クリスマス休暇はあっという間に過ぎていった。いよいよ明日はホグワーツに戻る日だ。双子のウィーズリーからのクリスマス・プレゼントのおかげで規則正しい生活を送っていたフェリシアは、トランクに荷物を詰めながら物思いに耽っていた(双子がくれた目覚まし時計はなんとも凄い代物だった。フェリシアが寝過ごしそうになると、小鳥がけたたましく一鳴きし、ハーマイオニーそっくりの声でフェリシアを叱るのだ)。
 ホグワーツに戻ったら、できるだけ早いうちにダンブルドアに会いに行く。聞きたいことがたくさんある。クロエがフェリシアを預けたのは誰なのか、リーマス・ルーピンは今どこにいて、何をしているのか、アルバムの送り主に心当たりがありはしないか。しかし、フェリシアは重要なことに気がついた。校長室がどこにあるのかわからないのだ。誰かほかの先生に取り次ぎを頼むしかないだろうが、理由が理由なので少し厄介だ。ダンブルドアが家に来たときのアンドロメダの様子を思い返すと、自分が余計なことに首を突っこんでいるとように思えて、先生方がフェリシアの事情を知っているとしても、あまり明け透けに言うのは気が引ける。フェリシアは荷物を全て詰めこむと、ベッドに寝転んで取り次ぎを頼む文句を考え始めた。


 ホグワーツに帰る朝、フェリシアは目覚まし時計に怒鳴られる前に目を覚ました。
 夢を見た。そこは九と四分の三番線で、フェリシアはクロエとシリウスにハグをしている。そして二人から頬と額にキスをもらい、笑顔の二人に見送られてホグワーツ特急に乗るのだ。少し離れたところには、ホグワーツの制服を着たドーラがいた。ドーラはアンドロメダとテッドとハグをし、別のドアからホグワーツ特急に乗り込む。夢の中のフェリシアはトンクス家の人たちをじっと見るけれど、目が合うことはない。言葉を交わすことも、もちろんない。まるで見知らぬ人だった。
 思い出すと、言い様のない悲しさが胸を満たした。どうしようもなく胸が痛い。トンクス家の人たちが他人のようだったのが悲しいのか、クロエとシリウスに見送られることなど決して現実では有り得ないから悲しいのか、フェリシアにはよくわからなかった。
 枕に顔を押しつけて深呼吸をする。夢は夢だ、気にすることはない。
 フェリシアが支度を済ませてダイニングへ行くと、いつも通りアンドロメダがキッチンに立っていて、テッドが新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた。
「おはよう、パパ、ママ」フェリシアが言うと、「おはよう、フェリシア」とすぐに二人から挨拶が帰ってくる。フェリシアが席につけば、すかさず目の前にポリッジが置かれた。
「ドーラは?」
「さっき出たよ。今日は早いらしい」
「そう……挨拶し損ねちゃった」
「ドーラも残念がっていたよ。あとで手紙を書くといい」
「うん、そうする」
 テッドが笑って頷き、また新聞に目を戻したので、フェリシアも朝食を食べ始めた。夢のことがまだ胸の辺りに引っ掛かっていたが、ポリッジと一緒に飲み下した。
「そうそう、今日は午前だけ休みをもらったから、駅まで車で送っていけるよ」
「本当?」フェリシアは思わず声を弾ませた。
「本当さ」とテッドが答える。
「我が家には煙突飛行がお嫌いなお姫様がいるものね」とアンドロメダが悪戯っぽく言って笑った。
「グリフィンドールの眠り姫、だったかしら?」
「……忘れてちょうだいって言ったのに」
 フェリシアは口を尖らせたが、アンドロメダとテッドはクスクス笑った。双子がふざけて書いた宛名をドーラが面白がって、毎朝フェリシアをそう呼んだせいで、今や二人にもすっかりお馴染みとなっているのだった。
「あら、眠り姫だなんて、とても可愛いあだ名なのに」
「私は恥ずかしいの」
 憮然とした表情で言い返し、ポリッジをすくう。ニンファドーラと呼ばれるのを嫌がるドーラの気持ちがよくわかったような気がした。


 十時五十分、フェリシアは九と四分の三番線のプラットホームにいた。荷物はもうコンパートメントに積みこんである。次にテッドとアンドロメダに会えるのは夏休みなので、しっかり挨拶をしておこうとフェリシアは顔をあげた。
「また手紙書くね」
「うん、待ってるよ」
 テッドがフェリシアを抱きしめる。
 フェリシアは、アンドロメダがどこか落ち着かない様子であるのに気がついた。まるで誰かを気にしているみたいに、そわそわと視線を動かしている。
 フェリシアの頭の中でパチンと何かが閃いた。
「ねえ、ママ、もしかして……マルフォイ夫人を捜してる?」
「えっ?」
 途端に、アンドロメダの目が丸く見開かれる。フェリシアは確信して、矢継ぎ早に続けた。
「マルフォイのやつが初日の汽車の中で言ってたの。あいつのお母さんが私たちのこと気にしてたって」
 言いながら、フェリシアは思い出した。あの日の別れ際に、アンドロメダは何かを見て表情を変えていたはずだ。フェリシアがその視線の先を見た時、そこにいたのはマルフォイ親子だったことをはっきりと覚えている。
「知り合いなの?」
「…………そう、そうね、知り合いよ。とても旧い知り合いだわ」
 テッドが何か言いたそうにアンドロメダを見たが、アンドロメダは目を合わせずに、小さな声で言った。
「詳しい話はあとで──そうね、あなたが夏休みに帰って来た時に、ちゃんと話すわね。今は時間がないから」
 いつものようにアンドロメダはフェリシアにハグをしたが、その体が少し震えているような気がして、フェリシアは全身がすっと冷えていくのを感じた。きっと、聞いてはいけないことだったに違いない。
「ママ、私──ごめんなさい」
「いいえ、フェリシア、謝ることじゃないわ。あなたは何も悪いことをしていないもの」
「でも──」
「話しておけば良かったのよね。あの子があなたと同じ年だったなんて思わなくて──」
「ああ、そろそろ汽車が出る時間だよ」
 テッドがハッキリした声で言った。アンドロメダがフェリシアをはなして、いつもより弱々しく微笑む。思わずフェリシアは口を引き結んだ。
「名残惜しいけど、またしばらくお別れだね」
「……うん」
「ホグワーツを楽しんで」
 テッドは朗らかに言い、もう一度ハグをする。その時テッドは、フェリシアにだけ聞こえるような声で囁いた。
「大丈夫だよ、ドロメダは少しびっくりしただけさ」
 そして、あやすように背中をぽんぽんと叩いてフェリシアを放すと、「乗り遅れるといけないから」と促した。
「うん。じゃあ……いってきます」
「いってらっしゃい」
 二人に見送られて、フェリシアはホグワーツ特急に乗り込んだ。荷物を置いたコンパートメントに入ると、出発を知らせる笛が鳴った。やがて汽車が滑り出す。フェリシアは二人の姿が見えなくなるまで、小さく手を振り続けた。
 カーブを曲がってしばらくすると、コンパートメントのドアが開いた。
「ここにいたのね、フェリシア!」
「ハイ、ハーマイオニー。もしかして、捜してくれてたの?」
「ええ、まあ、そんなところ。私のコンパートメントはここの二つ隣で、ネビルも一緒よ。来ない?」
「行く」 
「荷物は?」
「持ってく」
 フェリシアがトランクを引っ張ってコンパートメントを出ると、ハーマイオニーが「そういえば」と口を開いた。
「ニコラス・フラメルのこと、ご両親に聞いてみてくれた?」
「え?」
「……聞いてみてって、私、ホグワーツ特急の中で言ったわよね?」
「アー……そうだっけ……?」
 ハーマイオニーの眉がきゅっとつり上がったので、フェリシアは飛んでくるだろう辛辣な言葉を想像して身構えた。

151219
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