始まった崩落
あれから数日。
少しずつ揺れも酷くなっていく。

戦場の地がひび割れ始めているのだ。

兵の中でも徐々に不安も広がっていく。


「……返事…、来ませんね…」

「届いているはずなんだけどね。やはり難しいか…」


キムラスカが引かない以上、マルクトは引くことが出来ない。
これが一番厄介なところだった。

キムラスカ側の動きが変わることが無い現状で、マルクト軍も動くに動けない。

そしてそれから、仲間達との連絡も途絶えてしまった。

フィルの中に焦りだけが募る。

そんな中だった。


戦場に出て兵たちに指示を出していた矢先の事。

大きな揺れがルグニカ平野を襲う。


立っているのも難しいくらいの揺れ。


兵たちは戸惑った。

我先にと逃げ出す者。
恐怖で腰を抜かす者。

出来るだけ安心させるようフィルは声を上げた。


「落ち着きなさい! 皆、出来るだけ地面に伏せながら、ひび割れた部分から離れなさい!」


無理なことを言ってるのは分かってる。
だが、この揺れは間違いなく…




崩落だ。




自分の身体にもあの時の恐怖が絡まりつつある。


アクゼリュス、そしてセントビナー。

何回も普通体験するようなことではないのにと、フィルは自嘲気味に笑った。



崩落はもう免れない。


地面はひび割れ、そして大きな亀裂が走り割れる。



「うわぁああああああッ!」


兵士の叫び声が聞こえた。
大きな亀裂は底なしの崖と化し、一人…また一人と落ちていく。


意識するよりも駆け寄り、一人でも救うべく手を伸ばした。

だが、それも既に遅い。


キムラスカ、マルクト。

国など関係なく、人が崩落に巻き込まれて死んでいく。



「……間に合わなかった…の……?」


崩落が始まる前に、戦争を止めて、皆を避難させる。

何のために兵になったのか?
なぜ自分はここに残ったのか?
自分は……、無力だ……


崩落で出来た崖を見ながら、フィルはその場に座り込んだ。


フィルは、ホドの二の舞を作りたくなくて、軍に入った。
養父や養祖父のように誰かを救いたくて、兵になった。

それが今やどうか。

何も出来ない己の不甲斐無さに苛立ちさえ湧いてくる。

何も考えられなくなっていく頭ではあったが、再び悲鳴が聞こえた。

頭を上げると亀裂に引っかかり、助けを求める兵の姿。
そして、それを助けようと必死に腕を伸ばすひとりの女性。


「あれは……」


先日会ったキムラスカの将軍、セシルだ。





彼女がナタリアの願いを聞いて、否応なしに軍を引いてくれれば…
もしかしたら停戦して、こんな被害にならなかったのかもしれない…

いや、そもそもの原因はキムラスカが原因じゃないのか?

キムラスカさえ……、侵略してこなければ……



どす黒い感情が自分を支配していくのが分かる。

だが……



次の瞬間には身体が動いていた。
セシルとは反対の腕を伸ばして、キムラスカ兵の腕をしっかりとつかむ。


「貴公は……!」

「手を…離さないで…! 一気に引き上げます!」


何か言いたげなセシルの言葉を遮り、フィルは声を上げた。
合図を掛け合い、一気にキムラスカ兵の身体を引き上げる。

漸く地面に身体を預けられた兵は、涙で顔が濡れていた。

整わない息遣いで、ずっとセシルへ感謝の言葉をあげている。
だが、その時間を与えていることは出来なかった。


「急いで、ここもすぐに崩れます!」


亀裂はまだ続いている。
まだ腰がしっかり立たないキムラスカ兵へ肩を貸し、フィルは立ち上がらせた。

それを見ていたセシルも反対側を支える。


向かう先はマルクト軍の野営地。


今は…、何も考えない。

救える命は…救う!




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