「………………」
ぐるぐると頭の中に過去の光景がまわる。
こんなときは甲板から大声で叫んですっきりしたい。
だが、客人がいる時点で今回は無理。
「はぁ……」
あれから何時間経ったのだろう。
ルーク達は答えを出したのだろうか。
いや、答えは決まっている。
そうでなければ、今後彼らに自由は与えられないのだ。
きっと、協力するというだろう。
そうすれば戦争も終わり、もう自分と同じ気持ちを味わう人はいなくなる。
そう……信じたい。
「よーし!もう気にしない、気にしない気にしなーー―――いいっ!?」
そう叫んで空を見上げれば、魔物の群れがタルタロス上空に集まっていた。
魔物はグリフィン…そして、それはライガをぶらさげていた。
「じょーだんじゃないわっ!」
ライガが何匹か看板に降り立つ、それと共に目標に向かって駆け出してきた。
フィルは、すぐに右手首の銀の腕輪に触れた。
だが、すでにライガは目前。
ライガの牙が襲い掛かったその瞬間、フィルの手には、銀の槍が握られていた。
ザシュ―――!
――ぐるぁあああああああ!!!
ライガが断末魔をあげてその場に崩れる。
そのまま遺体から槍を引き抜くと、フィルは辺りを見渡した。
兵士がと魔物が戦っている。
「一対一で戦おうとするな! 味方と連携を取れ!」
フィルが声をあらげて部下へ指示を出す。
そして、彼女は客室のあるほうを見た。
イオン様は無事?…
ルーク様やティアさんは?
アニスは…多分大丈夫だろう…
甲板を離れるわけにはいかない。
ここにも兵士がいる…。
でも!
「助けないわけには行かないじゃないっ」
そう呟くと、彼女は指先をライガに向けて精神を集中しだした。
水色の魔方陣が浮かび上がり、ライガたちもそれに気付きフィルへと向けて駆け出した。
が、
「遅い! 氷結よ、我が命に答えよ、敵をなぎ払え、フリーズランサー!!」
指先から放出される第四音素は、無数の氷の刃となりライガたちを貫く。
そして、それと同時に複数のライガが事切れていった。
甲板に残るライガは残りわずか。
これなら兵士達でもいけるだろう…
フィルはそう思い、一気に駆け出した。
目指すはルークたちがいる船室。
階段をかけおり、廊下に出るとそこには何やら小さな箱が浮いていて、その下にはジェイドが片膝をついていた。
そして、背中しか見えないが巨体の男がジェイドを向かい合っている。
――あれは、確か………
考えるのが早いか動くのが早いか。
フィルは、手に持っていた銀の槍を一瞬でナイフへと姿を変え、それを宙に浮く箱へ向けて投げつけた。
それに反応する巨体の男。
気付くのが遅かったか小箱はナイフにより破壊され、
次の瞬間にはジェイドが空間より出した槍で男へと攻撃をしかけていた。
男は身をかわすが、ジェイドはすでに次の行動へと動いていた。
「ミュウ! 第五音素を天井に!早く!」
「は、はいですの」
呆然と見ていたミュウが跳ね出して、天井の音素灯めがけて炎を吐く。
過剰な音素を吸収した譜石が眩く輝いた。
「今です!アニス!イオン様を!」
「はいっ!」
目を焼かれて男が怯んだ隙に、イオンの手を引いてアニスが駆け出した。
男の脇をすり抜け、昇降口の方へ向かって。
「落ち合う場所は分かりますね!」
「大丈夫っ!」
すれ違う一瞬、ジェイドとアニスの間に言葉が交わされる。
「行かせるか!」
追おうとした男だったが、次にはティアが眠りの譜歌を歌っていた為か膝をついた。
その刹那、ジェイドは男の懐へ、フィルは背後から踏み込み槍と剣で彼の体を貫いた。
「……さ、刺した……」
眼前で吹き出す鮮血。
ルークは座り込んだまま呆然とそれを見つめていた。
身体が勝手に震える。
そして男は血溜まりの中に倒れ、動かなくなった。
「すみません、大佐。遅くなりました。まさか六神将が来てるとは…」
フィルが剣についた血を振り払ってから、ジェイドへと駆け寄った。
「いえ、甲板のほうはどうでしたか?」
「一応、私の譜術でほとんどのライガは倒しました。残りは兵たちで大丈夫でしょう。あとは艦橋のみです。」
「分かりました。イオン様はアニスに任せて、我々は艦橋を奪還しましょう」
「でも大佐は封印術で譜術を封じられたんじゃ……」
今にでも走り出しそうなジェイドにティアが心配そうに声をかけた。
「ええ。これを完全に解くには数ヶ月以上掛かるでしょう。ですが全く使えないわけではありません。あなたの譜歌とルークの剣術…それにフィルもいることですし、タルタロス奪還も可能です」
「……分かりました。」
ジェイドが苦笑して答えるが、頼られてることが分かりティアは身を引き締め頷いた。
「では、行きましょうか? ルークさ…ま?」
声をかけてみたがまだ壁に背をつけて、男の…六神将―黒獅子ラルゴの倒れた姿を見てルークは硬直していた。
フィルは、ルークの傍まで来て屈むと、肩に優しく手をおいた。
「ルーク様、行きましょう。ここは危険ですから。」
「あ……ああ。」
フィルに初めてまともの声をかけられ、ルークは慌てて立ち上がった。
ルークの不安そうな表情にフィルは顔を曇らせる。
この表情は見覚えがある。
自分が初めて……人が死ぬのを見たときと同じだ。
だが、すぐにルークが先に歩き出したジェイドとティアについていくのを見て、フィルは頭を軽く振り先ほどの自分のナイフを拾い上げると、彼らの後を追っていった。
***
艦橋前の扉までは見張りの兵士達をティアの譜歌で眠らせることで思ったよりも簡単につくことができた。
ジェイドの指示に従い、ルークとフィルは扉前で待機をしていた。
静まり返るその空気が気まずいのか、ルークはふと横で真面目に見張りをしているフィルへ声をかける。
「なぁ、お前さ…名前なんつーんだよ?」
「へ? あ、ああ。そういえば言ってませんでしたね」
急に自己紹介しろと言われ、フィルは苦笑交じりに答えた。
「わたしはマルクト軍第三師団所属、フィル・アイラス少佐であります。」
名乗りと同時にフィルは右手を差出し握手を求めるが、ルークはその手を取らなかった。
「……人を殺したんだよな……?」
「ええ、あの状況では仕方がなかった。まぁ…生きてたらちょっと困るんですけどね。」
ルークが触れたくないのも無理は無い。
自分は人殺しの手をしている。
貴族の…いや、王族のお坊ちゃまの手を汚すわけにはいかない。
「でも、人を殺さずにすむのならそうしたい。たとえばティアさんの譜歌。便利ですよね、歌声もとっても綺麗ですし」
話を変えようとフィルは、寝ている兵士へと視線を向けながら言った。
それに、ルークも少しは興味が出たのか同じく兵士へと視線を向ける。
「ティアさんの譜歌は第七音素ね。」
「またそれだ。第七音素ってなんだよ。」
ルークが少しイラつきながらフィルに問いかけた。
だが、その問いにミュウがフィルの肩から現れ、短い手をあげる。
「七番目の音素ですの。新しく発見された『音』の属性を持つ音素ですの。預言も第七音素ですの。特別ですの」
「だーっ、お前の喋り方、うぜっつーの! しかも、お前なんかに聞いてねぇ!」
もとよりミュウに対して八つ当たり的な態度を取っていたルーク。
ミュウを片手で引っつかんでブンブンとルークは振り回した。
「ご〜め〜ん〜な〜さい〜ですの〜〜!」
振り回されたミュウは本能なのか、まわると同時に炎を吐く。
だが次の瞬間それが眠っている兵士に当たり、ピクリ、とその体がうごめいた。
「!?」
ぎょっとして、ルークは動きを止める。
フィルも慌ててルークに駆け寄り守るようにする…が、兵士が起き出す様子はない。
「お、驚かせやがって……! 一生寝てろ、タコ!」
フィルがほっとするのもつかの間、ルークは気持ちを紛らわせるために蹴りつける。
それが決定打になって、むくりと兵士が起き上がった。
「ルーク様!」
フィルがルークを突き飛ばすと、振り下ろされた剣とフィルの剣が、キィンっと金属音をならしぶつかりあった。
「う、うわっ!? 起きやがった……!」
ルークが驚いたまま声をあげる。
兵士は半ばふらふらと剣を構え、
同じく剣を構えるフィルに向けて叫んだ。
「し…死ねっ!」
「ルーク様、お下がりください!」
すぐ背後にいるルークにそういうと、フィルは敵の剣を受ける。
この騒ぎが仇となり、他に寝ていた敵が少しずつ起き上がってきた。
殺す殺さないの問題じゃない。このままだとルークの命が危ない。
だが、先ほどの甲板での戦いとは違ってルークは人が死ぬ瞬間を見ていて…
その恐怖で剣を握れるはずがない。
譜術を唱えてる時間などないのだ。
フィルは、一度敵との間隔をあけると一気に駆け出し剣を振るう。
それが読めていたのか、敵はそれを避けようと身をかわした。
だが、フィルの剣は次には槍へとかわっており、剣であれば避けれたリーチも槍であれば補える。
後ろへ退こうとしたが、そのまま敵の兵士は槍で胸を貫かれていた。
「次っ!」
なんとか倒して入るものの、数が数じゃない。
1人で出来る範囲なんて決まっている。
だが、気がつけばルークと自分は引き離されていた。
――まずいっ!
ルークを背に守るように戦っていたはずなのに。
フィルは舌打ちをすると、元の場所に戻るため駆け出したが、思うように前に進めない。
「っ……ルーク様!お逃げください!」
声を荒げる。
しかし、ルークには聞こえていない…。
ルークは剣を握り締め、がたがたと震えていた。
敵の兵士がルークの目前に迫る。そして、剣が振り下ろされた。
「うわぁああああ!来るなぁああああ!」
「ルーク様ーーッ!」
ルークとフィルの悲鳴があがる。
しかし、崩れたのはルークではなく敵の兵士だった。
ルークの剣には血がこびりつき、兵士は事切れているようだった。
「何事なの!?」
ちょうどその時、ジェイドとティアが騒ぎに気付き駆けつけてきた。
「さ……刺した……。俺が……殺した……?」
「ルーク?」
ルークは呆然と、事切れた兵士と自分の剣を見つめたまま立っていた。
ジェイドとティアが来たことなど全く気付かない。
ティアの声も届いていないようだ。
「俺が……人を……」
「人を殺すことが怖いなら剣なんて棄てちまいな。この出来損ないが!」
唐突に放たれたその罵声。そして空か来る殺気に、ジェイドとフィルが動いた。
振り下ろされたのは氷の塊。先ほどのフィルが使ったものよりも威力の大きいものだ。
「流石は死霊使い殿と少佐殿。しぶとくていらっしゃる」
「…………っ!」
声と共におりてきたのは赤い髪の少年。
ふと気付くと、ティアとルークは先ほどの攻撃を避けられなかったのか気を失っている。
「大佐、譜術でここは切り抜けて…―大佐?」
「え、あ…」
フィルが声をかけたが、ジェイドはどこか上の空だった。
どうしたのかと問うが、ジェイドは首を横に振る。
「いえ、なんでもありません。それより、今はおとなしくしていたほうがいいでしょう。ルークとティアのためにも。」
ジェイドは、倒れている二人を見て諦めに似た表情でそう指示をした。
フィルも仕方ないかと、手にしていた武器をおろした。
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