手を引かれて野営地まで来ると、もう寝静まっているのか、見張りの兵しかいなかった。
フリングスの姿を見て彼らは敬礼を返すが、黒いマントをかけたフィルの姿に驚いて目を見開く。
顔を知る兵もおり、フィルは苦笑を浮かべながら会釈を返した。
なぜ自分がここにいるのか?
なぜ姿を隠すかのようにマントを身につけているのか?
気になるものも多いだろう。
人が少ない夜で良かったと彼女は軽く息を吐いた。
テントの中に入るとフリングスはフィルに座るよう促す。
それにフィルは頭を横に振り、丁寧に断った。
まだ、休むわけにはいかない。
ルークも大佐も…、ナタリアもガイも…、みんな戦争を止めるために頑張っているのだから。
頑なな彼女にフリングスは苦笑をこぼしながらも、簡素なテーブルに絵図を軽く撫でた。
「アイラス少佐、今の状況を説明しよう」
わざとファミリーネームで名を呼び、彼は言葉を続けた。
キムラスカ軍はカイツールから北上し、徐々に侵略を進めている。
それを止めていたのは、グランコクマで話し合った通りノルドハイム将軍の軍。
だが、戦争が開戦したことでマルクト軍の援軍も増え、今の押され押し返しの状態となっていた。
「……キムラスカは…どういうつもりなんですかね…」
ナタリアもルークも生きている。
いや、それを知らないから攻め込んできているのだろう。
だが、その事実確認も取らないまま他国に攻め入るなど愚の骨頂。
フィルは無意識に嘲笑を浮かべた。
「(やっと…、セントビナーのみんなを救えたのに…!)」
このままだと本当にこの平原にいるもの全てが死ぬ。
あの地獄ともいえる瘴気の沼に閉じ込められるのだ。
「…このルグニカ平野の真下にはもうセフィロトツリーはありません。支えるものはないのです。今も…少しずつ崩落は始まってます」
「……先日より地震があるように思えたのは、やはりその所為か…」
「はい。だからこそ、戦争なんてやってる場合じゃないんです。ルークと大佐はエンゲーブの村人を避難しに行かれました。ナタリアとガイラルディア伯爵は戦争を止めるためにカイツールに向かったのですが……、将軍の話ではそちらも難航してるみたいですね…」
状況は最悪だ。
なんとか停戦させる方法はないだろうかと眉を寄せる。
フィルは広げられた地図を地図を見ながら拳を握りしめた。
「……ですが、この状況…こちらが引けばきっとその隙を狙われて被害が出る。一体…、どうしたら……ッ」
「……多少の犠牲は仕方がない」
「!」
「―――と、私がそれを言えば、君は怒るかい? フィル」
命の選択。
フリングスが柔らかく問いかけるのは、過去に自分がしたことを同じだった。
皆を守るために、大を救うために、未来に生きる者に繋げるために……
「……いえ、私も…その責を負います。貴方一人には背負わせません」
「良い返事だ」
自分を真っ直ぐに見つめてくるフィルの瞳に、フリングスは微笑んで頷く。
そして、奥に設置してあった文机に向かうと、便箋を取り出しながら椅子に座った。
「そうと決まれば、ノルドハイム将軍に伝令を書こう。数日中には返事が来るはずだ」
「将軍……」
「フィル、君は手紙書き終えるまで少し寝た方が良い。酷い顔をしてるよ?」
「いえ…、このまま待ってます」
休むことは許されないと自ら枷をつけているのか、フィルの態度にフリングスは息を吐いた。
普段の彼女ならそれを指摘すれば顔を赤くして慌てふためくだろう。
戦場で見た時からずっと気を張り詰めた様子に、どうするべきかと軽く首を傾げてから彼は振り返った。
「じゃあせめて座って待っててくれないか?」
「しかし…」
「アイラス少佐、これは命令だ」
「………はい」
『命令』という言葉を聞いて、ようやくフィルは傍にあった椅子に腰を下ろした。
その瞬間、疲れが襲ってきたのか彼女の顔が少しだけ緩むのが見える。
この調子なら書いている間に眠ってしまうだろうと思いながら、フリングスはペンを紙に走らせた。
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