なんだかんだでベルケンドについたフィル達。
「じゃあね、フィル。フリングス将軍によろしく」
「だから、将軍は関係ないってば!」
「フィル、結婚式には呼んで下さいな」
「け、けけけ結婚なんて…何を考えてるんですか!ナタリアっ」
アニスとナタリアのからかいに負けじと言い返すが、フィルの顔を赤く染まったままだった。
実際、ナタリアの場合は本気だったりするから尚更性質が悪い。
ごほんっと咳払いをして平静を装うとフィルはジェイドとイオンへと向き直り敬礼する。
「それじゃあ、大佐。ご帰還お待ちしてます。イオン様、お体にお気をつけて…」
「ええ、任せましたよ」
「フィル、ピオニー陛下によろしくお伝えください」
「かしこまりました、イオン様」
にっこりと笑って返事をして、今度はガイへと顔を向ける。
「……ガイ殿」
「『ガイ』でいいよ、これで最後ってわけじゃあないだろう?」
ガイが肩をすくめてそう言うので、フィルはきょとんとしたがすぐに笑顔に戻る。
「ガイ、またお会いできるのを楽しみにしてます」
「ああ、俺もだ」
本来ならここで握手をしたいものだが、相手は女性恐怖症。
フィルは手を出したのを我慢して、変わりに笑顔を送った。
そして、ケセドニア行きの船に乗り込もうと皆に手を振って背を向ける。
軽く肩越しに振り返ると、アニスとイオン、そしてガイも手を振り返していた。
その彼らの後ろにいたアッシュ…。
自分に背を向けたまま、腕を組むその姿は今は気を失っている赤い髪の青年を思い出す。
フィルは苦笑すると、そのまま船へ乗り込んだ。
***
ケセドニア経由でグランコクマ行きの船へ乗る。
そして、グランコクマに着いたら皇帝と軍上層部に報告をする。
それが、ジェイドより先に帰る目的だったが、ケセドニアについたフィルは目を見開いて固まっていた。
「………『グランコクマ船…現在船の点検と修理の為運行休止中』……」
なぜ、こんなに自分は運がないのだろうかとがくしと肩を落とす。
そうなると、とりあえずマルクトの領事館へ向かって報告書だけでも先に送るしかないと思い領事館を目指すが…
「『現在領事館、改装中のため不在』……だぁ?」
ぴきっと額に青筋がたつ。
そして、その張り紙を破り捨ててやりたくなる衝動に駆られたが、伸ばした手をぐっと握り締めて思いとどまった。
「どこを、何を、改装してるんだっつーのっ!」
本部に戻ったら覚えてろよ、と某ツインテールの少女並みの声の低さで呟くと、
フィルは領事館の扉に背を向けた。
領事館は誰もいない、船は運休…
「きっと呪われてるんだ…、わたし……」
とぼとぼと影を背負いながらフィルは歩き出す。
グランコクマまで歩くしかない。
覚悟を決めてフィルがマルクト側の出口へと歩き出すと、そこに馬車が停まっているのが見えた。
「もしかして、歩かなくても良い…?」
かすかな期待を胸にして、フィルは馬車の業者らしき男性に声をかけた。
「この馬車はグランコクマまで行きますか?」
「ああ、もちろん。軍人さんも乗られるかい?」
「はいっ!」
業者に問いかけられて、フィルはぱぁっと顔を明るくすると元気よく返事をした。
ああ、これで歩かなくて済むし、歩くよりも早く着くだろう。
フィルはいそいそと馬車に乗り込むと、座席に腰を下ろした。
椅子は少々硬めで、長く乗っていれば確実にお尻が痛くなるだろう。
それでも構わない、動き出した馬車にフィルはスッと目を閉じた。
**
夢を見た。
大きなお屋敷で、自分は主の5歳の誕生日パーティに来ていた。
主君と歳が近いということで、主君と自分は仲が良くて、ある意味友達のようで。
誕生パーティにわたしが現れたことを、彼は本当に喜んでくれた。
父としては、警護の一環としてわたしを連れてきたのだろう。
将来、彼のそばで彼を守る役目に就く者として、彼の身内や親戚の顔を覚えておかなければいけない。
こういうときがないと、中々親戚同士は集まらないからだ。
誰が、いつ敵にまわっても、すぐに行動が取れるように…――
集まった人々ひとりひとりを警戒しながらわたしはそれに参加した。
パーティも終盤に近づき、ようやく主の1年の預言の読み上げが始まる。
淡々と読み上げる預言者の言葉。
紡がれていく言葉に、皆が耳を傾けていたそのときだった。
急な爆発音が聞こえ、その後に襲い掛かったのは爆風と熱風。
庭に集まっていた人々は恐怖で悲鳴をあげて散っていく。
煙で視界が悪くなったその向こう側で、鎧の動く音が聞こえる。
そして、視界が晴れたところに現れた光景に、わたしは息を飲んだ。
その鎧は見たこともないもので、明らかに主人の屋敷の者ではない。
それに、彼らが手にした剣には血がこびりついていた。
そして、その場に倒れている体に大きな傷を残し、血を流して動かない正装をした貴婦人たち…
「ーーーーーーーーっっっっ!!」
声にならない悲鳴をあげた。
震えて力が入らない体は、ぺたりと地面に尻をつき、そして、眼の前で振り下ろされる剣を…
ザンッ!
「う、ああああああああああっ!!!」
がばっと声と共に身を起こすと、そこはベッドの上だった。
荒い息を繰り返し、ぎゅっと胸元を握り締める。
目を見開いて、脂汗が流れる額を袖でぬぐうと、フィルは深く息を吸い込んだ。
「……今のは…夢?」
血のにおいと火薬のにおい。
人の肉がこげるにおいと、人々の恐怖に怯える悲鳴。
全てがリアルだったその夢は、間違いなく自分の過去に起きた出来事だ。
ぐっと手に力を込めると、指は動く。
そして、体へと視線を落とせば、あの時振り下ろされた剣の跡の端が右肩に見えた。
袈裟懸けに斬られた傷は、未だこの体に残っている。
それなりに薄くなったとはいえ、あのときの憎悪と恐怖は未だ消えない。
もう一度深呼吸すると、突然聞こえたノックの音にフィルは思わずすくみあがった。
静かに開かれた扉から顔を出したのは、養父だった。
「と…さん…」
「どうした?今、悲鳴が聞こえてきたんだが…」
あの事件の後、自分を拾って育ててくれたグレン・マクガヴァンの姿を見て、フィルはホッとしたのか肩の力を抜いた。
「夢を…見たんです…」
「……どんな?」
「ホドが…滅んだときの……」
言葉にすれば胸に突き刺さるような感じで、涙が出そうになる。
そんな義娘の気持ちを汲んだのか、グレンはそばによると優しく頭を撫でた。
そこで、ふと気付く。
いつも高いところでくくられた髪は、いまや下ろされており長い髪は肘に当たっている。
「……そういえば、ここに父さんがいるってことは…――」
「覚えていないのか?」
怪訝そうな顔をする養父に、フィルは首をかしげる。
「辻馬車に乗ったところまでは覚えてるんですけど…」
「その辻馬車の業者がお前をここに連れてきた。何事かと思って言ってみれば、お前は顔を真っ青にして傷口から血を流してるんだからな…、さすがに、驚いたぞ」
「へ?」
それこそ覚えの無いことだ。
馬車に乗ったときは、ものすごく元気だったはずなのに…。
だが、傷といえば覚えはある。
アグゼリュスから落ちたときの傷が未だ癒えてなかったのだろう。
ティアやナタリアからの治療もそこそこで切り上げていたというのもあり、
また、ユリアシティでもルークのそばでずっと看病をしていた為、休息を取っていない。
そこで、馬車に乗ったという安堵感が急に体に異常をもたらせたのだろう。
気を張っていれば、いくら危うい状態でも乗り越えることが出来る。
だが、気を抜けば普段命にかかわらない状態でも、危険にさらされることがある。
「……すみません、迷惑をかけました…」
「いや…、3日も目を覚まさなかったんだ。何か欲しいものでもあるか?」
「そうですね…じゃあ―――」
ふとそこで言葉を止める。
今、グレンは何と言った?
「…………父さん」
「なんだ?」
「今、三日間って言いましたよね?」
「ああ」
「………………………………………………………………………………」
グレンが頷くのを見て、フィルはにっこりと笑うとガバッとベッドから飛び降りた。
「フィルっ!」
「こんなことしてる場合じゃない!早くグランコクマ戻らないと大佐に殺されるぅっ!」
悲鳴に近い声で叫ぶとフィルは、養父の背中を押して部屋から追い出そうとする。
「ま、待て!いくら任務があろうと今は体を休めるのが先決……」
「普段、休む暇があったら任務をこなせ、と言っていたマクガヴァン将軍が何を言ってるんですか! わたしならもう大丈夫!というわけで、着替えるので出て行ってくださいぃぃぃぃ」
ばたんっ がちゃ
グレンを部屋から追い出して、鍵を閉めるとフィルはよしっと手を払う。
扉の向こうからグレンが扉を叩いて自分の名を呼ぶが知らんふり。
とにかく着替えて、グランコクマに戻らなければ!という気持ちだけでフィルは行動を開始した。
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