君=恋愛ゲーム≠ハッピーエンド

 お前はいつだってそうだ。
 勇気を出し名前を呼ぶときも。
 そっと触れようとするときも。
 体を震わせながら愛を告白したときだって。

「なぁ名前」

 今だってそうだ。彼女は俺と出会ってからずっと変わらない。今返ってきたのは「なーに、と間延びした緊張感の欠片もない声で。思いを告げて早二年。
彼女は日本の家の人間で、俺はイギリスという国で、そんな俺でも付き合ってくれないかと言ったのだが。

「大丈夫だ、問題ない」

いったいなんのアニメだくそっ!
 名前は所謂オタクってやつで、さっきの告白の返事もゲームのセリフだというのも後から知った。

 実の所、俺は彼女の目を見て話した事が、数えるほどしかない。むしろ無い。
 付き合い始めて二年。キスはおろか、手を繋いだことすらなかった。むしろ仕事相手の女の方がスキンシップがあるだろう俺らの関係。

 今度の休日はそんな俺たちの二年と二ヶ月の記念日で。だからデートにでも誘おうかと名前の家にやって来たわけだ。

「今度の休日、ディナーでも行かないか?」
「だが断る」
「なんでだよ!」
「生放送に好きな歌い手さんが出るから」

 名前の目は最近お気に入りのゲームから離れない。もう何度同じ言い訳でデートを断られたかわからない。
 床に手をついてうなだれた俺は、負けじとなんとか名前を外に連れ出そうと考える。頑張れ俺! 俺はグレートブリテン及び北部アイルランド連合王国、通称イギリスだ!
 できない事は多分ない!

「じゃあ新しく出たマンガでも買いに行かないか?」
「新刊は購入済み」
「じゃあゲームとか! こないだ言ってたやつ、新しいのでるんだろ?」
「まだ出てないから。発売日ぐらい覚えてろ」

 ちくしょおおおお! なに、これどうすればいいんだ!? いっその事菊に相談でもすれば解決するのか? そうやって菊に相談したのは今まで数え切れないほどだ。
 それこそ名前と電話した回数より……あれ、俺名前と電話した事あったっけ?

「なぁ散歩だけでもいいんだ」
「やーだ。外に出たら溶けちゃう」

 ほら。また目を合わせようとしない。それに寂しさを覚えながら、絶対負けないと食い下がり、どうにか了承を貰おうと顔を覗き見る。
 しかし見れば見るほど名前はゲーム機に顔を近付けて俺から顔を反らしていく。

「俺が嫌いなのか?」
「お前等の愛で見えない」
「訳わかんねぇよ……」

 深くため息を付いてまず会話が成り立っていない事に頭を悩ませた。どうすればいいのか光の欠片すら見当たらない。
 この迷路の出口はドコデスカ・・・・・・むしろ出口ってありますか?もはや名前が何を言っているのかさえわからない状況だ。

「つーよーがってばっかでなんか、そーんしてるきがする」

 だってそうじゃん? ゲームに興が乗ってきたのか、鼻歌まじりで歌う彼女が可愛いと思う俺は病気だくそっ! 本当に損してんのは俺だ。

 はぁあ、とまたため息を付いて俺は立ち上がる。何に対して頑張ったのかはわからないが息抜きに紅茶でも飲もうと、食器棚からティーポットを取り出した。
 名前が唯一俺にくれた物で、アンティークなデザインが気に入っているそのポット。

 名前がそれをくれたのは去年のクリスマスで、初めて彼女に貰ったプレゼントで、俺にとっては何よりも貴重なティーポットである。
 しかしこれをつかって紅茶を入れる時いつも俺の事をセバスチャンと呼ぶのは何故だろう。

「名前、茶淹れたからな」
「よくやったセバスチャン」
「またかよ……」

 名前は二つ折りだった携帯ゲーム機をぱたんと閉じて、それから紅茶をじっと見てにこりと笑った。その黒い目が俺に向けられる事は、無い。

 目元まで伸びた前髪。セミロングの後ろ髪はポニーテールになっている。少し赤くなっている頬。
細い腕と腰。日本人としては色白い肌。多分外に出ないからだろう。
 見るほど惹かれる彼女は本当に俺を愛しているのか、心配でたまらない。

 もしかしたらまったく好きなんかじゃないのかもしれない。そう思うと心臓が潰れそうになる。

 だから、意を決して、聞いた。

「名前」
「なんだいセバス」
「俺とゲーム、どっちが大事だ?」

 彼女は言った。にっこりと笑って。俺の目を見ずに紅茶をじっと見て。
 もしかしたら、という希望を見事に打ち砕き。

「ゲームのが大事だよ」

 チクショオオオ!!
 なんでだよ!
 なんでゲームに負けんだよ俺……もう何も信じられない。

「元気出して下さいアーサーさん」
「くそ……なんでだよ名前」
「名前さんはツンデレですから」

 ツンデレってなんだよ。言おうと思ったが前にも同じ事を聞いた覚えがあるからやめた。
 彼女の返事を聞いた瞬間に、俺の涙腺はぷつりと切れ、せめて涙は見せまいと走って菊の家まで来た。そしてこのざまである。
 菊は困りながらもしっかり俺にお茶と菓子を出してくれた。その優しさがなおさら涙を誘う。

「名前さんは攻略が難しそうですものね」
「攻略?」

 菊は感慨深く言った。それの言葉の意味を求めれば、恋愛ゲームと同じですよ。とさらに解りにくい事を言われた。
 恋愛ゲーム、と言うのは言葉の通りらしい。つまり名前の気持ちを知るには攻略が必要だということだ。そこまで言うなら、攻略本があって欲しい所だった。

「まずは愛を伝えてみてはどうでしょう」
「俺はありったけの愛を伝えてるつもりなんだよ……」
「それはそれですよ。言葉にするのも大切ですから」
「そう、なのかな」

 「ところで」と菊から話をふってきたくせに菊が話題を変えた。俺は鼻をすすりながら菊を見る。ふふ、と理解不明な笑いを向けられた。

「逢い引きのお誘いとおっしゃいましたがいつでした?」
「今週末」
「今週末といえばニコ生に名前さんの好きな歌い手さんが出演されますね」
「知ってる」

 くそ、言わせんなよ言ってて悲しくなるだろ。そんな俺の気持ちも知らないで菊はふむ、と黙り込んだ。
 はぁぁ、と肺の空気を全て吐き出しうなだれた。この息と一緒に名前のあの趣味も吐き出されれば良いのに。

 俺、名前と別れた方がいいのかな。俺が居たら、ゲームの邪魔になるのかな。縁側にうずくまって視界を真っ暗にした。少し冷静になれる。
 すぐ近くから菊の呆れた声が聞こえた。

「簡単なんですよ? 好きと言えば良いんですから」
「「わかってるよ、ばか」」

 声が二重に聞こえた。

 「え」と声が出て、伏せていた頭を上げようとしたが、何かに押さえつけられ阻止される。誰の声で誰の手なのか、見なくてもわかっている。
 俺はこの声すらも愛しているし俺を押さえつけるこの腕だって愛おしい。

「名前……?」
「恋愛は気の迷いよ」

 なにかのキャラのセリフだろうか名前の言葉がぐさりと胸に刺さる。俺は別れを告げられるのだろうか。
 じわりと滲む涙。やはり彼女に好かれてなんかいなかったんだろうか。鼻をすすり今にもこの場から逃げたいと心の中で懇願する。

「でも」と続けられたら反語を耳にするまでは。

「アーサーはこんな私を二年以上も好きだと言ってくれた」

「ずっと恥ずかしくて言えなかったけど」

 私はアーサーが大好きだ。
 さっきまで悲しみで溜まってた涙が正反対の意味で零れた。今聞こえたのは空耳じゃなければ聞き間違いでもなく、もちろん何かのキャラのセリフでもない。
 名前の言葉。

「名前さん、それはアーサーさんの目を見て言うべきですよ」

 目の前で惚気られてもねぇと菊が言うのが聞こえたと同時に頭の重さが消えた。力いっぱいに顔を上げると、顔どころか首まで真っ赤にした名前と初めて。

 目が、あった。

 透き通った黒。長いまつげ。赤い顔で、口を緩めた彼女のその目は細められていて。とても可愛らしくて。
 この世の何よりも惹き付けられた。

「名前……」
「アーサー、好きだよ」

 初めて見た俺だけに向けられた名前の目。
 初めて聞いた名前からの愛の告白。

 嬉しい。恥ずかしい。幸福感。心を満たしていく温かい感情。いろいろな感情が相混じり感極まった俺は涙が頬を伝うのを感じながら言った。

「愛してる」

 こうして、俺のやたらと難しい恋愛ゲームは、なんとか攻略が終了したのである。もちろんこれからは終わりのないエピローグが始まるだけだ。

 まずは週末にディナーを食べに行こうか。


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