午後につき
朝から小降りの雨が降っている。じめじめした梅雨の時期だから仕方ないとは思うけど、それでも憂鬱な気分になるのはしょうがないと思う。
なんでってこんな憂鬱な天気の中、更に憂鬱になろうかと受験勉強なんてしなければいけないからだ。
しょうがないのはわかっているがここ最近毎日勉強して、気分転換すらまともにできていない。頼むから一日休ませて欲しい……はぁ。
「あー、やだやだやだ。勉強頑張るぞ!」
しかしそんな事言ってられないのが受験生。文句を言いながらも自分に気合を入れて気分転換に違う教科のノートを開く。
時計を見てあと何時までは頑張ると目標を決めると、再び勉強に取り掛かる。
予定だった。
「名前! 頑張っとるか?」
「なんで来るかな……」
「なんや、ちっとは気分転換も大事やで!」
勉強に取り組もうとした時丁度に、突然来た来訪者に私は頭を抑えるほか無かった。なんでこんなときに。
私の部屋に来たこの男は誰って、私の先輩で、彼氏であるアントーニョだ。
なぁなぁなぁ、と楽しそうにトニーは私に近づいた。一応彼自身は励ましに来てくれてるってのはわかるが、わかるけども。彼が来ると毎回勉強どころではなくなってしまうのだ。
例えば。
「なぁなぁなぁ、構ったってー!」
「今勉強ちゅ、もう! 髪引っ張らないで!」
「ええやん、親分とええことしよ」
「変なトコ触るな変態!」
「へぶら!」
「ふ、勝った!」
「ふはは復活やー!」
「ぎゃぁあああああ!!」
勉強中に髪の毛引っ張ったと思えば腰をいやらしく触ってきたり。そのまま押し倒されたり。
あとは。
「名前、暇やで」
「じゃあうちの犬の散歩行ってきて」
「名前も!」
「行くわけないで・・・・・・ぎゃぁあああ!」
「ほらぁ、わんこも行きたい言うとるで」
「もうやめ」
「名前かわええなぁ。犬と戯れててほのぼのするわぁ」
「重っ! っ、ひぃぃいいいい!!」
うちの犬(かなりの大型)を無理矢理けしかけてきたり。
「なぁ名前」
今日こそ無視を徹底してやると意気込んで、名前を呼ばれても勉強机にかじりつく。絶対に振り向かない。振り向いたら犬が居るに違いない。
「映画見よか?」
「……」
無視だ。無視無視。私は今ある意味でむしきんぐだ。なにも面白くないな。
「俺な、動物モン探したんやけどあんまわからんくてな。フランに借りたん。」
「それは動物モノじゃないんじゃないの?」
思わずツッコんでしまってから、しまった無視できなかった。いや、もうそれはあきらめよう。フランシスが普通の映画って持ってるんだろうか。
偏見かもしれないがあいつはエロいやつしか持ってなさそうだ。
「せやねぇ、俺家で見ようとしたら違うの入ってん」
「予想はできるでしょ」
なにが入ってるのかすごく気になるところだがここで振り返ったらもう駄目だ。全てが駄目になる。
上手く回避しつつ問題を解いていると、つんつん、と背中がつつかれる。なに、と声だけで返事をすれば、少し愉しそうなトニーの声が返ってきた。
「ゲームしてもええ? 俺新しいの買うたん」
ふ、振り向くぐらいならいいだろうか。新しいのってなにかな、狩りげーかな、アクションかな。
言いながら既に私の部屋にあるゲーム機を勝手に取り出してやり始めるトニー。ちらちらと気になって横目で見れば、なかなか面白そうなアクションゲーム。
しかも前から私が気になっていた奴だ。
「必殺、親分あたーっく!」
とあるキャラクターがトニーに操られて技を繰り出していき、連続で攻撃していく。本来はかっこいい名前であろう強力な技が、トニーによって台無しな名前と技になる。
しかしそのゲームをやってるトニーの横顔は真剣で、普段からその顔ならもっとモテるだろうと一人惚気た。……いけない、見すぎた。
思わず手を止めて見入ってしまえば、一勝負を終えたトニーと目が合ってしまった。それに彼はにこりとイケメンスマイルを繰り出して、あらかじめつなげられていた2Pのコントローラーを指差した。
絶対こうなることを予想していたに違いない。ずるい。でもわかっててやってしまう私も馬鹿だ。
「ほんの少しだけやから。ええやろ?」
「ちょっとだけなら……やろうか」
ちょっとだけ、なんて言葉が本当になるわけがない。そうとわかっていても誘惑に負けてしまうのが私で。
トニーにここまでされてしまえば逆らうことは不可能だと、ずっと前から知っている。
あきらめて椅子から降りる。ちょっとだけ、と自身に何度も言い聞かせてトニーの隣に座った。
「喰らえ! 親分イリュージョン!」
「なんの! 効かないわ!」
「なんやて!?」
完璧にこれは私の負けだ。そう気付くのはあと何時間後のことだろう。それにすぐ気付かないほどに私たちはゲームにのめりこんでしまっていたのだ。
実際私はコントローラーを手に取り、やり始めてしまえば。次に時計を見たときの絶望感が半端ない。
「やりすぎた……」
どれだけ集中してやっていたのだろう。全然時計を見ていなかった。はぁ、と大きな溜息を零しざるを得ない。
「あちゃー、昼食い損ねてしもた」
「そういう事じゃなくて! 勉強が……」
「たははー」と頭をかきながら笑うトニーに怒鳴り、ゲームの電源を切る。やってしまった。トニーを責める気はない。誘いに乗ったのは自分なのだから。
少し痛くなる頭を抑えながらハァとまた溜息を一つ。
そんな私を見てトニーがにへら、と力が抜けた笑みを零した。なんだよもう、こっちはお前の所為で勉強する気がおきないっていうのに。
「良かったわ」
「は? どういうこと?」
「最近根詰め過ぎやないか思うて」
そうか、と私は初めてトニーの言いたいことがわかった。なるほどトニーは心配してくれていたのか。
わかってそれから気を使わせていたことに自己嫌悪。本当にトニーには助けられてばかりだ。目の奥が一気に熱くなって、勢い良くトニーの腕の中にダイビング。
ゴス、と何か痛そうな音がしたが気のせいだという事にしてトニーの背中に回した手に力を込める。
トニーの手が私の背中ではなく頭に回され、ゆっくり動く。そして彼の声が私の上から聞こえてきた。
「勉強はした分だけ結果になるとはいうてもな、やりすぎはよくないで?」
「……うん」
「あんま心配かけんといてな」
「ごめん」と謝って、私はしばらくトニーの腕の中で余韻に浸る。頭をなでる手が心地よい。
私が小さな声で「構ってあげられなくてごめんね」なんて言えば「そうやで」と少し拗ねたトニーが答えた。
今日は晩御飯食べていって貰おう。それまで一杯トニーと話してよう。そんなことを考えながら、私はぎゅ、とトニーを抱きしめる腕に力を入れた。
今日ぐらいいっか。明日は今日の倍頑張ればいい話なんだから。
私よりもずっと私の体を心配してくれるトニーがいるから、私は絶対大丈夫。
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