浮かべる。しかし、それはどこかつらそうで、悲しげな表情に見えた。
「よくよく考えてみれば、クロエとシリウスのどちらもに似たあなたが、ただ不思議がるだけで終わるはずもありませんでしたね」
「えーと……」
 なんと言えばいいかわからなかった。言葉を探していると、マクゴナガル先生はさらに言った。
「マダム・ピンスからも聞いています。あなたが十年前の新聞記事、それもシリウス・ブラックの事件の記事ばかり読んでいたと」
「あっ」
「咎めているわけではありません。ですが、新聞記事は時に全くといっていいほど信用ならないこともあります。くれぐれも鵜呑みにすることのないように言っておきます」
 そう言われて、フェリシアには幾つか思い当たる記事があった。思い出すだけでもむかむかしてくる小さな記事だ。
「……お母さんの記事のことですか?」
「ええ、そうです」とマクゴナガル先生は頷く。
「あんなにも不快な記事はほかに見たことがありません。あの子が心を病んで自殺? とんでもない! なんて馬鹿馬鹿しい!」
 突然先生が声を荒げたので、フェリシアは驚いて椅子から飛び上がりそうになった。マクゴナガル先生は厳しい人だが、怒鳴るようなことはほとんどない。おそるおそる表情を伺うと、先生はコホンと軽い咳払いをした。
「クロエのことを書いた記事をあなたがどれだけ読んだかわかりませんが、ほとんどはあの子の生まれがどうの学生時代はどうのと、何も知りもしない連中が好き勝手に書いた記事です。ろくなものではありません。……いつかは──あんなものがあなたの目に触れる前に──私からあの子のことを話すべきだろうと思っていました」
 核心迫ったことを感じ、フェリシアは固唾を呑んだ。そんなフェリシアを、マクゴナガル先生は何とも言えない表情でじっと見つめ、そして続けた。
「私は、クロエの後見人でした。そして、フェリシア、あなたの後見人でもあります」

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