軍人





戦場は酷いものだった。


ここしばらくは大きな戦争も起きてなかったせいか、初陣の者が多すぎる。



ただ、ナタリアの作戦でマントを羽織ったもののあまり効果は無く、反対にキムラスカとマルクト両方に襲われることが多々あった。


そのたびに、自国の軍ならば正体を明かし引くように言う。
そして、キムラスカも同様に…。


ただ…





「だから、ここは崩落する危険性があるんです!今は退いて下さい!」

「馬鹿か貴様は!キムラスカを前に退けるはずがないだろうが!」


中隊の隊長に声を荒げて状況を説明するが、彼はフィルの言葉を一蹴した。
自分の地位は少佐。

まだ尉官ぐらいならなんとか職権乱用で命令することは出来るが、同等の地位以上の者に説明するのは厄介だった。


「大体、崩落などするはずがなかろう。俺の今年の誕生日に詠まれた預言にそんなこと詠まれてなかったしな」

「でも、世界は預言から外れ始めてて…」

「預言から外れる?あっははははははっ!」


フィルの必死な説得も隊長―ブルームは笑い飛ばした。
そして、その鋭い眼光をフィルに向けると、彼女の脇を通り過ぎる。


「全軍、突撃しろ。キムラスカにマルクトの力を思い知らせてやれ!」

「ブルーム中佐!」

「黙れ!」


軍に命令を出す中佐に向かってフィルは叫ぶが、再びそれは一喝される。


「女が軍の命令にいちいち口を挟むんじゃない。 どうせ貴様がその地位についたのも、元元帥のマクガヴァン殿の後ろ盾のおかげだろうが」

「………っ」

「それに、戦争が起きたほうが喜ぶんじゃないか?特に貴様の上司の死霊使い殿がな。 実験の為の新しい骸を手に入れたがっているって噂だし―――」


突如、ブルームは言葉を止める。
彼の怯えた視線の先には、フィルが突き出した剣の切っ先が己の首元につけられていた。


「……私のことはなんと言われても構いません。 しかし、上司を…大佐を愚弄するのであれば例え貴方でも容赦しませんよ」


殺気をこめる瞳で射られ、ブルームはごくりと喉を鳴らした。


「き、貴様…俺にこんなことしていいと思って…」


怯えた目をしながらも、必死にプライドを守ろうとするブルーム。
フィルは小さく息をついて、その剣を下ろした。


「……貴方1人死ぬのなら構いません。ただ貴方に尽き従った若き軍人達をむざむざ死なせたくない、それだけです」

「ふ、ふんっ…、これだから女ってヤツは…!戦争を止めるつもりはない!さっさと貴様も持ち場に戻れ!」


下ろされた剣にホッと胸をなでおろして、ブルームはそう吐き捨てると戦場へと戻っていく。
フィルはその後姿を悔しげな目で見つめた。


「貴方は…!貴方は人を、軍を…なんだと思ってるんですか!」


遠ざかるブルームの背中に向けて叫んだ。

だが、その言葉が届いているかは分からない。


フィルは拳を握り締めた。


「……そうだ、フリングス将軍を探そう…。あの人ならきっと、わかってくれる」


そう自分を元気付けて、フィルは踵を返すと戦場へと再び駆け出していった。


**


襲い掛かるキムラスカ軍。
それは、夜になっても変わらない。

こちらが移動している分、やはり怪しい人物とみなされるのだろう。


「ぐぁああ!!」


月に照らされた銀の切っ先が、キムラスカの兵士を斬り捨て、兵士は悲鳴を上げて倒れこむ。

それを見下ろしながらフィルは血が滴り落ちる剣を握り締めていた。


「……っ、こんなことしてる場合じゃないのに…」


焦りだす思考。

崩落まではあとどれくらいあるのだろうか…。


空を見上げたフィルの視界には、黒の絨毯にしきつめられた星々が映し出されていた。

手探りで道具袋をあさるが、肝心なグミの底も切れかけている。

大きく溜息をつくとフィルは返り血を浴びた頬を袖でぬぐった。



生臭い血の匂い。


「今日だけで…何人斬ったんだろ……」


視線を手のひらに移すと、フィルは小さく呟いた。


やはり軍本部に先に話をするべきだったのだろうか…。
中隊ぐらいの隊長に話をしても、ブルームのように自分を見下し話を聞いてくれない。


もしかしたら、ジェイドと役目を変わったほうが良かったのかもしれない。

だが、ジェイドもきっと今頃エンゲーブの人々を避難させるのにかなりの労力を使っているはずだ。


ひとつの村の人間を全て短時間で避難させるなんて至難の業だ。
セントビナーでは、先立ってマクガヴァン達が動いていてくれたからまだなんとかなったが…。

今回下手すれば、この戦場…村人を連れての立ち回りになる可能性もある。


自分にそれが出来るか?

否、きっと無理だろう。


小隊ひとつ動かせない自分の力量では、村一個の移動など出来るはずがない。



――自分の力は…弱すぎる。


剣を握り締める手に力がこもる。

悔しさに涙腺が緩み始める。


でも、泣いている場合じゃない。
泣いている暇があれば、走り出さなければいけない。







後悔は、後でも出来る!






フィルはそう気持ちを切り替えると、血なまぐさいそこを離れた。

今度はなるべく敵側に見つからないように、草原を歩く。




すると



「(―――人の気配!)」




こちらの動きに気付いたのか、フィルが立ち止まるとその影も立ち止まる。

そして、向こうが息を潜むのが分かってフィルは剣をすっと構えた。

月が雲に隠れた所為で暗闇が包む今の状態では、向こうの人物がマルクトなのかキムラスカなのかが分からない。


だが、黙ってやられるつもりはない。


相手が死なない程度の傷を負わし、ひるませるくらいはしなければ反対にこちらがやられる。


フィルは地面を蹴った。

そして、




ガキィン!という剣と剣がぶつかる音が闇に響き渡った。

つばぜり合いになる剣と剣。

向こうは男なのか、押される力強さにフィルは後ろ足に力をこめて踏ん張った。

だが、向こうもそれが分かっていたのかいきなり体の力を抜くと、さっと後退する。
それに気付かなかったフィルは、前のめりになり転びそうになった。

それでも、強引に反対の足を力強く踏むと、敵との間合いを詰める。


「こんのっ――!」

「………フィル…!?」


横切りに剣を水平にしたそのときだった。
相手が剣を垂直にして自分の剣を受け止め…そして、自分の名を呼ぶ懐かしい声が聞こえたのは。


止められた剣をそのままにして、フィルは驚いて目を見開いた。
剣を持つ手がかすかに震えてくる。




「………将…軍……?」



雲が晴れ柔らかな月明かり照らし出したのは、剣を構える彼とそれを交えた自分の姿。

そう、自分が今まで敵と思って剣を振るっていた相手はアスラン・フリングスだったのだ。

それが分かれば、フィルの手から剣がカランと音を立てて抜け落ちる。
そして呆然と彼を見上げると、彼もどこか驚いたように自分を見つめていた。



フリングスは自分の剣を鞘に収めると、まだ硬直したままのフィルの頬に手を当てる。


「フィル…?」


もう一度名を呼んでみる。


「はい…」


返事が聞こえた。
フリングスはフッと笑みを浮かべると、フィルから少し離れてかわりに彼女の視線に目を合わせる。


「無事で良かった、ナタリア姫に事情は聞いているよ。君が将校たちに声をかけて走りまわっているって…」

「ナタリア…に?」


なぜ彼はナタリアに会ったというのだろう。
ナタリアは、カイツールの軍基地で将に停戦を呼びかけたはずでは…。

そんなフィルの気持ちが分かったのか、フリングスは微笑んだまま言葉を続けた。


「どうやらキムラスカも簡単に停戦とはいかないようだ。ケセドニアの方に行くって言ってたけど…」

「……!」



そこでフィルが我に返る。

停戦が出来ないということは、キムラスカはこのままルグニカ平野から退かないということだ。
つまり、マルクトも退けない状態にある。


フリングスの腕をフィルはつかみ、せがむように彼を見上げる。


「将軍!今すぐ兵を退いてください!このままだと我々皆、ルグニカ平野の崩落に巻き込まれます!」

「……なんだって…?」

「ナタリアから…聞いていたのではないのですか…?」


フィルの言葉に目を見開くフリングスに、フィルは震える口調で問いただした。

だが、フリングスは顎に手を添えると眉間に皺を寄せる。


「いや…戦争を止めるために動いているっていうことだけで…」

「っ、ならば!今すぐにでも――!」

「フィル」


熱くなる自分とは比較的に冷静な彼は、静かな声音でフィルの名を呼ぶ。


「君も分かっているだろう?キムラスカが退くまでは我々も退くわけにはいかない」

「でも!」


崩落の恐怖は身をもって知っている。

だからこそ、フリングスには首を縦に振ってほしかった。

正義と国と民を思う彼だからこそ、そうして欲しかった。

フィルは彼の腕を掴む手に力を込めて叫んだ。


「兵が皆死んでも良いのですか!?ここでこのまま戦争を続ければ両国ともに大事な兵をなくすことになります!」

「私の一存で兵を退かせることは…、他の将校にも声をかけ――」

「将軍じゃなきゃ誰がやるんですか!他の将校じゃ駄目なんです、貴方じゃないと――










 貴方じゃないと……誰もわたしの話に耳を貸してくれないんですから……」








フィルの悲痛な声に、フリングスは目を見開いた。


軍に入って、階級もあがって。

それが元元帥でもあるマクガヴァンの養女で、女ながらに少佐になったフィル。
彼女に対しての頭でっかちな将校の中には、それを認めていない者もいた。

だからこそ、フィルは自分を頼ってきたのだ。


少なくとも、自分を信じてくれると思う人のところへ最終手段として…


「…分かった、フィル。とりあえずテントで話を聞こうか?」


頷いたフリングスに、フィルは一瞬自分の耳を疑ったがすぐにそれが了承の意味だと取ると、張り詰めていた笑みが緩み、彼から手を離すとそっと俯いた。





「有難うございます…フリングス将軍…」





そう呟く彼女に、フリングスは柔らかく微笑むと彼女の手を引いて自分のテントへ向けて歩き出すのだった。







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