ホドとセントビナー



それほど大きな音もなく、それでも確実に沈んでいくセントビナー。
残された人々は、揺れに対して立っているのは危険だということで、かすかに亀裂の入ったレンガ状の地面に座っていた。


ルーク達が出て行って早数時間。

そろそろここも限界だ。


「……フィル」

「そんな心配そうな顔しないでください、父さん。もうすぐルーク達が戻ってきますよ」


グレンが心配そうに声をかけてきたので、フィルは微笑みながら答えた。
だが、それにマクガヴァンも彼らのそばまで歩み寄る。


「心配なのはそっちじゃなくてのう、フィル。お前さんじゃ」

「私ですか?」

「ホド、そしてセントビナー…、フィルにとって二回も故郷を失くすようなものじゃろ?」


確かに、ホドも一度クリフォトへと落ちて消滅したし、現に今セントビナーも同じ状態だ。
心苦しいなんてものじゃない。

マクガヴァン親子はそんな義理の孫娘の心境を心配していたのだ。


マクガヴァンの言葉に、フィルはかすかに俯く。


「……そう、ですね…。でも、あの時とは違う。 父さんも、お祖父さんもいる。それに――――」


ぶわっと大きな風が舞う。

ふと空を見上げれば、鳥でもない魔物でもない、大きな譜号兵器がこちらに向かって飛んできたのだ。


それを見て、フィルは微笑みを浮かべた。



「―――仲間たちが必ず助けに来てくれる、そう信じてましたから」










ホドとセントビナー〜崩落編10話〜









「フィル!マクガヴァンさん! みんな! 大丈夫ですか?」


その譜号のハッチから現れたのはルークだった。
風に踊る髪を押さえながら、彼は降りてくる。


「ルーク!」

「おお、あんたたち。この乗り物は……!」


フィルとマクガヴァンが歓喜の声をあげるが、ルークに続いてジェイドがハッチ口から顔を覗かせた。


「話は後にしましょう。とにかく乗って下さい。みなさんも」



ジェイドの指示で、人々が動き出す。

決して慌てずに、それでも急いで人を救出するのは難しい。

町人、マクガヴァン、グレンの順に階段を登り、最後はフィルとルークだけが残った。


「他に人は!?」

「大丈夫、みんな乗ったわ。行こう、ルーク」


フィルが走り出し、ルークが続く。
そして、ハッチ口が閉じられたその直後だった。

セントビナーとその周りの大地が魔界へと崩落を始める。
その上を、ぎりぎりで飛行する譜号だったが、ボロボロと大地が魔界の泥へと落ちていき、町があった大陸もしぶきを上げて、泥の中に沈んでいった。

かろうじて、町だけが泥の上に浮いている状態になった。





**





魔界の空は、いつ見ても良いものではない。

あれから、空飛ぶ譜号アルビオールは、落ちていくセントビナーの上を通り魔界の空を進んでいた。


このアルビオールは、彼らがシェリダンで手に入れたもので、操縦士のノエルのもと、快適な空の旅が約束されていた。



フィルが窓から見える魔界の海を眺めていると、客室の方から艦橋へマクガヴァン達が出てくる。


マクガヴァンは、そこにいたメンバーを見ながらまずは軽く頭を下げた。


「助けていただいて感謝しますぞ。しかしセントビナーはどうなってしまうのか……」

「今はまだ浮いているけれどこのまましばらくするとマントルに沈むでしょうね……」


ティアの悲痛そうな言葉に、予想はしていたフィルも顔が俯く。

だが、マクガヴァンも何か方法はないかとティアへと言葉を投げかけるが彼女は首を横に振った。


「ここはホドが崩落した時の状況に似ているわ。その時は結局一月後に大陸全体が沈んだそうよ」

「ホド……。そうか……これはホドの復讐なんじゃな」


マクガヴァンの呟きに、ティアとガイは首をかしげたが、
ジェイドだけはその意味を知っているかのように眼鏡のブリッジを直した。


「……本当になんともならないのかよ」


そんな中、ルークは悔しげにそう呟くと、ぎゅっと拳を握り締める。


「住む所がなくなるのは可哀想ですの……」

「大体大地が落っこちるってだけで常識はずれなのにぃ、なんにも思いつかないよ〜。超無理!」


ミュウが悲しみに呟き、アニスが両手を腰に当てながら言いのけた。
それでも、ルークは諦めない。


「そうだ、セフィロトは?ここが落ちたのは、ヴァン師匠がパッセージリングってのを操作して、セフィロトをどうにかしたからだろそれなら復活させればいいんじゃねーか?」

「でも私たち、パッセージリングの使い方を知らないわ」

「じゃあ師匠を問いつめて……!」

「おいおいルーク。そりゃ無茶だろうよ。おまえの気持ちも……」

「わかんねーよ!ガイにも、みんなにも!」


ルークが声をあげてガイの言葉を遮り、今にも泣きそうな顔で仲間たちを見る。
ルークは焦るように声を引き絞ると、焦った気持ちを吐き出すように言葉をぶつけた。


「わかんねぇって! アクゼリュスを滅ぼしたのは俺なんだからさ! でもだからなんとかしてーんだよ!こんなことじゃ罪滅ぼしにならないってことくらいわかってっけどせめてここの街くらい……!

「ルーク!――いい加減にしなさい。焦るだけでは何もできませんよ」


珍しく、ジェイドが厳しい声をあげた。

それに体がすくんだのか、ルークは悲痛が混じった顔をジェイドへと向ける。
ジェイドは、静かに息をつくと、これからの方針を口にした。


「とりあえずユリアシティに行きましょう。彼らはセフィロトについて我々より詳しい。セントビナーは崩落しないという預言が狂った今なら……」

「そうだわ。今ならお祖父様も力を貸してくれるかもしれない」


彼の提案に、ティアが頷く。
そして、ジェイドは体をルークへとむけた。


「それとルーク。先ほどのあれはまるでだだっ子ですよ。ここにいるみんなだってセントビナーを救いたいんです。 フィルなんかは特に悔しいでしょうしね」


ふと今まで話に参加しなかったフィルの名前が出て、ルークはその時初めて彼女の心情を知ったのか、自分の先ほどの態度を後悔した。


「……ごめん……。そうだよな……、フィルも…ごめん」

「わたしは気にしてないよ、ルーク。でも、無理は禁物。大丈夫……、もしセントビナーがなくなったとしても、人が生きていればまた町は作れるんだから。そうでしょ?お祖父さん」

「……、フィルの方が前向きじゃったわい」


マクガヴァンが笑い声を上げ、それにつられて仲間たちも笑みをこぼした。

そして、フィルは再び泥の海を見つめる。



―――そう、ホドの二の舞になんてさせない、絶対に…




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