嫉妬
心の中のもやを隠しながら、フィルはセシルを宿へと案内した。
室内に入るとまだ瘴気は薄くなる気がする。

二人を部屋の中にいれてから、フィルは改めて頭を下げた。

「セシル将軍、ハミルトン上等兵、先ほどの部下の非礼…お詫びいたします」

「いや…、構わない。フリングス将軍からも謝罪は頂いた」

「そうであっても、部下の非礼は上官の不徳。同じ師団でなかったとしても、お詫びはするべきでしょう?」

「そうだとしても、貴女が悪いわけではないだろう? アイラス少佐」

セシル将軍がフィルの名を呼ぶと、彼女はゆっくりと頭を上げた。
改めて敵国の将の顔を見ると、その顔はこの戦時中であるというのに美しく、気高さがああった。

そして一時の過ちを永遠と責めることさえしない器量の持ち主。

これが女だてらに少将まで上り詰めた質なのだろうか?

フィルは静かに視線を伏せて背を向けた。

「新しく食事をご用意します。少しだけお待ちください」

「あ、ああ。あ、その、アイラス少佐!」

ふと呼び止められ、フィルは振り返る。
すると、セシルは言葉をよどむように何度も唇を動かしては迷いを見せていた。

そして意を決して彼女は口を開く。

「フリングス少将は…、その…良い、人、だな…」

「……、ええ…。そうですね…。強く、優しく、公平に物事を見て判断してくれる、最高の上司です」

セシルの赤く染まるその頬にフィルは微笑みを返して答えた。
胸の中のもやがさらに酷くなるのを必死に抑える。

「そうか…」

「ええ、お話がそれだけですか? それでは、一旦失礼します」

フィルはそう言って再び足を動かし、宿を出た。




瘴気が渦巻く村内をゆっくりと歩く。

セシルの表情は見覚えがある。
いや、あの感情は自分も同じモノを抱いているではないか。

くすぐったくも胸が締め付けられる想い。

ああ、彼女は…将軍に恋をしたのか…


「……っ……!」


今までもあったではないか。
貴族の女性がフリングスに言い寄る姿を何度も何度も見てきただろう。

なのに、どうしてここまで胸が騒ぐのか。

それは、彼女が彼と同じ『少将』だから、だろうか?

胸に手を置いて、ぎゅっと握りしめる。


ずっと、将軍を見てきたのは自分だ。
ずっと、将軍を見て、追いかけてきたのは自分だ。
ずっと、恋い焦がれて、その想いを伝えたくて


それでも口にすることが出来ない。

今の関係がいつか壊れてしまうのではないかと思って。


『もう、そんなんじゃいつか他の人に取られちゃうよ!』


ふとツーテールの少女の声が脳裏に響く。


「(アニスの…言う通りだね…)」


いつか、いつかと。
ずっと心に蓋をして、育ててきた想いはもう止められないところまで来ているのかもしれない。

フィルは瘴気で見えない夜空をただ見上げ、村の中をそっと歩いていった。
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