真夜中の決闘から一週間ほどが経った頃、ハリーに箒が届いた。最新型のニンバス2000だとロンが興奮し、それを聞いた双子も大騒ぎだったが、フェリシアは箒に詳しくない。どのようにすごいのかよくわからないとうっかり口にして、ウィーズリー兄弟に熱く語られるはめになった(「コメットなんかとは格が違うよ」「超高速で飛べる上に扱いやすさもトップクラスだ」「クリーンスイープもいい箒だけど、ニンバス2000には敵わないよな」)
 毎日たっぷり出される宿題に加え週三回のクィディッチの練習で、ハリーは忙しそうだった。三頭犬のことを考える暇もないようで、あれ以来その話は聞いていない。
 フェリシアはといえば、あれからずっとハーマイオニーのことが引っ掛かっていた。あの日からろくに口を利いていない。以前は何かと話しかけられていたので、フェリシアは戸惑いを覚えていた。フェリシアが寝坊しそうなときは、フェリシアの遅刻で減点されては堪らないと思うのか仏頂面で起こしてくれるが、さっさと大広間へ行ってしまう。今までのように早く仕度するように急かしたりしないし、仕度が済むまで待っていてはくれない。 それはそれで気楽なところはあるが、やはり気がかりだった。
 ホグワーツに来て数週間も経つと、交友関係もある程度定まってきて、目に見えるようになってくる。たとえばハリーはロンと仲がいい、ラベンダーとパーバティはいつも一緒にいる、というように。ところが、ハーマイオニーはいつも一人だった。
 ある土曜日、フェリシアが目を覚ますと日が随分と高く昇っていて、寝室には誰もいなかった。すっかり寝過ごしてしまったらしい。フェリシアはのろのろと起き上がって伸びをした。ホグワーツでの生活に慣れてきて、平日には自力で起きられるようになったものの、休日は無意識に気が緩んでしまうのか、昼近くになってようやく目が覚めることも少なくなかった。
 寝癖を簡単に直して談話室に行くと、休日ということもあって人はまばらだった。やはりハーマイオニーの姿はない。図書館にでもいるのだろうかと考えていると、燃えるような赤毛が近づいてきた。
「やあやあ、我らが眠り姫のお目覚めだ」
「今日も姫はぐっすりと眠れたようで何より」
 双子が恭しく頭を下げて、談話室のあちこちでクスクス笑いが起きた。フェリシアにとっては不本意なことに、休日の談話室ではこれが恒例になりつつある。
「……おはよう、フレッドとジョージ。それ、いい加減やめてくれない? 恥ずかしいから」
「何をおっしゃる、姫よ」
「騎士たるもの、当然のことですぞ」
「さあジョージ、あれを」
「承知した、フレッド。我ら、お腹を空かせておられるだろう姫のため、今日も食事を調達して参りました」
「食べ物を持ってきてくれるのは本当にありがたいんだけどね……私は姫なんてがらじゃないし、二人も騎士ってイメージじゃないし」
「失礼な」
 そう言いながら、ジョージがサンドイッチやらかぼちゃジュースやらが入ったかごを手渡してくれた。フェリシアが受け取って近くのソファに腰を下ろすと、双子も両脇に腰を下ろした。
「しっかしまあ、いつものことながらよく寝るなあ」
「せっかくの休日がもったいないぜ」
「うーん……先週はもう少し早く起きられたんだけど」
「確かに、朝食に間に合ってたな」
「ギリギリだったけどな」
 双子のニヤニヤした表情を見なかったことにして、フェリシアはサンドイッチにかぶりついた。
「いつもありがとうね、朝食」
「気にすんな。フェリシアの朝食もらいに行ったついでに、僕たちも色々もらってるから」
「……もらいに行ったって、どこに?」
 思わずフェリシアは聞き返した。てっきり、朝食の皿からくすねているとばかり思っていたのだ。
「厨房さ」
「厨房なんてどこにあるの?」
「それは企業秘密だ──と言いたいところだが」
「最近、我らが眠り姫には教えておくべきかもしれないと思い始めた」
「休日のたびに朝食を食べ損ねてるからな」
「これからきっとクィディッチの練習諸々で僕たちも忙しくなるし」
「一人で厨房に行けるに越したことはない」
「というわけで、早速」
「食べ終わったら行こうか」
「えっ?」
 テンポよく勝手に進んでいった会話に乗り損ねたフェリシアだったが、双子が厨房への行き方を教えてくれるらしいということはわかった。急かすような視線を左右から受けながらサンドイッチを食べ、かぼちゃジュースで流し込む。食べ終わると、ジョージが空になったかごを持ち、フレッドがフェリシアの手を引いて立ち上がった。
「よし、行こう」
 そのまま引っ張られるように談話室を出て、ずんずん歩いていく(太った婦人に笑われてしまった)
 やがて辿り着いたのは、見たことのない地下廊下だった。フェリシアの手を引いていたフレッドが、果物の盛られた絵画の前で足を止めた。
「ここさ」
「ここ?」
「梨をくすぐるんだ」
 フェリシアが言われた通りにすると、絵画の梨がくすぐったそうに身をよじり、緑色のドアの取っ手に変わった。取っ手を回してドアを開けると、天井の高い巨大な部屋が広がっていた。石壁の前に、ピカピカの鍋やフライパンが積み重なっている。フェリシアは中をもっとよく見ようとしたが、それより先に、目の前にたくさんの屋敷しもべ妖精が迫ってきたので、ぎょっとして後ずさった。
「お嬢さま方! ようこそおいでなさいました!」
「何をご用意いたしましょう?」
 屋敷しもべ妖精たちは、口々にキーキー声で叫んだ。
「今回は何もいらないよ。かごを返しに来たんだ」
 ジョージがそう言って、かごを屋敷しもべ妖精の一人に押しつけた。その奥で、別の屋敷しもべ妖精たちが別のかごに食べ物を詰めているのが見えたが、双子に引っ張られてフェリシアは厨房を後にした。
「いつもこんな感じさ」
「次から次へと食べ物が出てくる」
「……私、本物の屋敷しもべ妖精って初めて見た」
 フェリシアはしみじみと言って、改めて今いる廊下を見渡した。
「この辺りも、初めて来た」
「そうだろうな。厨房に用でもなけりゃ、グリフィンドール寮生には縁がないところだ」
「ハッフルパフの寮はこの辺にあるんだぜ」
「へえ。さすが、詳しいね」
「まあ、この城のことは知り尽くしてると自負してる」フレッドが誇らしげに言うと、「少なくともフィルチには負ける気がしないね」と自信たっぷりにジョージが言った。
「さて、どうする? 談話室に戻るか?」
「あ、私、図書館に行きたかったんだった」
「ウワー、真面目だな」
「別に、そんなんじゃないけど」
 フェリシアは苦笑いした。ハーマイオニーがいそうな場所が、ほかに思いつかなかっただけだ。
「二人はどうするの?」
「うーん、特に決めてないけど、図書館に用はないな」
「でもま、途中まで一緒に行くよ」
 フェリシアはまたも双子に挟まれて歩き始めた。最近気づいたが、この二人は何かとフェリシアを真ん中にしたがるのだ。ピッタリ息の合った双子に挟まれるのは、時々気まずかったり居心地が悪かったりする(フェリシアを挟んでいつものテンポの良い会話が始まると特にそうだ)。しかし、フェリシアは二人に何かと世話を焼いてもらっているし、本気で嫌というわけでもなかったので、文句は言わなかった。

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※「眠り姫」という表現について
ここでは童話の眠り姫とは無関係のつもりで書いています。ただ、マグル育ちの誰かから「マグル界に眠り姫という童話がある」ときいたら双子は面白がってSleeping Beautyと呼び改めると思うので、今後また眠り姫という表現があったときの解釈はお任せします

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