ガイを背負ったルーク達を連れ、フィルはグランコクマへ足を急がせる。
どうして、ガイがルークを狙ったのか…
そして、ガイは目を覚ますのか…
そんな不安がよぎる中、もう眼の前は街が迫っていた。
水の首都グランコクマ。
街全体に水が通るようにしており、透き通るような小川や大きな噴水。
そして、その街を守るように覆う水の滝。
それ目当てで首都に来る観光客も少なくないだろう。
グランコクマに入ると大勢の兵士の出迎えがあった。
ジェイドがグランコクマにすでに入っているならば、彼らはルークたちに剣をむけたりはしないだろう。
そして、テオルの森にいた兵士達も彼らの登場に少し驚いてた。
フィルは何事だろうか、と思いながらガイを背負うルークを気遣う。
そんな時だった。
「フリングス将軍!」
そばにいた兵士がそう叫ぶ。
フィルは驚いて顔をあげると、兵士達の中に銀髪の将校が微笑んでいた。
「しょう…ぐん…」
「ご苦労だった。彼らはこちらで引き取るが問題ないかな?」
「はっ!」
フィルが唖然としている中、フリングスは兵士に声をかけて彼らにテオルの森に戻るよう指示する。
そして、兵士たちが去っていくのを見送ってからフリングスはルークたちに歩み寄った。
「ルーク殿ですね。ファブレ公爵のご子息の…」
「どうして俺のことを……!」
実際、以前会ったことはある。
だが、名前まで明かしたことがないはずなのに、とルークは困惑するがフリングスは優しく語りかけた。
「カーティス大佐から、あなた方をテオルの森の外へ迎えにいって欲しいと頼まれました。その前に森へ入られたようですが……」
「将軍、彼らを責めないでください!彼らは――」
フィルが慌てて声をあげるが、ティアはスッとフィルを制すように左腕を出した。
「すみません。マルクトの方が殺されていたものですからこのままでは危険だと思って……」
「いえ…お礼を言うのはこちらの方です。ただ騒ぎになってしまいましたので皇帝陛下に謁見するまで皆さんは捕虜扱いとさせて頂きます。たとえ、アイラス少佐がその場にいたとしても…」
「っ………」
フリングスの視線に、フィルはぐっと唇をかみ締める。
たとえ、自分がいたとしても、彼らが騒ぎを起こしたのは間違いない…
そして、それに自分が加わっていたとしても。
だが、そんな中ルークは顔を振ってフリングスに向かって口を開いた。
「そんなのはいいよ!それよかガイが!仲間が倒れちまって……」
「彼はカースロットにかけられています。しかも抵抗できないほど深く冒されたようです。どこか安静にできる場所を貸して下されば、僕が解呪します」
イオンが前に出てガイの症状を伝えると、ルークはすがる様にイオンを見た。
「おまえ、これを何とかできるのか?」
「というより、僕にしか解けないでしょう。これは本来導師にしか伝えられていないダアト式譜術の一つですから」
「わかりました。城下に宿を取らせ―――」
「私の家へ彼らを連れて行きます」
フリングスの言葉を遮るように言ったのは、少し沈んだ表情のフィルだった。
顔は曇っているが、目はまっすぐにフリングスを見上げている。
「ここにはイオン様もいらっしゃいますし、私の屋敷でしたら兵士やメイドもいます。彼らに滞在をしてもらうには、ちょうどいいかと思いますが…」
「……分かりました。それでは、アイラス少佐にお願いしましょう」
しばらくフィルを見つめたが、ふぅと小さく息をつくとフリングスは渋々了承する。
そして、イオンへと向き直った。
「それでは、陛下への謁見は……」
「皇帝陛下にはいずれ別の機会にお目にかかります。今はガイの方が心配です」
「では、イオン様と…それとアニスもかな?兵士にわたしの家まで連れて行くよう言うから、好きなように使ってください」
フィルがそう言うと、イオンとアニスはこくりと頷いた。
そして、兵士に向かって指示を出すと、ルークが「俺も一緒に…」と声をあげるが、イオンは珍しく厳しい表情でルークに言う。
「……ルーク。いずれわかることですから今、お話ししておきます。カースロットというのはけして意のままに相手を操れる術ではないんです。」
「どういうことだ?」
「カースロットは記憶を揺り起こし理性を麻痺させる術。つまり……元々ガイにあなたへの強い殺意がなければ攻撃するような真似はできない。……そういうことです」
「……そ、そんな……」
イオンの説明に仲間たちが驚愕する。
そんな彼を見て、フィルは静かにルークたちを見ていた。
「解呪が出来るまで、貴方はガイに近寄ってはいけません」
それだけを告げると、イオンはアニスと兵士を連れて去っていった。
その背中を見ながら、呆然とした表情をしたルークはぐっと拳を握り締める。
そんな彼を見て、フィルは「ティア…」と彼の少し後ろに立っていた彼女へと声をかけた。
「わたしは、軍の報告とかあるからここで分かれるけど…」
「あ、そうよね…」
「良かったら、町の中でも見てまわって。そのほうが落ち着くかもしれないから…」
よろしくね、とそれだけ告げてフィルは軍基地の方へと歩き出す。
それに、フリングスも彼らに軽く頭を下げるとフィルの後を追った。
***
軍基地の前の噴水の近くで、フィルは足を止めた。
すると、それと同時にフリングスも歩みを止める。
フィルはスッと振り返ると、深々と頭を下げた。
「申し訳ございません、テオルの森での騒ぎ…自ら大きくするようなことをしてしまって…」
「それは、私に謝ることではないだろう?」
「……」
フリングスの落ち着いた声音に、フィルは中々頭を上げることができなかった。
ぽんっとフリングスの手がフィルの肩に置かれる。
「それに、済んでしまったことは仕方が無い。先ほどはああ言ったが…実際彼らが神託の盾(オラクル)を退けなかったら、もっと被害が出ていたはずだ」
「………はい…」
そう言われフィルはスッと頭を上げるが、目は伏せたまま。
あわせる顔がないというのは、ほんとこういうことを言うのだろう。
「神託の盾(オラクル)がどうしてテオルの森を襲ったのか…、本当はその報告を受けなければいけないが…―――」
ふとそこで言葉を途切らせるフリングスに、フィルはおずおずと顔をあげた。
「将軍……?」
「……それよりも、まずは先にこれを言うべきだったね」
フリングスがふわりとフィルの後頭部に手を添える。
そして、もう片方を彼女の腰にまわすとぐっと引き寄せた。
「しょ…――!!」
「本当に…無事で良かった…」
ぽつりと耳元で囁かれたその言葉。
先ほどの厳しい表情のフリングスからは想像できないくらい優しくて。
ただ、背中と頭にまわされた腕に力がこもっていて…
それがかすかに震えているのも分かる。
「(ああ…わたし…こんなにこの人に心配かけてたんだ…)」
ある意味のんきな気持ちで本部への報告を思っていた。
自分が死んだと思われているなんてことも知らなかった。
「心配を…おかけしました…」
フィルはそっと目を閉じると、フリングスの体に身を任せた。
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