皇帝の協力



謁見室手前の扉。

皆が少し緊張気味に放たれた扉の奥へと進む。
謁見の間は、広く大きなつくりで玉座の向こう側で流れる滝は豪快なものだった。

そして、それを背に玉座に座っていた皇帝は、現れた彼らを見渡すと口を開く。



「よう、あんたたちか。俺のジェイドを連れ回して帰しちゃくれなかったのは」



「……は?」


最初に声をあげてしまったのはルーク。
マルクトの皇帝なのだから、と失礼のないようにと緊張していた顔は、呆気に取られた様子だった。

だが、それも気にせずピオニーは続いて楽しげに言葉を続けた。


「こいつ封印術なんて喰らいやがって。使えない奴で困ったろう?」

「いや……そんなことは……」


少し戸惑いながらも言葉を返すルーク。

そんな彼と皇帝に、フィルは頭を抱えて溜息をつき、ピオニーの隣に立っていたジェイドも呆れたように声を出す。


「陛下。客人を戸惑わせてどうされますか」

「ハハッ、違いねぇ。アホ話してても始まらんな。――本題に入ろうか」


ジェイドに注意され、ピオニーは笑いながらそういうとさっきとは打って変わって真面目な表情になる。
声音と態度が変わったことに、ルーク達も同じく姿勢を正した。


「ジェイドから大方の話は聞いている」

「このままだとセントビナーが魔界に崩落する危険性があります」

「かもしれんな。実際、セントビナーの周辺は地盤沈下を起こしてるそうだ」


ルークの言葉に、ピオニーが静かに頷く。
ナタリアがそれに対して前に進み出た。


「では、街の住人を避難させなければ!」

「そうしてやりたいのは山々だが議会では渋る声が多くてな」

「何故ですの、陛下。自国の民が苦しんでおられるのに……」


ナタリアがまるで自分のことのように悲哀の表情を見せると、フィルがナタリアの肩を優しく叩いた。

肩越しに振り返ると、フィルは困ったように笑っていたので、ナタリアは彼女の名を小さく呟く。


「陛下、私もお聞きしたいです。セントビナーの住民を移動させれない理由とは一体何ですか?」


少し声を硬めにしてフィルが問いかけると、ジェイドが変わりに答える。


「キムラスカ軍の圧力があるんですよ」

「キムラスカ・ランバルディア王国から声明があったのだ」


ジェイドに引き続き、ピオニーの右側に立っていたノルドハイムが言う。
それに、フィルは思わず片眉をあげ「何と…?」と呟いた。
すると、ノルドハイムと反対側に立っていたゼーゼマンが渋い顔で言った。


「王女ナタリアと第三王位継承者ルークを亡き者にせんとアクゼリュスごと消滅を謀ったマルクトに対し、遺憾の意を表し、強く抗議する。そしてローレライとユリアの名のもと、直ちに制裁を加えるであろう、とな」

「事実上の宣戦布告ですね」

「父は誤解をしているのですわ!」


ティアが冷静な口調でそういうが、声は少し焦りが見えていた。
ナタリアも信じられないといった形相で声を張り上げる。


「果たして誤解であろうか、ナタリア姫。 我らはキムラスカが戦争の口実にアクゼリュスを消滅させたと考えている」

「我が国はそのような卑劣な真似は致しません!」


ノルドハイムの言い分に、ナタリアは腕を組んで彼をにらみつけた。
そして、ルークもぎゅっと拳を握り締めて言葉を振り絞る。


「そうだぜ!それにアクゼリュスは……俺のせいで……」

「ルーク、事情は皆知っています。」

「ナタリアも落ち着いて」


ジェイドがルークを宥め、フィルがナタリアを宥める。
そして、フィルはまっすぐに皇帝を見つめ、今まで立てた仮説を口にした。


「つまり、アグゼリュスを消滅させたことは別として、セントビナーの地盤沈下がキムラスカの仕業だと議会が思っていることが問題。住民救出のために向かった軍を街ごと消滅させられるかもしれないと考えている…そういう事ですね?」

「よく分かってるじゃないか。まぁ、つまりそういうことだ。ジェイドの話を聞くまでキムラスカは超振動を発生させる譜業兵器を開発したと考えていた」


フィルの仮説に対して、ピオニーが満足げに頷いた。

もし、自分がもう少し早くグランコクマについていれば議会の問題も収拾がついたかもしれない…
そう思うと、フィルは歯がゆい気持ちでいっぱいだった。

そんな中、ルークは自分に対して、そして国に対しての憤りを感じながら感情任せに叫んだ。


「少なくともアクゼリュス消滅はキムラスカの仕業じゃない。仮にそうだとしてもこのままならセントビナーは崩落する。それなら街の人を助けた方がいいはずだろ!」


その言葉と態度に、将校たちの顔が驚愕へと変わったとき、ルークは慌てて口調を変えた。


「――……あっ……いや、いいはずです。もしもどうしても軍が動かないなら俺たちに行かせて下さい」

「私からもお願いします。それなら不測の事態にも、マルクト軍は巻き込まれない筈ですわ」

「――…驚いたな。どうして敵国の王族に名を連ねるおまえさんたちがそんなに必死になる?」


ピオニーが本当に驚いたような口調でそういうので、ナタリアも強い口調で言い返した。


「敵国ではありません! 少なくとも庶民たちは当たり前のように行き来していますわ。それに困っている民を救うのが王族に生まれたものの義務です」

「……そちらは? ルーク殿」

「俺は、この国にとって大罪人です。今回のことだって、俺のせいだ。俺にできることならなんでもしたい、みんなを助けたいんです!」


二人の意見を聞いて、ピオニーはふっと笑みをこぼすと両隣にいた部下達に声をかけた。


「と、言うことらしい。どうだ、ゼーゼマンおまえの愛弟子ジェイドもセントビナーの一件に関してはこいつらを信じていいと言ってるぜ」

「陛下。こいつらとは失礼ですじゃよ」


ピオニーの言葉遣いに、ゼーゼマンが嗜めながらもどこか嬉しそうな表情。
そして、ジェイドが提案ということでこれからのことを口にする。


「セントビナーの救出は私の部隊とルークたちで行い、北上してくるキムラスカ軍はノルドハイム将軍が牽制なさるのがよろしいかと愚考しますが」

「小生意気を言いおって。まあよかろう。その方向で議会に働きかけておきましょうかな」

「恩に着るぜ、じーさん」

「じゃあ、セントビナーを見殺しには……」


話の流れを聞きながら、ルークがおそるおそる問いかけると、ピオニーは静かに頷く。


「無論しないさ。とはいえ助けに行くのは貴公らだがな」


その言葉に、ルーク達の顔色が明るくなった。
これで、セントビナーの住民は救われる。

そうホッとしていると、気がつけばルークの目の前にピオニーが立っていた。
彼は、まっすぐな瞳でルークを見つめる。


「……俺の大事な国民だ。救出に力を貸して欲しい。頼む」

「全力を尽くします」


ルークの力強い返事に、ピオニーも笑みをこぼした。


「フィル、お前はセントビナーに手紙を送ってくれ」

「御意」


フィルに一瞥してそれだけを告げると、今度はジェイドへと顔を向けた。


「俺はこれから議会を召集しなきゃならん。後は任せたぞ、ジェイド」


それだけ言うと、ピオニーは謁見の間を出ていく。
それに続いてノルドハイムとゼーゼマンが去っていったのを見て、ジェイドはふぅと肩をすくめた。


「やれやれ、大仕事ですよ。一つの街の住人を全員避難させるというのは」

「どうすればいい?俺、何をしたらいいんだろう」

「陛下のお話にもありましたがアクゼリュス消滅の二の舞を恐れて軍が街に入るのをためらっています。まずは我々がセントビナーへ入りマクガヴァン元元帥にお力をお借りしましょう。出発は明朝です。フィル、マクガヴァン元元帥への手紙に住民への避難連絡をして欲しいと書いておいて下さいね」

「はい、大佐」


ジェイドからの指示を受け、フィルは力強く返事をした。







***




それから数時間。
体を休めた一行は、当初の目的どおり再び城に来ていた。


特にガイは先ほどの謁見時と比べると、今の方が緊張しているように見える。


「ガイ、きっとピオニー陛下に怒られるかもねー」

「おいおい、やめてくれよアニス。まぁ…そういわれても仕方が無いけどな」


アニスがからかい、ガイが苦笑しながら答える。
だが、こう大勢で皇帝の自室に向かってもよいものなのか?とルークは不思議そうに思った。


そんな表情のルークに、フィルは苦笑して言葉をかけた。


「大勢で行っても何も怒らないよ、あの人は」

「えー、そうでしょうねー」


フィルの言葉に、ジェイドがどうでもよいような声でさらりと答える。
だが、いきなり足を止めたかと思うと鋭い眼光で皆を見渡した。


「驚かないで下さいね」


きらりと眼鏡を開かせてそういうジェイドは、それなりに怖かったりする。


そして、皇帝の部屋前まで来ると、ジェイドは軽く扉をノックした。


「失礼します、陛下」


それだけ言うと、返事も待たずに彼は扉をあける。
だが、その瞬間


「げっ」

「んな」

「まぁ!」


皆が目を見開いて信じられない光景を目にした。

皇帝の自室、といわれれば高価な調度品や質の良い絨毯等の高価な部屋というイメージがあるが、実際目の前に広がっているのはちらかり放題の部屋。
そして、あちこちにいるブウサギの数。

本当にこれが皇帝の部屋か?と思えるくらいルーク達が呆気に取られていると一番背後にいたフィルが彼らの横を走りすぎた。
そして、一目散に青銀の目をしたブウサギに駆け寄ると抱きしめ頬ずりをする。


「いやーーんっ!アスラン久しぶりーっ!」


ぎゅうぅっ


「ずっと会えなくてさびしかったんだから! わたしのいない間に何かあった? ちゃんとお風呂も入っている?ご飯食べてる? …ああ! こんなところに毛玉が! あれだけブラッシングはちゃんとしてって言ったのにぃいいいっ!


1人百面相を繰り返しながら、叫び声をあげるフィルにジェイドを覗く仲間たちはぽかんと口を開いた。


「おいおい、人聞きの悪いこというなよ。俺は毎日真面目にブラッシングしてやってるぜ?」


突如振ってくる声に、皆が一斉に振り返るとそこにはブウサギに餌を与えている皇帝がいた。


「よう、よく来たな」

「あの…これって…」


さすがのアニスも驚いているのか、おそるおそる声をかける。
そして、ルークもぼそりと「ブウサギ…」と呟くと、ピオニーは自慢げに腰に手を当てて言った。


「俺のペットだ。可愛いだろう?」

「はぁ…まぁ…」

「変わったペットですのねぇ」


ルークが困ったように相槌し、ナタリアも少し呆気に取られながら呟く。
だが、ティアだけが目を輝かせてブウサギを見つめていた。


「そいつがネフリーで、フィルが抱いているのがアスラン。で、向こうにいるのがグレタ。そこで鼻たらして寝ているのがサフィールだ」


ちょうどティアがサフィールに触ろうとしていたその時にピオニーが言ったので、ティアは慌てて姿勢を正す。

すると、ピオニーの足元に擦り寄ってくるブウサギを抱き上げて、ピオニーは撫でた。


「おー、どうした?可愛いほうのジェイド」

「はぁ?」

「陛下…勝手に人の名前をペットにつけないで下さいと、あれほど言ったでしょう…、しかも人の妹の名前まで…」


ジェイドがあきれ果てつつも、眼鏡の位置を直し呟くがそれでもピオニーは全く反省することも無く、楽しげに言い返した。


「いいじゃないか覚えやすくて。メイド達にも好評だぞ」


それに対して、大きく溜息ひとつ。


「ペット自慢のために呼んだのではないでしょう?」

「おー、そうだった。お前に話があるんだ、ガイラルディア」


やっと思い出したのか皇帝はルークの後ろにいたガイに向かって声をかける。


「ホド島が消滅したとき、ガルディオス伯爵家の者は皆死んだことになっていたはずだが…」


皇帝のその言葉に、ガイは前に出るとその場に跪いた。


「申し訳ありません、本来なら領地を預かる伯爵家の者として皇帝陛下の下へはせ参じるべきところ、私情に走り長く職務を放棄したことどのような責めも覚悟しております」

「ガイ!」


ルークは慌てて声をあげるが、ピオニーが短く笑い声をあげた。


「ははっ、責めてるわけじゃないさ、お前にも色々事情があったんだろ? それにガルディオス伯爵家の財産や権利は国庫に預けられているが…、お前が望むなら爵位を戻すことも可能だぞ」

「ええっ、ガイが伯爵様に!?」


爵位が戻る=玉の輿。
アニスは喜びの声をあげるが、ガイは渋い顔で「いえ…」と言葉を紡ぐ。


「勝手であることは十分承知しておりますが今の俺にはやるべきことがあります…ルーク達と一緒に」

「えー…もったいない…」

「アニス」


アニスの落胆振りに、ティアが呆れたようにたしなめた。


「まぁ、お前がそれでいいなら今はいいさ。俺の話は以上だ」


そういうとガイは少し嬉しそうな笑みを浮かべた。


「有難うございます、陛下」

「ガイラルディア様」


アスランを抱きしめたまま、フィルは外に声をかけると、彼は跪いたまま振り返る。


「もし、貴方が戻られるというならば、私もその時は貴方に再度この剣を捧げましょう」

「フィル……ありがとう」


笑みをこぼして立ち上がるとガイはそう言った。
だが、その一言に、ピオニーがくくっと喉で笑う。


「なんだなんだ、フィルはアスランからガイラルディアに乗り換えたのか?」

「ち、違います!なんでそうなるんですか!」


すでにモロバレのフィルの片思い相手。

まさか、皇帝にまで話がつきぬけになっているのか、と仲間たちは再び呆気に取られるのだった。



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