第二の故郷の崩落



セントビナーについたときには、すでに避難勧告が出ていた為か、
住人達が街中を駆け走っていた。




「お祖父さんっ!父さん!」


町の中に入れば、マクガヴァン元元帥とグレンが町民を誘導しているところだった。
フィルたちは、彼らに駆け寄り状況を問いかける。


「今、女子供老人優先で避難を始めているところじゃ。フィルからの手紙もつい先ほど届いたばかりでな」

「なるほど…それでは、街道の途中で私の軍が民間人の輸送を引き受けます。 駐留軍は民間人移送後、西へ進み東ルグニカ平野でノルドハイム将軍旗下へ加わって下さい」


ジェイドの指示で、マクガヴァンが頷く。
だが、グレンはどこか納得がいってないようだった。


「……セントビナーは放棄するということだな…」


それは悔しさがにじみ出た呟き。

フィルはそんな義父の気持ちが分かってか「父さん」と声をかける。


「町を守る、それが軍人としてしなければいけないことのひとつかもしれない。 でも、町を守っても人がいなければそこは町とはいえないんです、だから…」


そこまで言うと突如頭に大きな手がのせられて、フィルは義父を見上げた。
そこには、悲しさと寂しさ…そういうものが交じり合った感情が無理やり笑みを作り上げている顔がある。


そして、グレンも軍に指示を出す為、何も言わず騒ぎの中へと戻っていった。


「……父さん…」

「フィル、私たちも手伝いましょう」


ティアに声をかけられて、フィルは力強く頷くと、彼女達もまた避難誘導の為駆け出したのだった。








***






時間だけが過ぎていく。

セントビナーの町の人を逃がす。

言葉にしてしまえば簡単だが、町ひとつの人間を動かすのだ。
これ以上に骨の折れる仕事は無い。

さらに、不安や恐怖で混乱している人もいる。

「押さないで、慌てないで!」というルークの声や、そして彼が進んで老人達を助けようとしている姿を見て、
フィルは、思わず笑みを浮かべてしまった。


「彼、動いていないとアグゼリュスのことを思い出してしまうのかもね…」

「ティア…」


ふと隣から声をかけられて、フィルは振り向いた。

ティアもこの騒ぎの中で怪我をしてしまった人を癒してまわっていた為か、少しだけ疲れが見えていた。


「人ってこんな短期間に変われるものなんだね」

「ええ」


ほほえましいその様子に、ティアとフィルは笑みをこぼした。
が、そのときだった。


轟音と、閃光がその場に響き、人々が悲鳴を上げる。

それに気付いたティアとフィルはすぐに譜術障壁を作りだし、空から降り注ぐ光線をはじいていった。


「逃げなさいっ!」


そんな中、ジェイドの険しい声が響く。
目を向ければ、ジェイドが子供を背に庇い、自分達と同じく障壁でその子供を守っていた。


だが、子供は怯えているのか体が動かずただジェイドを見ているだけ。

そんな中、ルークが子供を抱きかかえ横に飛んだその瞬間

子供がいたその場に空から大きな何かが落ちてきたのだった。


「な、何あれ」


さすがのフィルも驚いて声をあげた。
落ちてきたソレは、丸い形をしており、そこから細い鉄でつなぎ合わせた手足が生えていた。
手の先にはドリルやチェーンソー、レーザー砲までついている。

そして、次には耳障りな笑い声が聞こえてきた。


「ハーッハッハッハッ。ようやく見つけましたよ、ジェイド」


現れたのは空中に浮かぶ安楽椅子に座った白髪の男、死神ディスト。

さすがのジェイドもこの登場に、表情をゆがめた。


「この忙しいときに……。昔からあなたは空気が読めませんでしたよねぇ」

「何とでも言いなさい!それより導師イオンを渡していただきます」

「断ります。それよりそこをどきなさい」

「へぇ? こんな虫けら共を助けようと言うんですか?ネビリム先生のことは諦めたくせに」


――『ネビリム先生』。

その名前にフィルは、ハッとしてジェイドを見た。

昔一度だけきいたことがある、ジェイドがフォミクリー開発をやめた原因でもあり、
人間フォミクリーを作るきっかけでもある人の名前だと…。


思ったとおり、彼は苦渋の表情をしていた。


「……おまえはまだそんな馬鹿なことを!」

「さっさと音をあげたあなたにそんなことを言う資格はないっ!さあ導師を渡しなさい!」


そうディストが言うと、ロボットは動き出した。


「このやろっ!」


ルークが剣を抜き、ガイも騒ぎに気付いたのか剣を抜いて応戦に出た。

だが、相手は大きな鉄の塊。
ディストが作っただろうソレは、大きく手を振り回しガイとルークの攻撃をなぎ払っていく。


「あのロボット、以前よりも攻撃力も耐久力もあがってるわ…」


ティアがそう呟くのが聞こえ、フィルは思わず問いかけた。


「以前って…、前にも戦ったの!?」

「ケセドニアでフィルと分かれたあと、船の上で」

「あんな機械どうやって勝った…って…」


ふとフィルは、その時の状況を想像する。


船の上、海、水…



「そうか!」

「フィル、一気に片付けますよ!」


ジェイドもそれを思い出したのか、フィルに向けて声を投げた。


そして、同時に詠唱を始める。




「穢れなき汝の清浄を彼の者に与えん」



「荒れ狂う流れよ」





「「スプラッシュ!」」




ジェイドとフィルの声と共に、第四音素がロボットに向けられて放たれた。
水圧と共にぶつけられた水は、ロボットをたちまちに錆らせていく。


「今よ、ルーク!ガイ!」


「裂空斬!」

「雷神剣!」


二人の放った攻撃は、ロボットに見事命中し、
次の瞬間にはロボットはついに壊れプシューという音と共に、崩れ落ちた。



「あああああ!私の可愛いカイザーディスト号がぁ!覚えてなさい!
 今度こそおまえたちをギタギタにしてやりますからねっ!」


ディストが悲鳴と共に捨て台詞を吐くと、逃げるように空へと舞い上がっていった。
その姿を見て、ジェイドは溜息と共に近くに居たマルクト兵に「無駄とは思うが、念のため追跡しろ」と命じる。


「さてと、続き続き…」


フィルが何事もなかったかのように、再び町の中で戻っていた。

その時だった。

大きな揺れが、セントビナーを襲い亀裂が入りだす。


その亀裂が入ったポイントが、ちょうどフィルが踏み入れた後ろだった為、バランスを崩して前へと倒れこむ。


「うわわわっ!」

「フィルっ!」


グレンが慌てて駆け寄ると、義娘が怪我をしないよう支える。
だが、一行に揺れは収まらず地面がくぼんでいくのが分かった。


「くそ!フィルとマクガヴァンさんたちが!」


すでにルーク達との地面とフィルたちの地面は2m以上の差が出来上がっていた。
そこに飛び込もうとするルークを押さえて、ティアが叫ぶ。


「待って、ルーク!それなら私が飛び降りて譜歌を詠えば……!」

「待ちなさい。まだ相当数の住人がとり残されています。あなたの譜歌で全員を護るのはさすがに難しい。確実な方法を考えましょう」


ジェイドの冷静な判断でそういうと、フィルはグレンに支えられながら下から大声をあげる。


「大佐!わたしたちのことは大丈夫ですから!」

「それより街のみんなを頼むぞーっ!」


フィルに続いてマクガヴァンも声をあげるが、ルークは悔しげに「くそっ!」と声をもらした。


「どうにかできないのか!」

「空を飛べればいいのにね」

「……空か…」


アニスがぽつりと呟いたその言葉に、ガイが「そういえば」と考えを巡らせた。


「シェリダンで飛行実験をやってるって話を聞いたな」

「飛行実験?それって何なんだ?」

「確か教団が発掘したっていう大昔の浮力機関らしいぜ。 ユリアの頃はそれを乗り物につけて空を飛んでたんだってさ。 音機関好きの間でちょっと話題になってた」


ルークが問いかけ、ガイが答える。
そして、イオンへと皆が視線を集中させるとイオンは静かに頷いた。


「確かにキムラスカと技術協力するという話に、了承印を押しました。 飛行実験は始まっている筈です」

「それだ! その飛行実験に使ってる奴を借りてこよう! 急げばフィルたちを助けられるかもしれない!」

「しかし間に合いますか?アクゼリュスとは状況が違うようですが、それでも……」

「兄の話ではホドの崩落にはかなりの日数がかかったそうです。 魔界と外殻大地の間にはディバイディングラインという力場があってそこを越えた直後急速に落下速度が上がるとか……」

「やれるだけやってみよう!何もしないよりマシだろ!」


ルークがそういうと、ナタリアも頷いた。


「そうですわね。できるだけのことは致しましょう」


考えは決まった。
皆は顔を見合わせて大きく頷きあう。


「シェリダンはラーデシア大陸のバチカル側にありましたね。 キムラスカ軍に捕まらないよう気をつけていきましょう」

「よし、急いでタルタロスに戻ろう!」


ジェイドとガイの言葉に、皆が一斉に駆け出す。
その後姿を、フィルは沈み行く町と共に下から見上げ、そして祈った。





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