ユリアシティにつけば、出迎えてくれたのはテオドーロ市長だった。
フィル達が来るのが分かっていたのか、セントビナーの崩落を止める方法についてすぐに話に取り掛かってくれた。
フィルはというと、崩落回避の話はルーク達に任せて
アルビオールで運ばれてきたセントビナーの人々が安心できるようにこの町のことをグレンや老マクガヴァンに説明したり、当分の宿の確保などあちこち走り回っていた。
そんな中、ルーク達が戻り彼らはセフィロト…シュレーの丘へと向かうことになった。
「こんなところにセフィロトがあるなんて…」
アルビオールの中で大体の事情を聞いたフィルは、シュレーの丘につくなりぽつりと呟いた。
「普通の人にはわかりませんよ、入り口は譜術によって隠されてますので」
フィルの言葉に答えたのはイオンだった。
彼が穏やかな微笑みを浮かべながらそう言うと、他の仲間たちも頷いて道々にある仕掛けを解いていく。
そして、岩壁に隠れていたパッセージリングへの入り口が姿を見せた。
「奥へ進んでみよう」
ルークはそう言いながら先頭に立って、中へと入っていく。
それに習って仲間たちも後に続いた。
中に入れば、そこは外とは全く違い幻想的な空間だった。
宙に浮いているような道に、まるで楽譜の線のような文様。
初めてのセフィロトに、フィルはきょろきょろと周りを見渡していた。
そんな中、ガイが率先してパッセージリングに近づいて、色々試してみるが何も起こらない。
ガイは軽く肩をすくめた。
「ただの音機関じゃないな。どすりゃいいのかさっぱりだ」
「第七音素を使うってどうするんだ、これ……」
ルークが首をかしげながらパッセージリングを見上げる。
ジェイドも軍服のポケットに手を入れながら、険しい表情でルークと同じくそれを見上げた。
そんな上司を、フィルは隣から顔を覗くようにして呟いた。
「…ヴァンが使ったっていうのなら、何か手がかりがあるはずです。ただ、ガイはともかくルークが近づいて何も起こらないというのなら、ヴァンにしか出来ない何かが…」
「…!そうか!ティア、譜石に近づいてくれませんか?」
ナタリアと一緒に何か手がかりがないかと探していたティアにジェイドがそう言うと、ティアは一瞬驚いたように目を瞬くが、すぐに頷いて譜石に近づいた。
すると、ただの彫刻のようだった譜石の天辺が二つに裂かれ、まるで本のようにゆっくりと開く。
そして、そこから青白い光が吸い込まれてパッセージリングの上部に操作盤が展開された。
それは10個の円形の図で構成されていて、そのうち5つは縁が赤く囲まれている。
それらが現れた最後に、それの上から赤い文字が浮かび上がってきた。
「……『警告』?」
「なるほど、ヴァンにもあってティアにも関係があるのがユリアの血筋か。これでヴァンは操作したんだな」
フィルが小さな声でその赤い文字を読み、ガイが納得したように頷いた。
そして、アニスが何かに気付いたように開かれた譜石に近づき、中を覗く。
「あ、この文字、パッセージリングの説明っぽい」
アニスの言葉にジェイドがそれに近づくと、譜石に浮かび上がった文字に目を走らせ、しばしして、軽く眉をひそめた。
「……グランツ謡将やってくれましたね」
「兄が何かしたんですか!?」
「セフィロトがツリーを再生しないように弁を閉じています」
「どういうことですの?」
「つまり暗号によって操作できないようにされていると言うことですね」
ティアとナタリアの問いかけにジェイドは淡々と答える。
そのジェイドの答えに、フィルは心配になり思わず声をかけた。
「大佐でも暗号解けないんですか?」
「私が第七音素を使えるなら解いて見せます。しかし……」
ジェイドに第七音素はない。
そうなると、この中で解けるものはいなくなる。
沈黙が場を支配しかけたその時、ルークがおそるおそる口を開いた。
「………俺が超振動で、暗号とか弁とかを消したらどうだ?超振動も第七音素だろ」
「………暗号だけを消せるならなんとかなるかも知れません」
ジェイドがルークの瞳を見つめながら、静かに答えた。
だが、ティアはとんでもないと言わんばかりに目を見開き、声をあげた。
「ルーク!あなたまだ制御が……!」
「訓練はずっとしてる!それに、ここで失敗しても何もしないのと結果は同じだ」
ルークは強い意志をこめた瞳でティアを、そして仲間たちを見やった。
そして、フィルはそんな必死な彼を見て静かに目を閉じる。
「……ルークを信じよう、みんな。それにティア、ルークの努力は訓練に付き合ってるあなたが一番知ってるでしょ?」
「……そうね、その通りだわ」
ティアがフィルに指摘されて、ハッとそのことに気付いたのか承諾する。
そして、ルークはみんなの前に出ると両腕を掲げて神経を集中させた。
すると手のひらから黄色の光が現れ、図とリンクする。
準備が整い、ジェイドが指示を出した。
「第三セフィロトを示す図の一番外側が赤く光っているでしょう?その赤い部分だけを削除して下さい」
「やってみる」
ルークは力強く頷くと、円形の図の1つに光が生じて縁を囲っていた部分を削っていく。
すると、セフィロトが輝きだして、記憶粒子(セルパーティクル)が発生し、光の粒子となって振り落ちてきた。
それを確認して、ジェイドはホッと胸をなでおろす。
「…起動したようです。セフィロトから陸を浮かせるための記憶粒子が発生しました」
「それじゃセントビナーはマントルに沈まないんですね!」
「……やった! やったぜ!!」
セントビナーの崩落を防ぐことができた。
それを喜ぶあまりにルークはティアを抱きしめてから、ぎゅっと手を握った。
「ティア、ありがとう!」
「わ、私、何もしてないわ。パッセージリングを操作したのはあなたよ」
「そんなことねーよ。ティアがいなけりゃ起動しなかったじゃねぇかそれにみんなも……! みんなが手伝ってくれたからみんな……本当にありがとな!」
その無邪気な笑顔とはしゃ様子にフィルは穏やかな微笑みを浮かべてルークを見ていた。
最初会ったころよりも、どんどん良い方向に成長していくルーク。
ほんの少しだというのにこれだけ彼を変えたあの出来事は、まだルークの中では整理されていないのだろう。
それなのに、彼は自分に出来ることを精一杯しようとしている。
そんな彼を見て、フィルは心が暖かくなる気持ちになった。
そんな中、まだ頭上の円を見上げていたアニスが大声をあげる。
「あーっ! 待って下さい。まだ喜んでちゃだめですよぅ!あの文章を見て下さい!」
仲間達が一斉に図面を見上げると、思わず息を呑んだ。
「………おい。ここのセフィロトはルグニカ平野のほぼ全域を支えてるって書いてあるぞ。ってことはエンゲーブも崩落するんじゃないか!?」
「ですよねーっ!? エンゲーブ、マジヤバな感じですよね!?」
「大変ですわ! 外殻へ戻ってエンゲーブの皆さんを避難させましょう!」
ナタリアの言葉に全員が力強く頷く。
そして、パッセージリングの出口へと走り出したが、フィルはふとティアの様子がおかしいような気がして彼女の隣を走った。
「ティア大丈夫…?顔色が悪いよ」
「大丈夫よ、少し疲れたみたい……」
ティアがそう言うのであまり追求はしなかったが、フィルはぽんぽんとティアの頭を軽く撫でる。
「疲れたときはいつでも言って。おんぶぐらいしてあげるから」
「い、いらないわよ!もうっ…子ども扱いして…」
赤くなって否定するティアに、フィルは楽しげに笑いながらティアを連れて仲間たちの背を追いかけた。
***
シュレーの丘へと戻れば、早速アルビオールを発進させる。
向かうはエンゲーブ。
村人を避難させるためにアルビオールはルグニカ平野を目指した。
座席につきながら、フィルは窓から外を眺める。
そして、思わず息を呑んだ。
「……なん…で」
言葉にならない。
声が震える。
これからのことを話し合っていたルーク達がフィルの様子に気付いて、同じく窓を覗き込んだ。
そして、ナタリアが叫ぶ。
「どうして……! どうして戦いが始まっているのです!?」
――もう止められない。
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