ナタリア達が宿に行くのを見送った。
きっと彼女たちは、キムラスカの将校であるセシルが捕虜となった理由を知るだろう。
あの崩落の混乱のさなかに、敵も味方も無かった。
救えるものは救いたかった。
その結果が敵国に囚われるという形となってしまったのは致し方ない。
一部の兵は捕虜に対して、先ほどのように無下に扱う者もいる。
それでも、フリングスはセシル達に礼を持って接していた。
マルクトの兵として、恥じない立派な行為だと思う。
フィルもそんな彼が好きだった。
そして、彼が皆から尊敬される一つの理由でもある。
セシルがフリングスを気にするようになるのは仕方がないとフィルも感じていた。
仕方がないんだって分かってる。
今までもそうだったじゃない。
今までだって、そうして彼に恋した女の人を見てきたじゃないか。
そう自分に言い聞かせてきたが、やっぱり胸の中のもやもやは消えない。
アニスに気取られるくらいだ。
どうしても、負けたくないって思ってしまう。
どうしても、取られたくないって思ってしまう。
フィルは己の醜い気持ちを押さえつけるように胸に手を置きながら、宿へ視線を向ける。
「フィル?」
後ろから声をかけられてフィルは驚いた。
慌てて振り返ると、そこには今し方想い募らせている彼の姿があった。
「フリングス将軍……!」
「ちょうど良かった。カーティス大佐達には会えたかい?」
「え、ええ。先ほどルーク達と……。セシル将軍と会いたいということでしたので、あの宿にいらっしゃることをお伝えしました」
柔らかい声とその笑みに益々胸が痛む。
普段ならば、こうして二人で会える時は飛び跳ねるぐらいに嬉しいというのに。
フィルの顔と声が引きつっているのに、フリングスは首を傾げた。
そして、彼女の顔を覗き込みそっとその頬に触れたのに、反射的にフィルは顔を上げる。
すると、そこには此方を心配している彼の青い瞳があった。
「具合が悪そうだ。ひどい顔をしてる……」
「き、気のせいですよ! ほら、瘴気でお日様の光が当たらないからそう見えるだけで、わたしは元気ですっ!」
無理に笑みを作ってフィルはそう答えた。
フリングスに心配かけたくないと笑って、フィルは後ろで両手を組んだ。
「それで、将軍はどうされたんですか?」
「ん? ああ……。ちょっとカーティス大佐に伝言を……。もし、カイツールに向かうようなら、改めてキムラスカに一時休戦の申し入れをしようと思ってね」
「っ! 本当ですか!?」
この戦いの間、ずっと休戦の申し出を本国にお願いしていたのが今漸く叶いそうで、フィルは思わず身を乗り出す。
だが、フリングスの顔はあまり晴れず、むしろ申し訳なさげに眉を下げていた。
「本来ならばもっと早く動くべきだった。ノルドハイム将軍がグランコクマに戻ってすぐに崩落が始まったから、今では私がここの総大将になったのは知ってるだろう?」
「……、はい」
「もう少し早ければ、崩落前に休戦に出来たかもしれないのに……、本当にすまなかった。私の力不足だ」
フリングスが頭を下げるのに、フィルは目を見張った。
「将軍は悪くありません! 私の話を、聞いてくださっただけで十分です。結果、このようになってしまいましたが、私は貴方に感謝しておりますから」
少佐という立場で、休戦を申し出れるような階級でもないというのに、彼は真摯に向き合ってくれた。
フィルは焦りから両手を振って、フリングスに頭を上げるよう促して、宿を指さした。
「休戦の申し出なら、ルーク達もきっと喜んで力を貸してくれると思いますよ。行きましょう」
彼女の促しにフリングスは顔を上げて静かに微笑んだ。
先ほどまでの張り詰めていたフィルの表情が緩んでいるのに安堵する。
そして、宿へと向かおうとしたその時だった。
ちょうどルーク達が宿から出てくるのが見えたのだ。
彼らも此方の姿見えたようで、そのまま去らずに此方に向かってくる。
フリングスは当初の目的通り、ルーク達に向き直ると行き先を問いかけ、その目的を伝えた。
それにナタリアとルークが喜ぶように目を輝かせる。
「休戦するのか!」
「それやよい考えですわ」
先ほどのフィルと同じような顔をする二人に、フリングスは思わず笑ってしまった。
「ええ。それで、もしもそれが受け入れられるのであれば、カイツールにて捕虜交換をと考えています」
「セシル将軍を解放してくれるんですか?」
フリングスの言葉に続いて驚いたのはガイの方だった。
この戦の中で、将軍クラスの捕虜は戦後交渉としては有利に動く可能性がある。
だからこそ意外に感じて、ガイはフリングスへ丸くした目を向けると、彼は小さく頷いた。
「無論です」
「……、あまり賛成しませんが……」
フリングスの答えに、大佐であるジェイドが難色を示す。
すると、フリングスは苦笑をこぼしたままに己の考えを口にした。
「大佐ならそう仰ると思いました。ですが、あの方は人質には不向きです」
ジェイドはそう言うフリングスをその赤い瞳で彼を品定めするように見る。
暫しの間に、フィルはハラハラした面持ちで二人を見ていたが、ジェイドは肩を竦めて引く逃げに笑った。
「甘いですねぇ」
「いいじゃないですか。敵の将軍を飼っとくほど物資がないってことですよぅ」
アニスの助言にジェイドが目を瞬く。
突然のフォローにフリングスも驚くが、すぐに微笑ましげに笑った。
「聡明なお嬢さんですね。それでは、よろしくお願いします」
そう告げるとフリングスは去って行った。
それを見送ってから、フィルは改めて仲間達に向き合う。
「ごめんね、わたしもついて行きたいんだけど……」
「いいよいいよ、こっちにはジェイドもいるしフィルだってマルクト軍の人たちが心配なんだろ?」
ルークの気遣いは嬉しい。
だが、フィルの胸中はそれだけではないだけに、うまく頷けずにいるとアニスがルークを肘でつつく。
「違うよルーク。フィルはね、だ〜い好きなフリングス将軍と居たいからなの!」
「アニス……、流石にそれは失礼よ。フィルだって軍人なんだから、公私はわきまえているはずよ」
「えー! だって、あのセシル将軍。絶対にフリングス将軍のこと好きだって感じだったじゃん! ここを離れたら捕虜交換までの時間に何かアクションがあってもおかしくないよ。私だって、フィルの好きな人だって知らなかったら狙ってたもん。聡明だって言われたしぃ〜!」
ティアが窘めても、アニスのテンションは変わらない。
むしろ、フィルが今の今まで一人悩んでいた私事を突きつけられて、フィルの顔が更に引きつっていく。
「まぁっ、セシル将軍がフリングス将軍を……!?」
「敵国同士となったら難しいけど、休戦ならばまだワンチャンあるかもしれないし……。強敵現るって感じだよね!」
きゃっきゃっ楽しむ女性陣に、男性陣が焦るように顔が引きつったままのフィルへ視線を向ける。
「あ、あのさ、フィル……」
「確かにセシル将軍がお相手であれば、キムラスカの将校ということを覗くと良い相手でしょうね。家柄も、階級も釣り合う」
「おっさんは黙ってろって!」
己なりの正論をジェイドが口にしたことで、ガイが更に焦りフィルへ向き直った。
「と、とにかく、ほら、フリングス将軍の気持ち次第だしさ!」
「……、私は何も気にしてないよ? ガイ。それに、ティアには悪いけど……アニスや大佐の言ってることもあながち間違いじゃないから……」
軍人として公私を分けなければならない。
フィルももちろんそれは分かってるつもりだった。
ただどうしても気持ちの整理がつかない。
この場を離れたくないという、己の気持ちはきっと公よりも私よりなのだろう。
「まぁ、この場のことは気になりますからね。セシル将軍の想いがどうであれ、我々の思惑とは違う方向に動くかもしれない。見張りは必要です。そのためにも、アイラス少佐には残っててもらいましょうか」
フィルが居たたまれない気持ちでいる中で、上司であるジェイドから思いがけない命令が下ったことで、彼女は大きく目を開いた。
それに気付いてジェイドはフッと意味深に笑う。
「後日、もちろん報告は頂きますよ? フィル」
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