大陸が揺れ、地は割れ、ついに大地はゆっくりと魔界の泥へと根を下ろした。
こうして沈まず、大きな被害はないまま降下したのも、きっと仲間達のおかげだろう。
ただ、空気中を漂う瘴気は生き残った兵たちの不安を煽っていた。
大地が割れた事でキムラスカ軍とマルクト軍は分断された。
強制的な休戦状態に陥るが、この混乱の中での休戦は否応なしに捕虜となった者も多い。
そう、例えばキムラスカ軍のセシル将軍。
フィルが助けた彼女とハミルトン上等兵は、マルクト軍が拠点としたエンゲーブに連れてこられていた。
あれから数日。
マルクト軍も上層部と連絡が取れていない。
せめてアルビオールがあれば良かったが、フィル自身も仲間達と再会出来ていない。
「……これから世界はどうなるんだろうね…?」
エンゲーブの牧場に残っていたブウサギに向けてフィルはぽつりと問いかける。
瘴気漂うこの大陸で、自分たちはどうすればいいのか分からないことばかりだった。
水は…地下水がまだ生きている。
食料は村人が置いていったものを拝借するしかない。
だが、それもいつまで持つのか…
「はぁ……」
今はため息しか出ない。
だが、ここで腐っていても仕方がないとフィルはゆっくりと歩きだした。
すると突如騒ぎ声が聞こえてくる。
しばらくは静かだった村の中に聞こえた喧噪に、フィルは走り出した。
民家の角を曲がって見つけたのはキムラスカの上等兵、ハミルトンを殴るマルクト兵の姿。
それを止めに入ったセシルが、鬼の形相でマルクト兵を睨みつけていた。
「ダアト条約を忘れたか! 捕虜の扱いもまともにできない屑共め!」
「うるさい! キムラスカ軍の奴らは黙って地面に落ちた残飯でも食ってりゃいいんだよ!」
「貴様…っ!」
マルクト兵の言い方に堪忍袋の尾が切れたのか、セシルが腕を振るいあげた。
その瞬間、どこにいたのかフリングスが駆け寄りセシルの手を押さえこむ。
「は、放せ!」
突如フリングスに腕を掴まれて、セシルは動揺し視線を彼へと向けた。
「そうはいきません。彼は私の部下です」
「マルクト軍は最低限の礼儀すら知らないのか! その兵は、我々の食べ物を床に投げ捨て、這いつくばって食べろと言ったのだぞ!」
「それでも、彼は私の部下です。――ディラック! その者をハイデスの営倉へ連れていけ!」
セシルとフリングスのやり取りをはらはらと見守っていた部下のディラックは、名を呼ばれると慌てて暴れていたマルクト兵を取り押さえる。
だが、兵は青ざめ焦るように弁解しようと口を開いた。
「フリングス将軍、自分は何も…!」
「私が何も聞いていなかったと思うか? 敵の将軍に対し、残飯を食えと言い捨てるのは、我がマルクト軍の品位を落とす行為だ。おまえの言い分は、後ほど取り調べで聞いてやる。連れていけ!」
普段穏やかなフリングスの叱責は兵の口をも塞いだ。
ディラックに連れられて歩き去る兵の後ろ姿にフィルは視線を向けていると、再びフリングスの声が聞こえた。
「セシル将軍、私の部下が失礼しました。部下の失態は私の責任です。どうかお許しいただきたい」
真っ直ぐに見つめる蒼い瞳。
それに吸い込まれるように見つめ返すセシルの視線の先。
そして徐々に頬が赤くなっていくセシルの様子に、フリングスは不思議そうに首を傾げる。
だが手を持ったままであることにすぐに気付くと、フリングスは慌てて手を離した。
「……も、もう結構だ…」
顔を俯かせてぽつり呟くセシル。
その言葉に安堵したのかフリングスは笑みを向けると、フィルの方へと顔を向けた。
「アイラス少佐、セシル将軍とハミルトン上等兵を宿へ連れていってくれるか?」
「え、……は、はい!」
突如名を呼ばれてフィルは返事をする。
そして、セシル将軍の傍に駆け寄ると、その背に触れて宿へと促した。
その時、ちらりと見えた彼女の横顔は赤く染まり、先ほどまで彼と繋がっていた手を大事に反対の手で握りしめていた。
「(なんだろ……、もやもやする……)」
フィルの心の奥で何かが引っかかり始めた。
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