「………が、……護衛…―――」
話声が聞こえる…。
でも、まだ眠い……。
「キムラスカ………、……を…―――」
あれ…?
そういえば、わたし…どうして眠ってるんだっけ…?
早く、…戦争を止めないと…
「あの状態では、ナタリア様達にも剣を向けなければ…――」
「……っ!!」
漸く目が覚めて、フィルは音を立てて身体を起こした。
どうして眠っていたのだろう。
将軍が書簡を書き終えるまで座って待機しているはずだったのに。
混乱する頭を押さえながら、フィルは慌ててテントの入り口の方へと視線を向けると驚いたように此方を見ているフリングスと兵と目が在った。
「すまない、起こしてしまったか?」
申し訳なさそうに眉を下げるフリングスに、フィルは頭を横に振った。
「いえ、むしろ寝てしまって申し訳ございません。何が…あったのですか?」
ナタリアの名前も聞こえた。
キムラスカという単語も聞こえた。
頭はもう寝ぼけていない。
フィルは慌ててテントの入り口まで駆け寄ると、兵にもう一度話を問うた。
「ケセドニア周辺までナタリア殿下が来られてるのです」
「あの辺りの兵にはナタリア殿下方には剣を向けないように伝えているのだが…、どうやら彼女にキムラスカ兵の護衛もついてるようなんだ」
「それじゃあうちの兵を刺激するだけじゃないですか!」
なぜそんなことになっているのかとつい頭を抱えたくなる。
フィルはマントを脱ぎ捨てると、フリングスに向き直った。
「今からわたしが行って話をしてきます!」
「……、いや、私も行こう。元々命令を出していたのは私だからね」
フリングスはそう言うと、テント奥に立てかけてあった剣を持ってきた。
二人は頷き合い、そしてテントを出る。
軍用地になっている場所はケセドニアまではそこまで距離は開いていない。
二人はナタリア達を見かけたという場所まで走り続けた。
漸く野営地が見えてくると夜の光に照らされた金の髪が見えてくる。
此方の気配を感じ取ったのか、彼女たちは武器を構えていた。
「ナタリア!」
「まぁ、フィル!」
フィルの声に気付いて、仲間達が警戒を解いてくれた。
だが、それと同時にもう一つの気配を感じる。
フリングスがそれに気付き、フィルの前に腕を突き出し止めた。
フィルは驚き足を止めるが、フリングスはナタリア達の向こう側を睨み続ける。
「キムラスカ軍……!」
「マルクト軍か!」
ナタリア達の向こう側から聞こえてきたのは、まだ若い女性の声。
だが見えた姿は立派な軍人で、あちらも武器を構え此方を警戒していた。
「二人ともやめるんだ!」
「セシル将軍。剣を収めなさい。この方は私たちに害をなす方ではありません」
「しかし…!」
ガイが止めて、ナタリアがキムラスカ軍の将校の前に出た。
だがなかなか納得できることでもなく、セシルはフリングスとナタリアを交互に見たまま動かない。
だが、当のフリングスはセシルの名を聞いて思い当たることがあった。
「…セシル将軍…? あなたがキムラスカ軍の……」
女性でありながら少将の階級を持つキムラスカの将軍。
そして今回の戦でも、司令官に近い位置にいる者。
名を呼ばれ、セシルは眉を寄せるとフリングスに更に殺気を込めた視線を向けた。
「貴公は何者だ」
「……アスラン・フリングス少将だ」
「フリングス将軍か!」
キムラスカ軍の中でも噂には聞いているのだろう。
更なる緊迫とした中で、フィルはフリングスを守るように前に出ては腕輪を剣へと変える。
そして視線を仲間達に向けると、厳しく瞳を細めた。
「ナタリア、どういうこと? ここはケセドニア周辺でマルクトの勢力圏。貴女の護衛というのは分かるけど、これじゃあマルクト軍を刺激するだけよ」
「その物言い、誰に口を利いている!?」
キムラスカの王女に対して一介の将、しかも敵国の兵が利いて良い口調ではない。
セシルの激高に、ナタリアは慌てて二人の間に入ると、胸に手を当てて申し訳なさげに眉を下げた。
「落ち着いてください、セシル将軍。フィルは…、フィル・アイラス少佐は私の友人です」
「ゆ、友人…?」
「フィル、貴女の気持ちも分かります。ですが、セシル将軍の意も汲んでくださいませんか?」
願い出るその申し出に、無意識に剣を握る力が強くなる。
自分もきっと主が同じようなことをしでかしたら、セシルと同じ行動を取る可能性があった。
「ケセドニア周辺の我が軍に関しては事情は伝えてある。ただ…ナタリア殿下たちならお通しするが、キムラスカ軍がついているなら攻撃せざるを得ない。なので護衛を外してほしいのです」
フリングスが警戒をしつつもマルクト軍側の混乱を口にした。
命令に従いたいが、敵軍が当勢力を突っ切るのを許すなど、出来るはずもない。
「お願い、ナタリア。マルクト軍に、貴方達を攻撃なんてさせたくない」
「……フィル…」
「そのようなこと、信用できるか」
敵国の将の意見を信じることなどできない。
セシルのいう事も最もだった。
なんとか被害を減らし、停戦に持ち込みたい気持ちは互いに同じのはずなのにとフィルは悔しさから唇をかみしめる。
すると、しばし考えていたナタリアがゆっくりと顔を上げた。
「セシル将軍。フリングス将軍、そしてフィルは信頼のおける方です」
「ですが…」
「もう決めたのです」
王女の言葉に、セシルは唖然とする。
許していいのだろうか、もしかしたら敵の思惑に殿下は嵌っているだけなのではないかと…
悩むセシルに、フリングスは剣を収めて真っ直ぐに顔を向けた。
「もしものときは、私自ら命を絶つ」
「将軍!?」
まさかの提案にフィルは驚き、思わず振り返った。
だが、フリングスの表情は揺るぐことはなく、ただ敵国の将校を見据えていた。
「セシル。私に命令させないでください…」
ナタリアが優しくも懇願するようにセシルに言うと、彼女は諦めたかのように剣を収めた。
そしてフリングスへと視線を向けると、大きく息を吐く。
「……貴公如き命で、ナタリア様の高貴なるお命の代わりになどならぬが…、ここはナタリア様のために私が引き下がろう」
「申し訳ない」
漸く条件を飲んでくれたセシルに、フリングスは眉を下げて謝罪する。
主を心配するのは、臣下にとって当然の事。
それを此方へ託してくれたセシルへの感謝の言葉だった。
「では、二人とも両陣地に戻ってください」
ナタリアの言葉で、両将軍が同時に背を向けるが、フィルは暫くセシルへと視線を向けたままだった。
それを見かねてガイが苦笑を浮かべる。
「悪いな、フィル」
「……ううん、ガイもお疲れ様。アニスも…イオン様も…」
「ほーんと、結構大変なんだよ? 両軍に襲われちゃったりすることもあるし」
「ふふ、でもアニスならうちの兵にもキムラスカの兵にも負けないでしょ?」
「うっわー、それってアニスちゃんを評価しちゃってるってこと?」
「そりゃあもちろん。しっかりイオン様の護衛してね?」
久しぶりの仲間達との会話に自然と笑みがこぼれる。
停戦をさせるために、この危険な戦場をみんなが走り続けていた。
そのほんのひと時ではあるが、心安らぐ場所は必要だろう。
「さっきフリングス将軍から、マルクト軍の指揮官であるノルドハイム将軍に停戦を呼びかける伝令を送ってもらったわ。受けてくれるかはまだ分からないけど…」
「こちらもアルマンダイン伯爵へ停戦を求めに参ります。あと少し…、お互いに頑張りましょう、フィル」
お互いに状況を伝え笑顔を交わしあう。
会っていないルークたちの方も気になるが、きっと大丈夫だろう。
仲間達との会話を少しだけ楽しみ、フィルは元いたテントへと戻って行った。
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