陛下とご対面


フリングスと再会を果たした後、2人は少しばかり赤い顔のまま皇帝の執務室へと向かった。

人前で、……しかも軍基地前プラス城前でしてしまった抱擁。

恥ずかしさばかりが身につもり、執務室に行くまで2人は会話が出来なかった。





マルクト皇帝の執務室。
少し緊張した面持ちで扉をノックすると、中から「入れ」と短い答えが返ってくる。

失礼します、と断ってから中に入ると、そこにはピオニーが上質な机で肘を突いて手を組み座っていた。
そして、その傍らには大佐であるジェイドが控えている。

一般の人なら、彼らの威圧に耐えられずその場で固まることもあるだろう。


だが、フィルはつかつかとピオニーの前で出ると軽く頭を下げる。


「第三師団所属、フィル・アイラス少佐…ただいま帰還いたしました」


そう言って頭を上げると、ピオニーは頷いて笑み返した。


「ああ、無事のようで何よりだ」

「いえ、ご報告が遅れて申し訳ございません」


申し訳なさそうなフィルの口調。
そして、ジェイドは眼鏡の位置を直すと、フィルへと語りかけた。


「私達よりも到着が遅れた原因は先ほどマクガヴァン将軍からの手紙で知りました」

「アグゼリュスでの怪我はもう大丈夫なのか?」


ジェイドに続いてピオニーにそういわれて、フィルは苦笑する。
だが、それを聞いて驚いたのはフィルの背後で控えていたフリングスだった。


「(彼女が怪我をしたなんて知らなかった……)」


それなのに、自分は先ほど彼女を責めてしまったと、心で深く後悔する。


そして、フィルは軽く首を振ると「大丈夫です」と静かに答える。

その答えを聞いて、ピオニーは満足そうに笑うと、ふぅと肩の力を抜く。


「まぁ、怪我が治ったなら良かったな。まったく、お前やジェイドがアグゼリュスで行方不明と聞いた日にゃあ、心臓が止まるかと思ったぞ、なぁ?アスラン」

「え、ええ…。しかし、陛下はカーティス大佐と少佐が生きているということを、信じておられたでしょう」


急に話を振られて、フリングスは少し戸惑うがそうはっきりと告げる。


「当たり前だ、ジェイドは殺しても死なない奴だからな」

「いやですねぇ、人を化け物みたいに呼ばないでください陛下」


けらけら笑う皇帝に、大佐は冗談を返す如く軽く答える。
そして、ジェイドに向けられていたピオニーの目はフリングスとフィルへ交互に向けられると、にやりと笑った。


「それにな、フィル。俺もお前が死んだなんて思わなかったし、そこにいるアスランもそうだぞ」

「はい…?」

「へ、陛下!」


突然のピオニーの言葉に、フリングスが慌てて制すように言い、当のフィルはきょとんとしていた。

だが、ピオニーの言葉はフリングスの制止も利かず続けられる。


「死んだって聞いたときは顔真っ青で、キャパシティコアを握り締めてたんだぜ? あのコア、フィルがやったんだろう?」

「た、確かにコアをお渡ししましたが……、しょ…将軍がですか…?」


嬉しいやら恥ずかしいやら。
君主に思い人の様子を語られると、フィルは驚きふと後ろを振り返る。

振り返った先に見たものは、フリングスの真っ赤な顔。
片手で顔を覆い隠し、少し肩を落としながら「陛下…」となくなく呟いていた。


「良かったですねぇ、フィル」

「はい、良かっ――って、うええ!?いや、そのっ…!」


ジェイドの背後からの言葉に、フィルは思わず頷こうとしたが慌てて首を振る。

死んだことを悲しんでくれていたという事実を喜ぶなんて不謹慎だ。

でも、顔がにやけていくのを止めることはできない。

フィルの顔がだらしなくなっていく中、フリングスは強引に話題を変えようと前に出た。


「そ、そういえば陛下!ルーク殿達の謁見はいかがいたしましょう?」


そう強く言うと、ピオニーもそういえばと片眉を上げて椅子にふんぞりかえる。

そして、腕を組んで顎に手を添えた。


「さて、どうするかな…、とりあえず大体の状況はジェイドに聞いたし、そいつらからも話を一応聞いておいたほうがいいな。よし、アスラン…彼らを謁見の間へ連れてきてくれ」

「分かりました」


ピオニーが皇帝の顔でフリングスに指示を出すと、フリングスは返事をしてその場を去っていく。

そのスピードが異様に早いのは、早くその場から逃げたかったからだろう。

そんなフリングスの行動を楽しげにピオニーが見送る。


「……陛下、あまり将軍をいじめないでくださいね?」

「おいおい人聞きの悪いこというなよ。俺はお前に協力してやってんだぜ?」

「あれを協力と言いますか…」


確かに嬉しかったけど、と複雑な思いのフィル。
それをジェイドが楽しげに付け足した。


「協力というより玩具を見つけたっていう感じの顔になってますよ」

「さっすが俺の幼馴染。ばればれか?」

「ばればれです」

「って、やっぱり遊んでるんじゃないですか!」


相変わらずの皇帝の軽い部分に、フィルはずびしっとつっこみをいれる。


「私もルーク達を迎えに行きますから、謁見のときはちゃんと話聞いてあげてくださいよ!?」


自分の恋を玩具にされた気分で、フィルは少し怒りながらそう言うと、その場を去ろうとするが、背後から「待て」というピオニーの言葉に、足を止めた。


「そういえば、フィルにはもう一つ聞きたいことがあったんだ」

「……将軍のことなら答えませんよ?」


ぶすっとした顔で振り向くフィルにピオニーが「違う違う」と笑って言う。
そして、生真面目な顔になると、はっきりとした口調でこう言った。


「ホドの生き残り、ガイラルディア・ガラン・ガルディオスが生きているというのは本当か?」

「っ!!」


むくれていたフィルの顔が、驚愕の表情へと変わる。
そして、それが答えか、と言わんばかりのフィルの表情の変化にピオニーは見逃さなかった。

しばし黙るフィルだったが、おずおずと口を開く。


「確かに…生きてらっしゃいます。そして、現在、ガイラルディア様は、神託の盾の烈風のシンクによりカースロットを受けた為、ルーク達と一緒に私の屋敷で療養してます。ただいまイオン様が解呪にあたってますが、もしお呼び出しを去れるならば、それが終わってからが良いかと…」

「なるほど、俺に黙り通すつもりはなかったんだな」


ピオニーの言葉に、フィルは体をむき直す。


「隠し通していても、いずればれるでしょう。大佐は気付かれてたみたいですが…」


ちらりと視線をジェイドに向ければ、ジェイドはふっと笑った。


「彼の剣技は見たことがありましてね、確か…アルバート流。ホド独特の盾を持たない剣技です」


上司の答えは確かに正解だった。

ばれていたのなら、せめて自分には話してくれれば良かったのにと、フィルは小さく溜息をつく。
そして、ピオニーがガタッと椅子から立ち上がると、フィルに言った。


「謁見が終わり、解呪が終わり次第、俺の部屋に来るように言ってくれ」

「かしこまりました、陛下」


皇帝の命令に重々しく礼をすると、フィルは今度こそ彼の部屋を後にした。



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