秘密特訓
再び、宿屋に戻ればイオンは部屋のソファへと座らされた。
本当なら寝ていた方がいいのだが、イオンが『大丈夫です』と言った為ソファで一旦落ち着くことになったのだ。


イオンの顔色が少しよくなってきた頃、ティアが「そういえば…」と口を開いた。


「イオン様。タルタロスから連れ出されていましたが、どちらへ?」

「セフィロトです…」

「セフィロトって…」


イオンが少し言いづらそうに答えると、ルークも向かい側の椅子に座りながら呟く。
思い出そうとして思い出せなさそうな表情だ。

その顔を見て、ティアとガイが説明をする。


「大地のフォンスロットの中でもっとも強力な十箇所のことよ」

「星のツボだな。記憶粒子(セルパーティクル)っていう惑星燃料が集中してて音素が集まりやすい場所だ」

「…し、知ってるよ。もの知らずと思って立て続けに説明するな」


胸中を知られたかのようで、ルークが拗ねたような口調で言う。
それを微笑ましいなぁと、フィルがのほんとしていると、隣に立っていたジェイドが「セフィロトで何を?」と
イオンに問いかけていた。

だが、イオンはしばらく口を閉ざすと軽く首を振った。


「言えません、教団の機密事項です」


目を伏せてそういうイオンに、ルークが壁を感じて思わず舌打ちをした。


「そればっかだな。むかつくっつーの」

「……すみません……」


ルークのその言葉を聞いてイオンはますます顔を伏せて小さな声で謝罪した。

穏やかな雰囲気が消えていく部屋の中で、フィルは場を和ませようと話を変える為、上司を見やる。


「そういえば大佐。封印術(アンチフォンスロット)は大丈夫なんですか?」

「そういえばそうだったな。ジェイド、体に影響はないのか?」


フィルの機転でルークの興味がジェイドへと移る。
ジェイドは、ふむ…と顎に手を当てて思案の表情を作った。


「多少は身体能力も低下します。体内のフォンスロットを閉じられた訳ですから」


なるほど、とフィルが頷くと、ミュウがてこてこと歩いてきて、ルークを見上げた。


「ご主人様優しいですの!ジェイドさんを労わってるですの」

「ち、ちげーよ!このおっさんにぶっ倒れられると迷惑だからっ」

「照れるな、照れるな」

「照れてねーっ!」


ミュウとガイに立て続けざまに言われ、ルークが少し頬を染めて言い返す。

そんな3人を尻目に、ティアはジェイドに問いかけた。


「全解除は難しいですか?」

「封印術(アンチフォンスロット)は、一定時間で暗号が切り替わる鍵のようなものなんです。
 少しずつ解除してはいますがもう少しかかりそうですね。まあ元の能力が違うので多少の低下なら、
 戦闘力はみなさんと遜色ないかと」


最後に皮肉は忘れないジェイドに、ルークは「むかつく」と思わず口にする。
だが、ジェイドはジェイドでさらりと「根が正直なもので」と言い流した。


「まぁ、能力的なものでいえば縛られておらず且つそれなりの戦場経験のあるフィルが一番高いでしょうね」

「た、大佐!?」


思いがけない言葉に、フィルは動揺する。

だが、ガイとティアが「そういえば」と言い出すので、フィルは二人の方へと顔を向けた。


「マルクト軍の少佐だよな、ジェイドの旦那がこんな状態なら当たり前か」

「そんなことありません、大体ティアやガイ殿の方が…――」

「わたしは、戦闘訓練を受けて初めての任務についたのよ。戦場経験はフィルが一番だと思うわ」

「ティアまで!」


普段、マルクト軍の中で女が役職につくなど…と貴族院や軍の上層部で言われ続けていたフィル。
ここまで言われると、どことなく照れくさい感じがする。


「ふーん…、フィルが一番強ぇんだな」

「そういう言い方はやめてくださいっ」


ルークまで納得するような顔で言うので、フィルは必死で抗議した。
フィルもあくまで女の子。
男性よりも力があるといわれているようで、釈然としない。


「じゃあ、後はフィルやジェイドにイオンを任せて、俺たちも寝ようぜ」

「え、あの…」


そう言って部屋を出て行くルーク。
そしてそれに続いてガイが「頑張れ」と軽く手をあげて出て行き、ミュウもそれに続いていく。


「それじゃあ、フィル。わたしも部屋に戻るわ」

「え、ティアも!?」


「頑張って」と言ってティアも、部屋を出て行き残ったのはジェイドとイオンとフィル。


「……大佐…」

「まぁ、仕方が無いでしょう。それじゃあフィル。後は頑張ってくださいね」

「はい、――って、ええ!?大佐も一緒にイオン様の護衛じゃ―――」

「私は封印術(アンチフォンスロット)をかけられてますので、少し疲れてるんですよ」


はぁやれやれ、と肩を軽くまわして、「歳ですかねぇ」と心にも無いことを言うとジェイドもすたすたと去っていく。


「…………」

「あ、あの…フィル?」

「………大佐の部屋ここじゃん?何で出てく必要が…っていうか、押し切られた…?」


上司が出て行った扉を見ながら、自分の置かれた状況を改めて実感すると、
フィルはがくしと膝をついて落ち込んだ。


「あの…フィル、僕は大丈夫ですから、貴女も少し休んでは?」

「うう…イオン様だけです…、そう言ってくれるのは…」


肩越しに涙を流しながら感激するフィルに、イオンは苦笑した。

だが、フィルはよしっと気合を入れなおすとすくっと立ち上がり、イオンへと向き直る。


「さて、イオン様。ここはわたしに任せてお休みください。
 大佐もああは言ってますが、部屋はここなのですし戻ってくるはずですから」


そうしたら交代しますよ、とフィルは力強い笑みを見せるとイオンも「はい」と笑顔で頷いた。







***


しばらくして、イオンが眠ったのを確認すると、フィルは備え付けられた勉強机へと向かう。

ポケットから出したのは一枚の封筒。

差出人は、『アスラン・フリングス』と書かれていた。


わくわくしながら、引き出しの中に入っているペーパーナイフを取り出して、封筒に刃を当てる。
中をごそごそと開けると、綺麗でシンプルな便箋が入っていて、中には端正な文字が並んでいた。


「(Dear フィル・アイラス少佐……)」


最初の文字の時点でもすでに口元が歪んでいる。

先ほどのスキップと同様で、明らかに他人から見たら気持ち悪い光景だ。


にまにま怪しい笑顔を浮かべながら、文字を一言一句残さない勢いで見ていく。


「(バチカルまでの長い旅路…、敵国に行くというのも大変かと思います。
  しかし、カーティス…――)」

「――…『大佐がおられるので、きっと無事に帰ってくると信じていま』―――」

「きゃああああ―――むぐっ!」


心の中で脳内変換した将軍の姿が、途中からジェイドの声へと変わっていくのに気付き、
フィルが大声で叫び声をあげるが、それも誰かの手で塞がれてしまう。


「むがっ、むぐぐぐっ」

「こんな夜中に大声を出さないでください。イオン様を起こしてしまいます」


誰のせいだと思ってるんだ、という非難じみた目でフィルは、自分の口をふさいだ相手をキッと睨みつける。
そして、落ち着いたのかその手をどかすと、フィルは小さめな声で言い返した。


「急に現れないでくださいよ、大佐」

「私はちゃんと声をかけましたよ、フィル。それなのに、貴方ときたらフリングス少将の手紙に没頭し――」

「――な、なんで将軍からの手紙だって分かるんですかっ」

「それは、貴方の後ろから手紙を見ていたからですよ。背後に立たれても気付かないなんて…戦場だったら死んでますね」


肩をすくめて、いけしゃあしゃあという上司に、フィルは某譜術博士のようにハンカチをかみ締めて叫びたい衝動かられるが、
とりあえず深呼吸をして心を落ち着かせる。


「で、もういいんですか?」

「ええ、後は私が見てますよ。それに気配があれば目を覚ましますしね。
 さ、貴方は部屋に戻って明日に備えなさい。寝不足で戦えないなんていったら、軍人の恥ですからね」

「―――…だったら最初っから見てろよ、根暗マンサー…」


ぼそりと悪態が口から出ると、ジェイドが「何か?」と良い笑顔で問いかけてくるので、
フィルはぶんぶんと首を横に振り、さっと敬礼した。


「では、失礼します」

「ええ、おやすみなさい」


フィルは手紙を手に持ち、そしてそのまま部屋を出て行った。


廊下に出て少しすると、外から剣のぶつかる音がしてフィルは立ち止まった。
廊下につけられていた窓から覗き込むと、宿屋から離れた場所でルークとガイが剣を持って戦っているのが見える。


「…特訓?こんな夜中に?」


軽く首をかしげて思うと、フィルは外に向かうべくフロントへと向かった。




***



宿屋を出ると、さっきの音が少し大きくなる。
音のする方へと駆け足で向かった時、ちょうどガイとルークが間合いをとったときだった。


「ルーク様?ガイ殿?」

「フィル!おま、どうしてここに…」


ルークが少し驚いたように言うと、ガイも剣を下ろして驚いていた。


「今、大佐と交代して部屋に戻ろうとしてたんですけど、外から剣の音が聞こえてきたので…」

「――それで、様子を見に来たんだな」


ガイに問われ、フィルはこくりと頷く。
そして、フィルは視線をルークの持っていた剣へと向けると、ふと微笑んだ。


「特訓…ですか?」

「う、これは…」

「いいじゃねぇか、ルーク。別にかっこ悪ぃことでもないし」


誤魔化そうとするルークだったが、ガイが笑いながら言うのでしぶしぶルークは「ああ」とフィルの言葉を肯定した。


「でも、そろそろやめようとは思ってたんだ。ルークも新技身に着けたみたいだし」

「へぇ、そうなんですか?ルーク様」


フィルに問われ、ルークが顔をそらした。

どうやらやはり隠れて特訓していたことが恥ずかしかったのだろう。

月明かりでかすかに見えた顔色は赤くなっていた。


「そうだ、ルーク。お前フィルに見てもらえよ」

「あ?何で…」

「フィルは軍人だぞ。それにあの旦那と違って、まともな意見くれると思うけどな」


ジェイドと違って、といわれるとフィルは複雑な気持ちになる。
だが、ルークの腕前を自分と戦うことでわかっておくのは、今後の戦闘体勢を考えるのに良いだろう。


「わたしは構いませんよ、ルーク様の新技も見たいですし」


フィルが穏やかな笑顔でそう言うと、『新技を見たい』という言葉に反応したのかルークは剣を軽く振った。


「仕方ねぇな。フィル、負けても文句言うなよ」

「あら、強気ですね。あとで泣き言言わないでくださいよ?」


強気な発言にフィルはくすっと笑うと、銀の腕輪に触れる。
そして、腕輪は青い光を放ち次の瞬間には剣へとなり、フィルの手に握られていた。


それを見て、ガイは心配になったのか視線をフィルへと送る。

フィルはそれに気付くと、『大丈夫、手加減しますよ』というアイコンタクトを送った。



そして、二人は構えあう。

ガイが間に入り、審判となり合図を出した。


「始め!」

「でやぁあああっ!」


開始の合図と共に、ルークが地を蹴って駆け出す。

フィルとの間合いに入ると、一気に剣を振り下ろすが、フィルは軽くそれを横に避ける。


「(まずは、上段の振り下ろし…)」


目でルークの切っ先を追うと、振り下ろされたと思った刃はすぐに斜め上へとあげられた。


「っと……!」


予想以上の早い剣の動きにフィルは、剣でそれを防いだ。
剣がぶつかれば、押し合いになる。


ルークの力強い押しに、フィルが慌てて後ろへと跳躍する。

だが、着地点にはすでにルークが迫っていた。


「(早い…)」


思った以上の素早い動きに、フィルが剣で防ごうと構え直したとき、ルークが一歩踏み出した。


「喰らえ!瞬迅剣っ!」


それと同時に襲い掛かる一本の突き。
スピードと力強い一撃に、なんとかフィルは防ぐことは出来たが体が後ろへと突き飛ばされる。


「くっ…――」


足でブレーキをかけて、やっと止まったと思えば目の前にはすでにルークの姿。
それに驚いて、フィルは無意識に剣に力をこめた。


「獅子戦吼!」


次の瞬間、フィルは一歩踏み出すのと同時に体当たりをルークへと当てる。
それによって、ルークはまさか体当たりで来るとは思わず、まともにそれを喰らう。

だが、まだ終わらない。

二歩目を踏み出したときに、フィルの体から獅子に似た闘気が現れ
剣を突き出すのと同時に、ルークへと闘気が放たれ彼を一気に吹っ飛ばす。


「うわぁあっ!」

「ルーク!」


ルークが声を上げて飛ばされ、ドサッと地面へと叩きつけられ、ガイが叫ぶ。

それを見て、フィルはハッと我に返りルークへと駆け寄った。


「大丈夫ですか!?ルーク様」

「いっつぅ…」


ルークの傍に寄ると、彼は大きな怪我はないもののところどころ擦り傷が出来ている。
フィルは、慌ててグミを取り出すと、ルークに食べさせた。


「すみません、思わず手が出てしまって…」

「謝ることはねぇだろうが。本気で戦ってくれたんだろ?」


だから気にしないというような言い方をするルークに、フィルとガイは顔を見合わせて苦笑した。

そして、フィルはルークの体を支えるように彼の背中に腕を回すと真面目な表情で口を開く。


「元より本気を出すつもりはありませんでした。でも…貴方が思った以上に強かった。
 貴方の戦い方は、スピード重視のようでしたしね。あそこまで行動が早いとは思わなかったから…」

「そうなのか?」

「はい、きっとヴァンは良い師だったんですね。それに貴方はもっと強くなる」


フィルが師を褒めたことに、ルークは嬉しそうに「へへっ」と笑う。
そして、フィルの手を使わずに立ち上がると、ルークは剣を収めた。


「それじゃあ、今日はもう戻るか。明日もたくさん歩かなきゃいけないしな」

「かったりぃなぁ…」


ガイの言葉に、ルークが溜息をつきながら宿に向かって歩き出す。
フィルも剣を腕輪に戻すと、先を歩くルークに続いた。


フロントの近くに来ると、ルークはふと立ち止まってフィルへと振り返る。


「そういや…」

「はい?」


フィルは振り返ったルークに微笑み返すと、ルークは頬を掻いて「あー…」と言葉をにごらす。


「お前、俺のこと『ルーク』って呼べよ。敬語もいらねぇ」

「ですが…」

「俺が良いって言ってるんだからいいんだっつーの。んじゃな」


それだけ言うと照れくさかったのか、ルークは急に走り出した。
フィルは、そんなルークの背中をぽかんとした表情で見ている。

そしてルークのその行動がおかしかったのか、ガイは笑っていた。


「良かったなフィル。懐かれたんじゃないか?」

「懐か――って…動物じゃないですから、ガイラルディア様」


フィルは呆れた様子で、距離を置いて並ぶ元主君へと視線を送ると自分も部屋へ向かって歩き出した。


明日は早い。

今日の疲れが取れるだろうか、とフィルは無意識に歩みを速めたのだった。




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