皇帝の部屋を後にすれば、ふぅと息をひとつ吐く。
ガイのことがピオニーに知られていた。
それは、予測外のこと。
でもきっと…悪い気にはしないはず。
そう己の心とピオニーを信じてフィルは家へと向かった。
屋敷の前まで来ると、フリングスがちょうど出てくるところだった。
「将軍!」
「フィル」
声をかけて駆け寄ると、フリングスは笑顔で答えてくれる。
だが、少し気恥ずかしそうな彼を見て、執務室でのことを思い出す。
「あの…、本当に心配かけてすみませんでした」
「いや…、君が謝ることじゃない。怪我をしていたというのに…責めてすまなかった」
反対に頭を下げてくるフリングス。
フィルは慌てて、頭を上げてくださいと言った。
「もとはといえば、わたしのドジが原因ですから。気にしないでください。 それより…ルーク達には…?」
「もう伝えたよ。今、導師イオンの解呪が終わったところだ」
「そう、ですか」
ではきっと、ガイはルーク達に打ち明けていることだろう。
自分のこと、ホドのこと、そして復讐のこと…
「それじゃあ、わたしは彼らを謁見の間まで案内しますから将軍は先に」
「ああ、それじゃあまた後で…」
フィルはフリングスにそう告げると、軽く頭を下げて屋敷の中へと入っていった。
***
久しぶりに帰ってくる我が家。
我が家といっても、義祖父のマクガヴァンが買って与えたものだ。
軍人になってセントビナーの駐在よりもグランコクマでの任務を選んだ自分に対し、
女の1人暮らしは危険だという理由で、メイドや兵士を入れられて、中流貴族並みの屋敷に住むことになった。
「おかえりなさいませ、フィル様」
「ただいま、お客人は客間かな?」
「ええ」
メイドがそう頷くと、フィルは客間へと足を運ぶ。
そして、近づくに連れて声が聞こえてきた。
『俺はホド生まれなんだよ。 で、俺が五歳の誕生日にさ屋敷に親戚が集まったんだ。 んで、預言士が俺の預言を詠もうとした時、戦争が始まった』
ガイの声だ。
だが、その声には小さな震えが混じっていた。
そして、その戦争の名をティアが口にする。
フィルはそっと客間のドアに手をかけた。
『ホド戦争……』
『ホドを攻めたのは確かファブレ公爵ですわ……』
『そう、俺の家族は公爵に殺された。家族だけじゃねぇ』
「使用人もご親戚も…皆殺されました」
中に入ってきたフィルに気付かなかったのか、仲間たちが一斉に振り返った。
「フィル…」
「彼は、ガイの大事なものを笑いながら踏みにじった。 ……だから主は、公爵に自分と同じ思いを味あわせてやるつもりだった」
ガイの言葉を代弁するようにフィルは流れる口調でそう言う。
そして、フィルが悲しげに笑うと、アニスが静かに口を開く。
「……主って…」
「そう、わたしもホド生まれなの。それも、ガイに仕えていた兵士長の娘」
「仕え……?」
ルークやアニスが分からないといった顔でフィルを見るので、フィルはそっとガイを見やった。
「貴方様が公爵家に入り込んだのは復讐のため…でしたよね? ガルディオス伯爵家、ガイラルディア・ガラン様」
その言葉に、全員が唖然とする。
そして、ガイは苦笑したままだったが、何も言わない。
沈黙は肯定の意味…。
だが、それにルークが「なら!」と言葉を上げた。
「やっぱガイは俺の傍なんて嫌なんじゃねぇか? 俺はレプリカとはいえファブレ家の……」
「そんなことねーよ。そりゃ、全くわだかまりがないと言えば嘘になるがな」
「だ、だけどよ」
「おまえが俺についてこられるのが嫌だってんなら、すっぱり離れるさ。 そうでないなら、もう少し一緒に旅させてもらえないか? まだ、確認したいことがあるんだ」
ルークが悲しげにそう言うが、ガイはしっかりとした目で彼を見る。
決意の中にやさしさが現れる彼の眼に、ルークは静かに頷いた。
「……わかった。ガイを信じる。いや……ガイ、信じてくれ……かな」
「はは、いいじゃねぇか。どっちだって」
ルークの言葉を、ガイが笑って雰囲気を和ませる。
そして、それをきっかけに部屋内にできていた緊張が解けていった。
「よかった。お二人が喧嘩されるんじゃないかってひやひやしてました」
「ほんとですよぉ、まったく世話がかかる人たちですよねぇ」
イオンが安堵の笑みを浮かべ、アニスがちゃかすように言う。
そして、それをティアとナタリアが微笑んでいた。
そんな中、フィルは小さく息を吸い「ガイラルディア様」と声をかけた。
「ピオニー陛下が謁見後お会いしたいと言ってました」
「陛下が…?」
「ええ、たっぷり絞られてきてくださいな」
にっこりときらびやかに笑うフィルに、ガイがうっと言葉を詰まらせる。
「ピオニー陛下が…ってことは、ガイの正体を知っていたってことか?」
「そうだね、ルーク。まったく…大佐まで知ってたんだからね。 報告中、本当心臓に悪いったらありゃしない…」
疲れた、と肩をまわすフィルだったが、仲間たちはジェイドが知っていたということに対して、「あのおっさん…やっぱり…」と呆れた表情をしていた。
「あの、フィル…」
「何?ナタリア」
「フィルは…、その…復讐しようとか思わなかったのですか?」
ナタリアの意をついた問いに、フィルは驚いた。
まさか、自分まで問われるとは思ってもいなかったのか、困ったように笑うと腰に手を当てた。
「……最初は、ね。わたしも本当の家族を亡くしてるから…。 もし、あの時カースロットをかけられていたのがわたしなら、わたしもきっとルークを狙った」
静かな声音で話すフィルに、ルークは悲愴な顔をする。
「でも、わたしも大人だもの。たとえ復讐したとしても、失った者は戻らない。 だから、前に進むことにした。これってね、ルークに会ってからなんだよ、そう思えるようになったの」
「俺…に会ってから?」
「そう、ルークの考え方とか見てるうちに、どうでもよくなったというか…」
「えー!あの我侭お坊ちゃまなルークに!?大丈夫?フィル、病院行ったほうがいいんじゃない?」
「アニス……」
いい話の途中で、アニスが腰を折ったせいで完全に話が途切れた。
そして、あははと乾いた笑いが出る中、フィルはふぅと息をつく。
「…まぁ、アニスも大人になればわかるんじゃないかな?」
それだけ言ってその場を流すと、フィルはごほんと咳払いをする。
「さて、陛下がお待ちかねよ。城へ行きましょう」
そう促すと、仲間たちは力強く頷き、フィルの屋敷を後にした。
【フィルは『ホドの生き残り』の称号を得ました】
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