フェリシアがプレゼントを全て自分の部屋へ持っていってしまいこんだ後は、誰もあのアルバムのことには触れなかった。アンドロメダがすっかり黙りこんでしまったので、何か言いたそうなドーラでさえ、その件に関して口を開くことはできなかったのだ。
 フェリシアはまるでなんでもない風を装いながら、一人で考え込んでいた。送り主は一体誰なのだろう。表紙の色褪せ方からいって、このクリスマスのために用意したものとは思えない。むしろ、元々誰かが持っていたアルバムをそのままプレゼントとして送ったような感じだ。フェリシアたち親子とハリーたち親子の写真があったことを踏まえれば、その中の誰かの所持品と考えるのが妥当なのだろうが、シリウス以外の大人たちはもう既に他界してしまっている。シリウスにしても、今はアズカバンにいるのだから、贈り物などできるはずがない。
 では、誰が?
 考えて考えて、フェリシアは二人の人物を思い浮かべた。唯一存命している友人のリーマス・ルーピンと、クロエがフェリシアを預けたという誰かだ。フェリシアの知る限りでは、この二人の他に思い当たる人物などいなかった。しかし、思い浮かべたといっても、この二人がどんな人物か知らなかったし、フェリシアを預かった誰かに関しては名前さえわからない。
 今はこれ以上考えても答えは出ない。フェリシアはそう結論づけた。クリスマス休暇が明けたら、ダンブルドアに会いに行こう。そして、この二人のことを尋ねてみよう。答えに近づくには、きっとそうするしかない。
 そのうち、テッドがいつもより早く仕事を終えて帰って来た。アンドロメダが腕によりをかけて作ったご馳走がテーブルに並ぶと、アルバムのことはたちまちフェリシアの頭の隅に押しやられてしまった(ローストターキーはもちろん、チポラータ・ソーセージ、ローストポテトやマッシュポテト、ローストビーフにミンスパイ……それからクリスマスプディング!)。クラッカーではしゃいだり、ワインを飲んで上機嫌になったテッドが歌い出したのを囃したてたり、とても楽しいクリスマスを過ごした。
 フェリシアが再びアルバムのことを思い出したのは、クリスマスの存分に楽しんでベッドに入った時だ。思い出すと眠気がどこかへいってしまって、フェリシアは起き上がった。
 アルバムを手に取って、最初のページから順番に見ていく。特に学生の頃の写真をじっくりと見た。ハリーにそっくりな少年がジェームズ・ポッターで、その隣の少年がシリウス・ブラックなのだろう。まだ少し幼さが残るシリウス・ブラックが、フェリシアを見つめ返している。耳の形だとか鼻筋だとか、見れば見るほど自分との共通点が見つかった。逆に、クロエと似ているところはあまり見つからなかったが、唯一目の形だけはフェリシアのそれだった。こうして見ると、あえて言うまでもなく、フェリシアが似ているのは父親の方だとわかる。それはダンブルドアやニックに言われていたことだし、わかっていたつもりだったが、はっきりと意識したのは初めてだった。
「……なんか、変な感じ」
 クリスマスは家族と過ごすもの。フェリシアはトンクス家の三人を本当の家族同然に思っているし、三人もまた、フェリシアを本当の家族として扱ってくれる。しかし、フェリシアの本当の家族は、シリウスとクロエなのだ。本来なら、フェリシアと一緒にクリスマスのご馳走を囲む人たちは彼らだし、帰る家もここではない。
 胸で燻るモヤモヤを追いやるように、フェリシアはアルバムを捲った。ジェームズ・ポッターとシリウス・ブラックの写真を見ていると、なんだかハリーと自分を見ているような気がする。
「でも、私とハリーはこんなには仲良くないなあ」
 独り言をこぼして、またページを捲る。小柄なで鼻の尖った男の子と穏やかな雰囲気には似つかわしくない傷がある男の子。どちらがどちらかはわからないが、この二人がルーピンとペティグリューなのかもしれない。
 引き続きぱらぱらと捲っていくと、一枚だけ無造作に挟まれた写真があった。大人になってからの写真だ。シリウスとクロエがいて……もう一人若い男性がいる。その男性は赤ん坊をこわごわ抱き上げていて、シリウスとクロエがそんな様子をからかうように笑っていた。赤ん坊──フェリシアは無邪気に男性へ手を伸ばして笑っていて、そんなフェリシアに男性も頬を緩める。その顔にはいくつかの傷が目立つが、決して恐ろしい印象は与えない。さっきの写真の中にいた、穏やかな少年の面影がある。
「大人になっても仲がよかったんだ……あっ!」
 何気なく写真の裏を見たフェリシアは思わず飛び上がりそうになった。女性らしい筆跡で記された日付──フェリシアが生まれた日の一ヶ月後だ──の上に、同じ筆跡で「私の大切な家族と友人をピーターが撮ってくれたわ。フェリシアはリーマスを気に入ったみたい!」とメモのようなものが書かれている。フェリシアは、もう一度写真の中の人々を見つめた。この人がリーマス・ルーピン。フェリシアは、赤ん坊の頃に彼に会っていたのだ。
 フェリシアはなんだかドキドキして、勢いよくベッドにダイブした。行き止まりだった道が突然拓けて一気に前進したような、そんな気持ちだ。自分が父親似だということを本当の意味で自覚し、初めて母親の顔を知り筆跡を知った。リーマス・ルーピンの顔もわかった。どこにいるかはまだわからないが、顔がわかっただけずっといい。誰かが聞けば些細なことだと笑うかもしれないが、フェリシアにとっては大きな一歩なのだ。
 送り主が誰で、どういうつもりで送ってきたのかはわからない。しかし、フェリシアは送り主に感謝した。本当の両親の写真も生まれて間もない自分の写真も、トンクス家には一枚もなかったし、手に入れられるあてもなかったのに、こんなにたくさん手に入ってしまった。
 ベッドに転がったまま、もう一度写真を見る。それから、アルバムを捲ってポッター夫妻と写っている写真を見比べた。ルーピンに抱かれていた頃より少し大きくなったフェリシアと、フェリシアよりも小さなハリー。きっとハリーが生まれて間もない頃の写真なのだろう。この翌年、シリウス・ブラックが裏切ってポッター夫妻が死に、クロエが死ぬだなんて、ちっとも思えない。心から幸せそうで、仲が良さそうで、死とは無縁な写真だった。何気なくページを捲ると、今度はクリスマスの写真で、二つの家族と親友たちが勢揃いしてパーティーをしている。
 フェリシアはルーピンがフェリシアを抱いている写真を同じページに挟み、枕元にアルバムを置いた。父は本当に裏切ったのだろうか。本当に、親友を殺したのだろうか。
 しばらく天井を見つめていた。そこには昔アンドロメダがかけた魔法の効力がわずかに残っていて、春のような淡い星空が広がっている。フェリシアはそんな星空をじっと眺め、やがて目を閉じた。

 自分によく似た父は、今、監獄で何を思っているのだろう。

151217
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