憎しみの形

「フィルーーー!」

「アニス、どうしたの?大佐たちとチーグルの森に行ったんじゃ…」


艦橋で大佐たちの帰りを待っていたところに現れたのは息を切らしたアニスだった。

肩で息をして、そのまま両膝に手をついてる状態であるから見て、かなり急いできたようだ。
アニスは、息を整えるといつもの元気さを見せ、えへーと笑った。


「その大佐からの命令でーす、大至急チーグルの森の入り口まで来るようにだって」

「…もしかして、例の連中見つかったの?」


例の連中……
導師イオンを連れてキムラスカへ向かう途中に見たあの第七音素。
大佐であるジェイドは、第七音譜の譜号兵器をキムラスカが作り出したのではないかと憶測していた。

その音素の着地場所がタタル渓谷。
イオンが気になると言っていたためもあり、一度エンゲーブ付近まで戻ってきたのだが…。


「さあ?でも大佐が急ぎって言ってたから早く行った方がいいんじゃないの?」

「それもそうだね。アニス、お疲れ様。」


アニスの言葉に考えるのをやめて、フィルはアニスに労いの言葉をかける。
そして、部下達へと顔を向けると彼女は声をあげた。


「チーグルの森の入り口まで行く。タルタロス、発進せよ!」


兵士たちがいっせいに返事をし、タルタロスが動き出す。
目指すはチーグルの森へ。





**




チーグルの森まで来ると、部下数名を連れてフィルとアニスはタルタロスから降りた。
ふと森の奥へと目を向けると、道から人影が四つほど見えた。


「あ、大佐だぁっ」


見慣れた軍服姿のジェイドが見えて、アニスが駆け出す。
フィルはイオンも一緒であることを視認すると、兵士達に命令を出した。

命令を出された兵士たちは、ぐるっとジェイドとイオン以外の二人を囲い込んだ。
それに対しその囲まれた二人は驚いたように目を見開くとジェイドを睨む。

だが、それを知ってか否かジェイドはアニスに向かって微笑んだ。


「ご苦労様でした、アニス。タルタロスは?」

「ちゃんと森の前に来てますよぅ。大佐が大急ぎでっていったから、特急で頑張っちゃいました。」


語尾に『はぁと』がつくようにアニスがそういうと、フィルが遅れて合流した。


「一体なんだというんですか、大佐。やれと言われたからアニスの言うとおりにしましたけど?」

「ああ、ご苦労様です、フィル。そこの二人が正体不明の第七音素を放出していたようでしてね」

「そこの二人って…――」


ジェイドに文句を言おうとしたが、次の言葉でフィルは驚きジェイドに連れられた二人を改めて見た。
その二人の容姿には見覚えがある。いや、あるとかないとかいう問題じゃない。


「あ、昨日の!って、ええ!?この二人が!?」

「おや、お知り合いでしたか?」

「いや、知り合いというか…ちょっと色々ありまして……」


ジェイドがにこやかに問うが、フィルは視線を外してごにょごにょと言葉を濁した。


「ジェイド、二人に乱暴なことをするのはやめてください。」


その様子を見ていたイオンが制止の声をかけるが、ジェイドは「乱暴なことはしませんよ」と安心させるように言う。
だが、


「二人が暴れなければ……」

笑顔でそう言われ、二人は沈黙するしかない。
「いい子ですねぇ」と微笑んで、ジェイドは口調を改めて兵たちに命じた。

「――連行せよ!」









***






タルタロスの中に連れてこられた少年と少女は、ある部屋に通された。
二人は並んでテーブルにつかされ、その前にはアニス、イオン、ジェイド、そしてその背後にフィルが立っている。


「……第七音素の超振動はキムラスカ・ランバルディア王国王都方面から発生。
 マルクト帝国領土タタル渓谷附近にて収束しました。
 超振動の発生源があなた方なら、不正に国境を越え侵入してきたことになりますね」

「へっ、ねちねちイヤミな奴だな」


少年がジェイドに向かって悪態をつく。
それを聞いたアニスが「へへ〜、イヤミだって。大佐」と笑うと、
フィルが「あはは、今更ですよね、大佐」と言い「傷つきましたねぇ」とジェイドは微笑んで流した。


「ま、それはさておき。ティアが神託の盾騎士団だということは聞きました。」

「大佐、わたしは聞いてないです。」

「では、後から自己紹介してくださいね、フィル。」


不服そうなフィルが横槍を入れられても、その話の流れをほとんど止めずにジェイドは話を続けた。


「ではルーク。あなたのフルネームは?」

「ルーク・フォン・ファブレ。」

「――――!?」


赤髪の少年ルークのフルネームに皆は驚いたようだった。

だが、フィルだけは驚き方が尋常じゃなかった。
目を見開き、かすかに体が震えだす。


「ファブレ……家………」


幼い頃の記憶が蘇る。
火と死体。体を襲うするどい痛み。

自分の家族の最後。


その家族と故郷を奪ったのは、まごうことなきルークの家……。





「フィル、どうしたの?顔色悪いよ」


アニスがそれに気付き、フィルへ声をかけた。
ジェイド達も気付いたようで、フィルへと視線を向ける。


「私情を巻き込むことは許しませんよ、アイラス少佐」

「―――わか…ってます。大佐、話を続けてください…。」


今は気にしている場合じゃない。
あれは戦であり、仕方がなかったこと。
そう昔から己に言い聞かせていたではないか。

そして、今の己はマルクト軍の少佐。

私情を挟み、思いのまま掴みかかればそれはただの恥である。


フィルは深呼吸をすると、話を戻した上司の話へ耳を傾けた。


「我々はマルクト帝国皇帝ピオニー九世陛下の勅命によって、キムラスカ王国へ向かっています」

「まさか、宣戦布告……?」


思いがけない言葉に、ティアが息を呑んだ。


「宣戦布告って……戦争が始まるのか!?」

「逆ですよぅ。ルーク様ぁv戦争を止めるために私たちが動いてるんです」

「アニス。不用意に喋ってはいけませんね」


アニスの不用意な発言にジェイドが穏やかに嗜めると、アニスは「はーい」と返事した。


「戦争を止める?……っていうか、そんなにやばかったのか?キムラスカとマルクトの関係って」

「知らないのはあなただけだと思うわ」


動揺していくルークに、ティアが冷たい言葉を返すとルークは「お前もイヤミだな…」と言いティアを睨む。


「これからあなた方を解放します。軍事機密に関わる場所以外は全て立ち入りを許可しましょう」


何かと考えていたジェイドが解放宣言をすると、ティアとルークが睨みあいをやめた。


「まず私たちを知って下さい。その上で信じられると思えたら力を貸して欲しいのです。
 戦争を起こさせないために」


ジェイドの真剣な態度にもルークはふてくされた態度を取る。


「協力して欲しいんなら、詳しい話をしてくれればいいだろ」

「説明してなお、ご協力いただけない場合、あなた方を軟禁しなければなりません」

「何……!」

「ことは国家機密です。ですからその前に決心を促しているのですよ」


ジェイドの声音は優しいものだが、すべてを強制しているようだ。
ルークは、ますます眉間に皺を寄せ気に入らないと聞こえないような声で呟く。


「どうか宜しくお願いします」


それだけ穏やかにいうとジェイドは船室を出て行く。
同時に、フィルも会釈をするとそのままジェイドの後を追っていった。


目的地は艦橋。
指揮を執るために戻ろうとするが、ジェイドは途中でぴたりと足を止めた。



「フィル。」

「はい。」


いつもの朗らかな声でもなく、嗜めるものでもない。

フィルは事務的な返事を返して、上司の背中を見た。


「あそこで殴りかかったりしたら、貴方はマルクト軍の恥になってましたよ。」

「……申し訳ありません。」


フィルはぐっと拳を握り締め、素直に謝罪の言葉を発した。


「いくら、あのファブレ家の子息とはいえ……あの方に罪はない。」


フィルはそのまま視線をさげていきぽつりと呟いた。
そうだ、例え仕方がない戦いだったとしても、もし憎むとするならばルークは関係ない。

自分に改めて言い聞かせフィルはゆっくりと息を吸い込むと、俯きかけた顔をあげた。
ジェイドはすでに振り返っていてこちらの出方を伺っている。

フィルは、苦笑して口を開いた。


「大佐、ちょっと頭冷やしてきます。艦橋の方、お願いしても良いですか?」

「ええ、構いませんよ。なるべく早く切り変えてくださいね。」

「はっ」


上司の笑みにフィルは嬉しそうに笑って敬礼を返した。
_3/43
しおりを挟む
PREV TOA TOP NEXT
: TOP :
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -