「フェリシア! ちょっといいかい?」
 フェリシアが夕食を終えて談話室に戻ると、ハリーとロンが待ち構えていた。
「あー……今じゃなくちゃダメ?」
「うん。ちょっと──急用なんだ」
 ハリーが真面目な顔で言うので、大広間から一緒だったラベンダーとパーバティがクスクス笑った。
「急用ですって。早く行ってあげたら?」
「またね、フェリシア」
 二人はそう言うなり、手を振って行ってしまった。それを見たロンが「早く」と急かす。その声が聞こえたのかラベンダーが振り返ったので、フェリシアは大袈裟に肩をすくめて見せ、それからハリーたちがいるソファへ近寄った。
「何かあったの?」
「マルフォイと一対一で決闘することになったんだ」
「け、決闘?」
 てっきりクィディッチの選手に選ばれたことを報告されるのだと思っていたフェリシアは、思わず素っ頓狂な声を上げた。
「決闘って……いつ、どこで? どうしてそんなことになったの?」
「今日の真夜中、トロフィー室で、介添人は僕。あいつから喧嘩を売ってきたんだ」とロンが答える。「そりゃ、買うしかないだろ? 」
「でも、それっていつものことでしょう。あいつ、口を開けば嫌味か自慢のどちらかじゃない」
「だからこそ、目にもの見せてやるんだよ」
「うーん……」
 フェリシアは唸って腕を組んだ。マルフォイが本当に一対一の決闘をするだろうか。いつも体格のいい腰巾着を従えているマルフォイのことだ。一対一と言っておきながら、いざ決闘が始まったら腰巾着の二人にも加勢させるかもしれない。いや、それ以前に、決闘に来るかも怪しい。スネイプやフィルチに告げ口をして、自分はハリーたちを嘲笑いながら眠りにつく気なのかも──
「なんだよ……とめたって無駄だぞ」
 ロンが言って、すっかり考え込んでいたフェリシアはハッとして顔を上げた。ロンが憮然とフェリシアを見つめている。
「とめはしないよ。とめたって聞かないんだろうし……」ふと、今日のマルフォイのせせら笑いが浮かんだ。「……私も、マルフォイにはむかついてるし」
「さすがフェリシア! 話がわかる」
「でも、先生方に見つからないように気をつけなよね。……せっかくの最年少シーカーの話が白紙になっちゃう」
 フェリシアが小声でそうつけ加えると、ハリーとロンはそろって目を丸くした。
「なんで知ってるの?」
「ウッドがフレッドとジョージに話しに来たとき、偶然居合わせて聞いちゃったの。……とにかく、先生には見つからないように。それと、何があっても自己責任だよ」
 フェリシアは真面目な顔で言うと、ハリーも真面目な顔をして頷いた。
「わかってる」
「……それにしても、決闘なんて、何か作戦でも考えてあるの? 私たち、どの授業も始まったばかりでまだろくに呪文を知らないのに」
「うん、実は、それでフェリシアを呼んだんだ」
「え?」
「初日の列車で君がマルフォイに使ったやつを教えてもらえないかと思って」
「あー……あれは、今から覚えるのは無理だよ。練習する時間もないし」
「それじゃ、別の呪文でもいい。決闘に使えそうな呪文、何か知らない?」
「うーん」
 フェリシアはまた腕を組み直した。スリザリンに何かされたら仕返ししてやれと、ドーラがアンドロメダに内緒で教えてくれた呪文を思い返す。
「……鼻呪いとか」
「鼻呪い?」
「そう。ファーナンキュラス、鼻呪い。杖の振り方はこう」
 杖を取り出して振って見せると、ハリーとロンが食い入るように見つめた。
「リクタスセンプラなんかもユーモアがあっていいかもね」
「それはどういう呪い?」
「笑いが止まらなくなる」
 ロンが小さく吹き出した。
「バカにしないほうがいいよ。笑い続けるってけっこう苦しいんだから。あとはくらげ足の呪いとか……でも、練習する時間がないんじゃ、どれも使えるようになるのは難しいかも」
「知らないよりマシだよ。もしかしたら一回くらいは成功するかもしれないし……」
「失敗して大惨事になるかもしれませんけどね」
 突然自分たち以外の声が割って入ってきて、三人は飛び上がった。
「呆れたわ。まさかフェリシアまで……こんなこと、絶対にやめるべきよ」
 ハーマイオニーが眉を吊り上げて立っている。ロンはあからさまに嫌な顔をして、立ち上がった。
「なんだよ、大きなお世話だって言ったろ。……行こう、ハリー」
「うん。ありがとう、フェリシア。教えてもらった呪文、少し練習してみるよ」
「あ、うん……上手くいくといいね」
 二人があっという間に男子寮に消えると、フェリシアはハーマイオニーと二人取り残されることになってしまった。ハーマイオニーの顔色を伺うと、怒ったような傷ついたような顔をしている。さすがに気の毒になって、フェリシアは遠慮がちに声をかけた。
「あー……ハーマイオニー? えーと……ハーマイオニーの言うことは正しいと思う。でも、あの二人は誰が何を言っても聞く耳をもたないと思うの」
「だから校則破りを見逃せっていうの?」
「うーん、そういうことじゃなくて……あー……まあ、きっと大丈夫だよ。どうせ一年生同士の決闘なんてただの喧嘩と変わらないし、一度くらい夜に出歩いたって見つからないよ」
「あなたたちは楽観的すぎるわ! 見つかるに決まってるじゃないの。ああ、夜に校内をウロウロするだなんて……」
 ハーマイオニーは甲高い声でそう言うと、ぷりぷりと怒ったまま女子寮に引っ込んでしまった。今度こそ取り残されたフェリシアは、溜め息と共にソファにへたりこんだ。ハーマイオニーは自分の言い分が正しいことを信じているし、事実、間違いなく正論なのだ。だからこそ、ハーマイオニーが折れることは絶対にない。少なくともハーマイオニーの気持ちが落ち着くまでは、フェリシアは寝室に戻れそうになかった。


 ハーマイオニーが落ち着いた頃合いを見計らいベッドに向かったフェリシアは、夜中に一度も目覚めることもなく朝を迎えた。
 朝食を食べに大広間へ行くと、ひどく不機嫌なハーマイオニーがいた。フェリシアが目を覚ましたときにはすでに寝室にはハーマイオニーの姿がなかったので、昨日のことでまだ腹を立てているのだろうとは思っていたが、これは想像以上だ。フェリシアはハーマイオニーのそばに座ることをやめて、ハリーたちのほうへ方向転換した。こちらの二人は、ハーマイオニーとうってかわって上機嫌だった。
「おはよう、ハリー、ロン」
「おはよう、フェリシア」
「昨日はどうだったの?」
 フェリシアがそう尋ねると、二人はその言葉を待ってましたとばかりに口を開いた。
「僕たち、物凄いものを見たんだ!」
「見た? 何を?」
 フェリシアが聞き返すと、ハリーは声をひそめて、しかし興奮を隠しきれない口調で言った。
「怪物みたいな犬さ! すっごく大きくて、頭が三つもあるんだ」
「い、犬?」
 フェリシアはわけがわからなかった。二人はマルフォイと決闘をしに行ったのではなかったか。まさかマルフォイが、頭が三つもある大きな犬を魔法で出したのだろうか?
「…………えーと、決闘はどうなったの?」
「決闘はしてない」
「……してない?」
「マルフォイは来なかった。僕たちははめられたんだ──でも今はそんなことより、怪物犬のことだよ!」
 二人が言うにはこうだった。
 マルフォイはトロフィー室には来なかった。代わりにフィルチがやって来て、マルフォイにはめられたと気づいた。逃げようとしたところでポルターガイストのピーブズに見つかってしまい、やむなく飛び込んだ部屋はなんと四階の立ち入り禁止の廊下で、そこには頭が三つある大きな犬がいたという。
「その犬の下には仕掛け扉があったんだ。何かを守っているんだよ」
「何かって……」
「僕たち、それを考えてたんだ」
「ほら、グリンゴッツで強盗未遂事件があっただろ? ハリーは、その金庫にあったものがホグワーツに移されていて、あの怪物犬が守ってるんじゃないかって考えてる」
「……なるほどね」フェリシアは相槌を打って、「ひとついい?」と尋ねた。
「なんだい?」
「その犬の話、もしかしてハーマイオニーも知ってる?」
「なんで今、その名前が出てくるんだ?」
「今朝のハーマイオニー、物凄く不機嫌なの。昨日の今日だもの、考えられる原因といったら、あなたたちのことくらいじゃない」
「……勝手についてきたんだよ」
 ロンがしかめ面で話し始めた。
 談話室を出ようとしたら、ハーマイオニーが待ち構えていたらしい。ハリーたちを引き留めようとしたハーマイオニーは、二人に続いて肖像画の穴を乗り越えたのだが、運悪くその直後に太った婦人が出かけてしまった。そして、そのままハリーたちについて行ったのだそうだ。
「ついでにいうとネビルも一緒だった。医務室から帰ってきたけど、合い言葉を忘れて談話室に入れなくなってたんだ」
 フェリシアがちらりとネビルを見やると、真夜中の出来事が尾を引いているのか、疲れきった顔をしていた。散々な昨日に引き続き、今日はスネイプの魔法薬学があるとくれば無理もない。フェリシアはこっそりとネビルに同情した。

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