出会い
「…はぁ…、…かわいいなぁ…」


柵に頬杖をつきながら彼女はニマニマとブウサギを見つめていた。

数匹のブウサギはその視線を気にもせず餌をほおばっているが、村の人々はそれを畏怖の表情で見ていることは彼女は知らない。

ブウサギを見つめるその大きめの青の瞳は今や目じりが下がっていて、ブウサギが首を傾げるたびに彼女もほわわーんと首をかしげてみせると高いところで結った一房の髪が左右に揺れる。

そんな彼女が身に着けている衣服は、マルクト軍の制服。
紛れも無い軍人が締まりない顔でブウサギを見つめる姿は、恐怖以外の何物でもない。


「うふふふ、持ってかえりたいなぁ………、食べちゃいたいくらいかわいい………」


元々食用のブウサギ。
その表現はあらかた間違ってはいないが、奇妙な笑い声を発しながら言っていてはさらなる恐怖を生むだけだ。

そんな異様な光景を生んでいた彼女の名は、マルクト軍第三師団所属フィル・アイラス少佐。
彼女は大のブウサギ好きである。


――【フィルは『ブウサギ愛好家』の称号を手に入れました】――


「うちにももう一匹欲しいくらい。ああ、なごむぅ〜…」


うへへへへと、奇怪な声を発して柵にもたれるようにだらけた瞬間、町の奥から何やら騒ぎの声が聞こえてきた。

せっかく悦に入っていたのに…と口の中でぶつぶつ呟くと、
彼女は柵から離れて騒ぎの中心へと駆けていく。

フィルが背後にブウサギたちの視線を感じながら、半分なごりおしそうだったことはそれを見ていた村人たちのみが知っていた。









***






騒ぎの原因は盗みだった。
フィルは同年齢の女性よりも低い視界を一生懸命爪先で立ち上がる事で必死に上げる。
だが、まわりは体格のいい男性ばかり。
仕方なく諦め、フィルは一歩ばかり下がった。そして、口を開く。

「どうしました?」

一言。たった一言なのに、その威圧ある声は周囲の人々の視線は自分に向ける。
同時に野次馬をしていた男たちがフィルへと体を向けた。

そしてフィルの服装を見て軍人だと分かると、慌てて中心部へと道を明け渡す。

開けられた道をしっかりとした足取りで進んでいけば、その中心部では長い赤い髪の少年と栗色の髪の少女と、そして店員らしき男が立っていた。
もちろん視線はフィルに向けられたままで、赤い髪の少年はどこか不機嫌そうだ。


「何があったんです?」
「き…聞いてくれよ、このガキ…勝手に金も払わずにりんご食いやがったんだ!」
「だから、なんでこの俺が金を払わなきゃいけねぇんだっつーのっ」
「こんのガキ! まだそんなこと言って―!」


フィルが状況把握のために店員に聞くが、赤髪の少年が食いつくと店員はまたそちらへと言葉を向けてしまう。

この現状に深く溜息をつくと、フィルは赤髪の少年へと体を向けた。
自分より少し高い身長、ところどころ跳ねてはいるが流れる赤い髪はきちんと手入れをされているのか艶がありまるで燃えているよう。
またその身を包む衣服も、これまた上等な布。

少年の姿を上から下まで眺めてから改めて彼を見上げて、真面目な表情で問う。


「少々…うかがっても?」

「な、なんだよ…」

「貴方はお金の使い方…いえ、買い物自体したことがありますか?」

「は?そんな買い物なんて、使用人がするもんだろ?」


フィルの質問に彼は当然の如く答えた。
その背後で栗色の髪の少女が、呆れたように深い溜息をついているのが視界の端に見える。

気持ちは分かるが、フィルは「そうですか」と言うと再度店員のほうへ体を向けた。


「では、私が支払います。」

「え、そ、そんな軍人さんにもらうわけにゃあ…―」

「おい、あんたがそこまでしなくてもいいだろう」


フィルの一言で、まわりの村人たちが一斉に声を上げ始める。
フィルとしては、さっさとこの騒動を終わらせて早くブウサギ観賞へ戻りたいのだ。


「彼は買い物をしたことがないといった。それなら、『買い物のシステム』を知らないのも通りでしょう?それに彼の衣服から見て推測するに、位の高い方。もしくは裕福な出自の方では?そういう方々がご自身で買い物に行かれる事は多くはありません。
それに…、知らないなら今から知ればいい。 すべての人間が絶対に知っているこのなどこの世にないのですから…。だから、今回は私に免じて許してくださいませんか?」


つらつらと言葉を並べて、フィルは村人へといった。
なんだか納得のいくようないかないような……、そんな表情で彼らは顔を見合わせあった。

そして、1人…また1人としぶしぶその場から元の場所へと戻っていく。
それを見て、ほっとしたのかフィルは背後の二人へと向くと、にこりと微笑んだ。


「あ、あの有難うございます。」


先に口を開いたのは栗色の髪の少女。
どうやら、よほど先ほどのことで困っていたようだ。


「いえいえ、私がしたいことをしたまでですから」


フィルが軽く手を横に振って笑みを浮かべた。
だが、少年はどこか不服そうにぷいっと顔を背ける。。


「べっつに、お前に払ってもらわなくても屋敷につけば親父が払ってくれるんだ。」

「ルーク!」


赤髪の少年の言葉に、栗色の髪の少女が怒鳴りつけた。
だが、ルークと呼ばれた彼は「うぜー」と言うと再び歩き出す。


「ちょ、ルーク待ちなさい!」


ルークを一人にしてはならないと、少女が少年を追いかける。
フィルの横を通り際に、少女が「ごめんなさい」と謝罪してそのまま歩き去っていった。



「うーん、なんだか貴族のお子ちゃま達を連想させるようなお坊ちゃまだわ……」


自分の上司ならば面白いタイプの人間だと言うのだろう。
だが、買い物のシステムも知らないということはどんな箱入りだ、
と突っ込みフィルも肩の力を抜くとブウサギ観賞へと戻っていった。



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