故郷
基地内に入る頃には、ルークとティアは話が済んだのか追ってきた。
その2人の表情は、今まで悩んでいたものが取れたかのように少しすっきりしている。

2人が揃ったのを確認し、フィル達は基地内に入っていった。

応接室に通されると、どこか騒がしい話し声が聞こえてきた。


「ですから、父上。神託の盾(オラクル)騎士団は建前上預言士(スコアラー)なのです。彼らの行動を制限するには皇帝陛下の勅命が…」

「黙らんか!奴らの介入によってホド戦争がどれほど悲惨な戦争になったかおまえも知っとろうが!」


部屋に自分たちが入ってきたというのに白熱する口論。

フィルは思わず溜息をつき、ジェイドは涼しい顔で口を開いた。


「お取り込み中、失礼します」

「……っ!」

「…死霊使い(ネクロマンサー)ジェイド……」

「おお! ジェイド坊やか!」


「ご無沙汰しています。マクガヴァン元帥」


ジェイドが声をかけたことにより、2人の口論は終わり変わりに片方は渋い顔、片方は嬉しそうな顔で来訪者を見た。


「わしはもう退役したんじゃ。そんな風に呼んでくれるな。おまえさんこそ、そろそろ昇進を受け入れたらどうかね。本当ならその若さで大将にまでなっているだろうに。」

「どうでしょう。大佐で十分身に余ると思っていますが」

「むしろ、大将まであがられたらそれこそ職権乱用されて大変な目に…――」


謙遜するジェイドにフィルは小声で呟くが、ジェイドに「何か言いましたか?」と聞かれたので思わず真面目な顔で首を横に振った。

背後でルークとガイが「ジェイドってえらかったのか?」とか言っているのになぜ自分だけ…


「隣にいるのは、もしやフィルかの?」

「はい、お久しぶりですお爺さん」


マクガヴァンが肩眉をあげて自分を見上げてきたので、フィルは軽く頭を下げた。
そして、頭をあげると向こう側に居るもう1人将軍、グレンに声をかける。


「父さんも、お元気そうでなにより」

「ああ、お前も元気そうだな」


先ほど言い合っていたときとは違って穏やかな笑みを浮かべてくるので、ルークたちは驚いていた。

彼が驚いたのももう一つの理由があった。

――セントビナーがフィルの故郷だったということ

背後で驚愕している彼を横目で見て、苦笑しつつフィルは再び父と向かい合った。



「父さん、ここに神託の盾(オラクル)の導師守護役(フォンマスターガディアン)が来ませんでしたか?」

「ああ、そういえば。すでにもう街にはいないが手紙を残していった。
 ――…失礼だが、念のため中を開封して見させていただいたがな」

「結構ですよ、見られて困るものではありませんから」


フィルの問いにはすぐに答えたグレンだが、その後視線をジェイドへと向けて再び皮肉めいた言葉を発する。
だが、対してジェイドは飄々とした態度で言うと、その手紙を受け取った。

中の文章に目を通すと、ジェイドは途中からルークへとその手紙を手渡す。


「どうやら途中から貴方宛のようですよ、ルーク」

「アニスの手紙だろう?イオンならともかくなんで俺が…」


ルークは手紙を受け取ると、仕方無しに文面へと視線を落とす。


『親愛なるジェイド大佐へv
 すっごく怖い思いをしたけど何とかたどり着きました☆ 
 例の大事なものはちゃんと持っていま〜す。誉めて誉めて♪もうすぐ神託の盾(オラクル)がセントビナーを封鎖するそうなので、先に第二地点へ向かいますねv アニスの大好きな(恥ずかしい〜☆、告っちゃったよぅv)ルーク様v はご無事ですか? すごーく心配しています。早くルーク様v に逢いたいです☆ ついでにイオン様のこともよろしく。それではまた☆ アニスより』


「……それは、なんというか…」

「目がすべる…」


フィルがフォローをいれようかと思ったが、その前にルークがぼそっとどこか疲れたような声でそう言った。


「…第二地点というのは?」


ティアが、そんな微妙な雰囲気を消すようにジェイドとフィルに問いかけると、
ジェイドは「ああ」と声を漏らし、そしてフィルが続けるように口を開く。


「カイツールのことだよ。ここから南西にある街で、フーブラス橋を渡ってデオ峠を越えた場所にあるんだけど」

「こまで行けば謡将と合流できる。ヴァン謡将はカイツールを拠点にしてルークを捜していたはずだ」


ガイが少し安堵の笑みを浮かべて言うが、ティアは『ヴァン』の名前を聞いたせいか表情が曇っていた。


「ティア…?」

「おっと。何があったか知らないが、ヴァン謡将と兄妹なんだろ。
 バチカルの時みたいにいきなり斬り合うのは勘弁してくれよ」


フィルが心配そうにティアを見たが、ガイがそれに気付き釘を刺す。
ティアは、顔を上げずに「分かってるわ」というが、表情に光は現れない。


この兄妹の間に何があったのだろうか。

ルークとガイから、所々つまんだ話しか聞いていないため、どう判断すればいいかが分からない。

フィルは、小さく溜息をつくと、ジェイドが退出の挨拶をしようとしていたので、背筋を伸ばして向き直った。


「それでは、私たちはこれで失礼します」

「そうして頂けると助かりますな、我々の活動に影響が出ますゆえ。
 神託の盾(オラクル)の狙いが大佐のご一行とは…。死霊使いジェイドが下手を打つとは、ピオニー陛下もさぞお嘆きでしょうに」

「っ、父さん!」


ジェイドの辞意にグレンが再び皮肉を言うので、思わずフィルは声をあげる。

だが、グレンはそう言ったっきり、窓へと体を向け自分達に背を向けた。


「グレンのやつめ、イライラしおって…。
 あいつの言うことは気にせんでくれ。何かあればわしが力を貸すぞ。
 わしはここの代表市民に選出されたんじゃ。いつでも頼ってくれ」

「有難うございます、元帥」


呆れながら言うマクガヴァンに、ジェイドは頭を下げて立ち去る。
それにルークたちも慌てて続くが、フィルは父の背を見てしばし立ち止まった。

どうしてああいう物の言い方しかできないのだろうか、とどこか寂しげな表情でいると、
自分より背の低いマクガヴァンが自分の手を引いているのに気付く。


「お祖父さん…」

「そう気を落とすでない。それより、フィル。お前さんに手紙を預かってたのじゃ」

「手紙?」

「ああ、さて誰からだと思う?」


手紙を差し出しながら、祖父の髭で隠れた口端があがるのが見えて、フィルは苦笑する。


「もったいぶらないで教えてくださいよ」

「仕方がない。ほら、フリングス将軍か――」


ばっ!


「しょ、しょしょしょしょ将軍から!?」


思いもよらないスピードで、マクガヴァンから手紙をひったくった孫娘に目をきょとんとしながら彼女を見る。
声をどもらせながら、震える手で手紙の差出人を見て、フィルの顔は赤く染まっていく。


「ほ、ほんとだ…将軍からだ…」


グランコクマを離れ、ダアトへ向かい導師イオンを助け出し、そしてそのままバチカルまでいこうかとしていた今。

しばらく会っていなかった片思いの人物からの思いがけない手紙に、
フィルの心は晴れ渡っていく。


「むぅ…、しかしフィル…わしは――」

「お祖父さん!有難うございます!」


マクガヴァンが何か言っている間に、フィルはすでに回り右をして上司の後を追うように駆け出していった。
後には、嵐が去ったあとに残るかすかな風と静けさのみ。

そして、娘の暴走した姿を見て、窓へと体を向けていたグレンも不安そうに彼女の後ろ姿を見送っていた。



***


駆け出していた足も気がつけばスキップに変わっていた。

手紙を手にしたまま、早く読みたい一心でとりあえずジェイドたちの後を追う。
笑顔が張り付いたままのスキップするフィルは、端から見れば気持ち悪い。

ふと、街の門の近くまで来ると神託の盾(オラクル)の姿が目に入った。

フィルの顔から笑顔が消え、真面目な表情へと戻るとその近くの物陰にルークたちの姿を見つけ駆け寄る。


「みんな」

「フィル、遅せぇよ」

「すみません」


ルークに叱咤され、フィルは苦笑しながら身を屈める。
そして、神託の盾(オラクル)を覗き見るようにすると、耳をすませた。


「どうやら、まだイオン様を探しているようなの」

「…そう…、そりゃあ簡単には諦めないとは思ってたけど」


ティアの言葉に、フィルは小さく息をつく。

タルタロス襲撃までしたのだ。
簡単に諦めるほどの物分りの良い奴らではない。

門の近くには、タルタロスを襲撃したリグレット、アリエッタ、そしてラルゴ、
そしてその場にいなかった仮面を被った少年、少数の神託の盾(オラクル)兵。
ラルゴの姿が見えたときに、ジェイドが「ラルゴを殺り損ねましたか」とぼそりと言うのが聞こえた。

これで、また後にラルゴと戦うことはあるだろう。

面倒だな、と思いながらフィルは再び神託の盾(オラクル)を見る。


「俺があの死霊使い(ネクロマンサー)に後れをとらなければ、アニスを取り逃がすこともなかった。面目ない」


そう苛立たしげに言ったのは、漆黒の大鎌を担いだ黒獅子のラルゴだ。
どうやら、神託の盾(オラクル)はイオンの足取りを追うことが難しくなっているよう。

これなら逃げ切れるかもしれない。

そう一同が思ったその時だった。


「ハーッハッハッハッハッ! だーかーらー言ったのです!」


高く笑いながら、ラルゴたちの背後に実に奇妙な人物が現われ、ルークたちは一斉にそれを見た。

だが、その声にジェイドはげんなりした表情を見せ、フィルは口をぽかんと開ける。


「…大佐……」

「何も言わないでください」


ジェイドとフィルがそんな会話をしているのを知らず男は叫ぶ。
男は、痩せぎすで、肩までの銀髪に眼鏡をかけ、どういう仕組みか分からないが宙に浮く豪華な安楽椅子に腰掛けていた。


「あの性悪ジェイドを倒せるのはこの華麗なる神の使者、神託の盾(オラクル)六神将、薔薇のディスト様だけだと!」

「薔薇じゃなくて死神でしょ」


即効で仮面を被った少年がツッコミをいれるとディストはつばを飛ばして喚き返した。


「この美し〜い私が、どうして薔薇でなく死神なんですかっ!」

「過ぎたことを言っても始まらない。どうするシンク?」


無視して、リグレットは仮面の少年に問いかける。
「……おい」とディストが唸ったが、それも綺麗に流された。


「エンゲーブとセントビナーの兵は撤退させるよ」


シンクと呼ばれた仮面の少年は答えた。
どうやら、作戦の決定権は彼にあるらしい。
ラルゴが「しかし」と声をあげるが、シンクは落ち着いた声で言い返す。


「アンタはまだ怪我が癒えてない。死霊使い(ネクロマンサー)とマルクトの少佐に殺されかけたんだ。暫く大人しくしてたら?
 このまま駐留してマルクト軍を刺激すると、外交問題に発展する。
 ……それに、どうせ奴らはカイツールから国境を越えるしかないんだ」

「おい、無視するな!」

「カイツールでどう待ち受けるか……ね。一度タルタロスに戻って検討しましょう」

リグレットが言うと、ラルゴが兵に向かって命じた。


「伝令だ! 第一師団! 撤退!」

「了解!」


兵たちが一斉に集まり、素早く街道を去っていく。
その後に付いて、ラルゴやリグレットたちもゆっくりと去って行ったが、
ただ一人、浮かぶ椅子に腰掛けたディストだけは残っていた。


「きぃぃぃっ! 私が美と英知に優れているから嫉妬しているんですねーーっ!!」


男にしては微妙に高い声で喚くと、ディストは唇をゆがめて彼もまた椅子に乗ったまま飛び去った。



「あれが六神将……。初めて見た」


ガイが感慨深そうに言うのを聞いて、ルークは首を傾げた。


「六神将って何なんだ」

「神託の盾(オラクル)の幹部六人のことです」

「『黒獅子ラルゴ』に『死神ディスト』、『烈風のシンク』、『妖獣のアリエッタ』、『魔弾のリグレット』……そして『鮮血のアッシュ』」


イオンが優しく答えると、続いてフィルが指を折りながら1人ずつ名前を挙げていく。


あの中にいなかったのは『鮮血のアッシュ』だ。



タルタロスでティアとルークを一瞬のうちに気絶させた男。


「彼らはヴァン直属の部下よ」

「ヴァン師匠の!?」


付け足すようにティアが言うと、ルークが驚いたように声をあげる。


「六神将が動いているなら、戦争を起こそうとしているのはヴァンだわ……」

「六神将は大詠師派です。モースがヴァンに命じているのでしょう」


イオンに反論されると、ティアは心外そうに語気を強めた。


「大詠師閣下がそのようなことをなさるはずがありません。極秘任務のため詳しいことを話すわけにはいきませんが、
 あの方は平和のための任務を私にお任せ下さいました」

「ちょっと待ってくれよ! ヴァン師匠だって、戦争を起こそうなんて考える訳ないって」

「兄ならやりかねないわ」

「なんだと! お前こそモースとかいう奴のスパイじゃねぇのか!?」

「二人とも、落ち着いて下さい!!」


フィルとイオンが2人を落ち着かせようと仲裁に入り、ガイも相槌を打った。


「そうだぜ。モースもヴァン謡将もどうでもいい。今は六神将の目をかい潜って戦争を食い止めるのが一番大事なことだろ」

「……そうね。ごめんなさい」

「……ふん。師匠を悪く言う奴は認めねぇ」


ティアは素直に謝罪をしたが、ルークは納得していないようだった。

しかし、何はともあれ口喧嘩はなんとか仲裁できたようで、イオンとフィルはホッとする。


「終わったみたいですねぇ。それではカイツールへ行きましょうか。アニスが待っているでしょうからね」

「大佐…」

「あんた、ほんと良い性格してるぜ」


飄々と言い放つ年長者に、フィルとガイは思わず溜息をついた。

すると、ルークが軽く舌打をして、地面に転がっていた小石を軽く蹴った。


「いつになったらバチカルに帰れるんだよ。ったく……」


中々バチカルに近づくことが出来ずに、イライラしているのだろう。
それを分かっているガイは、まぁまぁとルークをなだめた。


「ローテルロー橋が落ちちまってるから、バチカルに戻るためにはカイツールの港から船を使うしかないからな。
 待ち合わせがなくても行くことにはなった訳だ。丁度良かったんじゃないか? 手間が省けて」

「まあ、それもそうだな。……それに、カイツールってトコに行けば、ヴァン師匠にも会える訳だし」


さすが使用人で幼馴染。
フィルは、ルークのことを良く知っていると、感慨にふけってしまう。

ただ、元主人であるガイがそうしてるのを見ると、なんだか微妙な気分だ。

さっさと行こうぜ、とルークが街の門を出て歩き始めて間もなく、「あの……」と小さな声が聞こえた。

それに、ルークの後に続こうとしていた面々が、声をあげたイオンの方へと振り返る。


「わがままを言ってすみませんが、少し休ませてもらえませんか」


その場に立ち止まっていたイオンの辛そうなその顔を見て、ルークは眉を顰める。


「……ん? お前、また顔色が悪いな」

「すみません……」

「手間のかかる奴だな」


肩をすくめると、ルークはもう道を戻り始めた。仲間たちに顔を向けて言う。


「おい、街に戻ろうぜ。宿に行こう」

「おや、案外優しいところがあるのですね」

「それがルークのいいところってやつさ。使用人にもお偉いさんにも分け隔てなく横暴だしな」

「う、うるせぇ!」


誉められたのかけなされたのか判然としないのか、ルークはとりあえず怒鳴り返した。

照れている状態に近いルークを見て、ティアとフィルは思わず顔を見合わせて笑いあった。




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