数年前から一目惚れでした

 あー、今日は雨だぜ。こんな日は家に帰ってビールだよな!ビール!
 ヴェストと一緒に今日も一杯やるか。

 なんて、一人で口に出して言いながら俺は家路を歩く。今日のドイツは雨でいつもより少し肌寒く感じた。雨と言っても小雨程度の弱い雨。
 早く帰ってビールを飲んで体を温めたい。

 ならば家に居るであろうヴェストに電話しようと携帯電話を出したところで、奴は今日イタちゃんの家に居ることを思い出した。
 せっかく一緒にビールを飲もうと思ったのによ。一人楽しすぎるぜ!

「いってえ!!」

 「はぁ」と溜息を付いた次の瞬間に水で足を滑らせ、顔から地面にダイブすることになった。体は一瞬で水浸しになり、傘を手放した所為で雨が俺に降り注ぐ。
 な、泣いてなんかいないぜ!雨が目に入っただけだ……チクショウ!

「ちっくしょー、冷てぇ」
「大丈夫ですか?」

 突然、俺を濡らし続けていた忌わしい雨が止んだ。

 いや、止んだわけではない。雨の音は続けて聞こえているし、足の方は未だ雨に打たれ続けている。
 なら何故止んだのか。
 俺の目の前で心配そうに俺を見下ろし立っている少女が傘を持っているからだった。

 少女と言っても年は十九かそこらあたりで大人になりかけというところだろう。白に近い金髪や色素の薄い目から俺の家の人間であることは明白だった。
 その彼女の整った綺麗な顔は今、俺を見つめ心配そうな表情になっている。

「大丈夫ですか?」
「あっ、あああ、ああ。大丈夫だ!」

 傘を持っていないほうの手が自分に差し出されているのだとわかり、慌てて手をとり立ち上がる。
 手をとった後で気付いたが、泥だらけの俺の手は当然彼女の手を汚くしてしまった。手を放してからあ、と思ったが、対して少女の方は気にしていないようだった。
 それどころか綺麗な白いハンカチを取り出して、俺の顔に付いた泥をためらいも無く拭った。

「派手に転びましたね。怪我はありませんか?」
「い、いいや! 大丈夫だ! それよりハンカチが」

 俺がどもりながら答えれば、それはよかった、と俺より大分小さな少女は言った。彼女は俺が落とした傘を俺の手に渡して、もう転ばないで下さいね。と念を押すように付け足した。
 流石にカッコワルイぜ、俺。

 問題だったのはその後だった。


 傘を渡すその時に触れた少女の暖かい手に、びくりと体が固まる。それとは反対にばくんばくんと心臓がうるさく騒ぎ出す。今にも口から飛び出してきそうな勢いだ。
 体の持ち主である俺はなにがおこったのか訳が分からず、最終的に。

「お前が好きだ!」

 自分でも意味がわからない突然の告白。心臓よりも早く言葉が先に飛び出した。
 ぽかんとしている少女。きっと俺も同じ顔をしているに違いない。

 最高に居心地の悪くなった空気に耐えられなかった俺がしたことといえば。
 礼を叩きつけるように言った後、そのまま全力疾走で少女に背を向け走り出したのだ。


 後から思い返せば、まったく訳が分からない。あの少女と会ったのが一週間も前だということも訳がわからない。
 俺が少女に告白したあの気持ちは、嘘ではないことははっきりとしていた。
 俺はあの少女に一目惚れしたのだ。

 この一週間、もう一度少女にちゃんとお礼を言いたくて、何回かあの場所に向かったが一度も会うことは無かった。
 あんな告白の返事を貰いたいと思っている自分が居ることもよくわかる。このままもんもんとしているのは全然性に合わない。

 はぁ、と俺らしくも無い溜息を付いて、今日もまたあの場所に向かうことにした。今日はこの前とは正反対の、珍しく熱いくらいの晴天だ。

 日課になりつつある散歩を楽しみながら歩いていれば、考え事をしながらでも目的地に付くことができた。ここで歩いている人々を眺めて目的のあの少女は居ないか確認して、帰る。これが最近の日課だった。

 今日もやはり居ない。出会えるわけがないとわかっていても気持ちのどこかで期待していて、探している。
 金というより銀に近い髪を見れば、自然と目で追っているのがその証拠だ。

「情けねぇ〜」

 そう小さく呟いて、いつもはもう少し居るところを今日は早く帰る。この日課も今日でやめよう。
 少女からしてみれば、俺はただの変な奴にしか見えないのだろう。と珍しく少し、いや大分落ち込んで考える。
 あの出会いは奇跡が生んだ偶然だったのだろう。もう会うことは無いに違いない。悲しいが事実だろう。

 帰りはやけに長く感じる道を歩きながらも、馬鹿の一つ覚えみたいにあの少女に似た奴を探す。もちろん本人が見つかることは無い。
 いい加減早く帰ってふっきって、ホットケーキでも食べることにしよう。まだ昼だがビールでもいいな。今日はルッツも家に居るから。

「誰だ? 家の前に誰か居るな……」

 俺の住む家の前でうろうろしてる奴がいた。今の距離からでは遠すぎて性別すらわからない。
 そいつは家の中に入ることは無く、ずっと扉の前をうろうろしている。もう少し近づけば、長い髪からそれが女であることがかろうじてわかった。

 家のチャイムを押すことも無くただずっと家の扉の前を行ったり来たり。その女を不審がってじっと見ていれば、突然女は倒れこむ。どうやら転んだらしい。

 とりあえず誰であろうと心配するのが普通で、普通の俺は走り出した。傍まで駆け寄って、初めて気付く。なぜさっきまで気付かなかったのか不思議なくらいだ。

「お前……!」
「こ、こんにちは!」

 驚いたように顔を上げた女は、さっきまで血眼になって探していた少女にそっくりで。と、いうか間違いなく本人で。
 立ち上がらせようと差し出した手を後悔する。今は情けないほどに手汗でじっとりしていて、今握られたらべたべたしそうだ。てか、する。
 そんな俺の考えが伝わることも無く、ありがとうと綺麗な声で彼女はお礼を言って俺の手を掴んだ。

 うわ、手すげぇちいせぇ。

 立ち上がった彼女に怪我がなさそうなのを見て俺はほ、と安心する。
 それと同時に、ようやく彼女が何故ここに居るのか疑問に思う。まさか回覧板を回しに来たわけではないだろう。

「ど、どどどどうしたんだ?」
「あ、あああああのですね・・・・・・」

 なぜか両方どもりながら会話が成立していた。何で彼女がここに居るのか。まさか俺に会いに来たのか、なんて馬鹿みたいなことを期待してしまう。
 あまり期待はするものではないと頭を振り、彼女の話の続きを聞こうとする。

 心臓が一週間前よりもうるさい音で騒いでいる。彼女を前にして、好きになってしまっていることを再認識した。

「以前、同じように立ち上がらせてくれた事、覚えていますか?」

突然少女に言われた言葉に、俺は必死に記憶を探す。彼女と会ったことがあるというのか。

「以前、と言っても大分昔の事なんですけど……」

 彼女の昔、と俺の昔、が違うことは容易に想像できた。俺は国で彼女は人間である。人間の昔なら、俺の考える昔ではないだろう。
 しばらく考えて漸く、数年前に出会った、俺様と同じ綺麗な銀髪を思い出した。
 その記憶にある少しぼやけた小さい少女の顔と、今目の前にいる少女の顔は、似ていないこともない。

「やはり覚えてませんか……?」
「いや! 覚えてる!あれだろ? 確か公園ですっ転んでた……」
「あ、そ、それで合ってます!」

 俺が言えば、ぱぁ、と顔を明るくした少女は嬉しそうにこくんこくんと何度も頷いた。まったくわからなかったが、俺は数年前に一度だけ少女に会っていたらしい。
 思い出して改めてもう一度、少女を見ればあの小さな少女と同一人物であることを確信できた。へぇ、と意外な事実に驚き嬉しくも思いながら大きくなったんだな、と密かに思う。
 少女はそれから顔を真っ赤にしながら、それでですね、と話を続けた。

「私も好きです。」
「……え?」
「先週の告白の返事、と言いますか」
「えぇぇえええ!?」

 「なんで!?」という事はいえなかった。それを聞けば俺だって自分でも一目惚れした理由はわからない。それなのに聞くことはできないし、しない。
 にこにこと笑う少女に俺が驚いた顔をして、あまりのことに思わず涙目になって見た。視線が合って、少女がふわりと笑う。

「先に好きになったのは、私の方ですからね?」

 顔を真っ赤にしている少女を前に、うろたえる俺。だ、だってこんなこと想像できるわけ無いだろ!?彼女の顔に嘘はない。
 少しずつじわじわと実感が沸いてきて、頬が勝手に緩む。ああ、しかしこれでは俺が余りに情けない。

 俺は相手の肩を優しく掴み、震える声を抑え、そこでやっと、名も知らない少女の名前を尋ねた。


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