涙の責任



崩壊していく町の中、


ジョンだけは守らなければいけない。

そういう思いで、わたしは彼をぎゅっと抱きしめた。


悲鳴と轟音が耳につく。

そして、頭に衝撃を受けわたしは地面へと倒れた。

ジョンやパイロープさんがわたしを呼ぶが、脳への衝撃を受けたわたしは返事が出来ない。

ただ、薄れ行く意識の中、わたしは大好きなあの人の笑顔を思い出した。



ケセドニアで別れたあの人。


今は別の任務についていることだろう。


「(結局…告白できなかったなぁ…)」


でもいい。
自分がこの任務についたおかげで、彼がこの任務につくことはない。

彼が…死ぬことは無い。



なぜかそう思うと安心してしまって、わたしは意識を閉ざした。




**



ふと目を覚ましたのは見覚えのある天井。
そして右を見れば、これまた見覚えのある部屋。


体を起こすとギシっと痛む体。

どこか折ったりしたのだろうか?
起きかけの頭を回転させながら、フィルがしばらくぼうっとしているとやっと脳裏の靄が消え、ハッと自分の手を見る。

少しだけ指を動かしてみれば、それは難なく動く。


「………生きてる?」


あの災害の中、どうやって自分は生き残ったのだろう。
そして、先ほど痛んだ場所を見れば綺麗な包帯が巻かれていた。

自分を助け、そして治療まで出来た人物とは一体…。



「(……それに…ここってタルタロスの中じゃない)」


フィルがもう室内を見ると、見覚えのある部屋だと思ったのはつい先日まで自分が乗っていたからだ。

どうしてここにタルタロスがあるのか?

頭の中では分からないことばかりがぐるぐる回っていて、整理がつかない。
フィルは一度深呼吸をすると、ベッドからゆっくりと降りる。

少し動かしただけで、痛みが走る。
だが、それでも状況を整理したかった。

フィルは慣れた部屋を出ると、廊下の奥を見つめる。


行き先は、艦橋だ。
もし誰かいるのならば、そこが考えられるだろう。


フィルは痛む体を支えながら歩くと、奥から人の話し声が聞こえてきた。


敵だった場合いつでも迎え撃てるように、警戒体勢を取る。
そして、見えてきた声の主にフィルはふと肩の力を緩めた。


「……アニス、ナタリア…ティア…」

「フィル!」

「貴方、どうしてこんなところにいるんですの!?」


フィルの姿を見て驚いたのかティアとナタリアが声をあげる。
そして、アニスが慌てて近寄るとフィルの体を支えた。


「何やってんの、早くベッド戻らないと…――」

「いや、ちょっと現状把握したくて出てきたんだけど…もし敵船だったらマズイし」


アニスの焦った声に、フィルが苦笑して答える。
そして、仲間たちは顔を見合わせると呆れたような表情をした。


「それより…なんでわたし生きてるの…?それにみんなも無事みたいだし」


小さく首をかしげて問いかけると、アニスは目を吊り上げた。


「そう!そうなの!聞いてよ、フィル!」

「アニス、ここで話すくらいなら部屋戻ってから――」

「いいよ、ティア。今聞きたいから。話して、アニス」


身を乗り出して話そうとするアニスだったが、ティアが止めようとするのをフィルは大丈夫だからと、続きを促した。
ナタリアが、「せめて座ってくださいな」というので、フィルはしぶしぶその場に腰を下ろす。

そして、アニスから聞く。
あの災害の真実を――








***




「まさか……ルークが…」


話し終わった頃には、フィルは信じられないといった顔で三人を見ていた。
だが、それは本当の話らしくナタリアが首を振った。


「信じられないのも無理ないですわ。わたくしだってこの目で見ていなかったら疑ってましたもの」

「ええ、それにフィルが生きていたのも奇跡のようなものよ。わたしたちはユリアの譜歌でなんとかなったけど…」


実際、フィルはティアたちと同じく残った地面の上で倒れていたらしい。
この子だけは、と胸に抱いていたジョンはやはり衝撃に絶えられず事切れていた。

だが、フィルはかすかに息をしており急いでタルタロスに運んだのだった。


「それでね、フィル。ルークってほんと馬鹿なんだよ!あれだけのことを犯したのに、『俺は悪くねぇ』とか言ってるの。ほんと、呆れちゃうよねー」


肩をすくめて少し怒りを含んだ口調でアニスは言った。


「さすがに、大佐もガイも呆れ果ててたよ」

「昔は、あんな人じゃなかったのです。本当に記憶を失ってから…別人のようで」


アニスに続いてナタリアも目を伏せて呟くように言う。
ティアも、フィルに治癒譜術をかけながらも表情は暗かった。


「………一度…ルークと話をしてみる」

「ええっ!?」


急にそう言い出したフィルにアニスは驚いて声をかける。


「やめときなよ!あいつ、きっとフィルにも自分は悪くないんだって縋ってくるに決まってる!」

「今は…、一人にした方がいいと思うわ」


ティアも静かにそう言って、フィルを止めようとするが、フィルはスッと治療の最中だというのに立ち上がった。


「みんなはさ、ルークが悪くないって言うけど…―――」


立ち上がって苦笑いを浮かべながら、三人へと顔を向ける。


「ルークが、それを言えないような状況を作ったのはわたしたちだと思うよ?だから、彼だけを責めるのはおかしいと思う」


みんなの気持ちもわかるけどね、とぽつりと呟くと、フィルは少し良くなった体になった為か、静かな足取りで甲板へと向かっていった。






***




甲板をあがっていけば、そこには一人膝に頭を埋めて座っているルークがいた。
真っ赤な髪が床に垂れている様子は、どこか寂しげで…

フィルはそっとそばに寄るとルークに声をかけようとしたが、ミュウが先に気付いて声をあげた。


「フィルさんですの!」

「ああ?」


ルークがふと顔をあげるとフィルと目が合う。

ルークは驚きとそして悲しみの表情になりすがる様な目でフィルを見ていた。
その表情にはかすかに涙の跡が残っていてフィルは眉尻を下げて困ったように笑う。


「ルーク、どうしたの?」

「フィル………」


ただ自分をじっと見て、口を動かすが言葉にならないルーク。
そんなルークの隣にフィルは座って、外を見つめた。


「すごいね、これ魔界でしょ?」

「あ……ああ……」

「わたしたちが住んでいた下にこんなものがあるなんて…驚いちゃった」

「…………」


ただの世間話に乗れるような状況じゃないか、とフィルは改めてルークの心境を思いなおし息をついた。


「聞いたよ、みんなに」

「…………」


その言葉に、ルークがフィルから顔を背けた。
よほど話を出されて欲しくないのだろうか。

フィルはそんな彼に構わず話を続ける。


「『俺は悪くない』…、本当にそう思ってる?」

「……だ、だって…俺は悪くねぇ…、師匠が…やれって…――」

「ルーク」


もう一度仲間たちに向けた言葉を言おうとするルークに、フィルは静かに嗜める。

それが胸に来たのか、ルークはぐっと言葉を詰まらせた。


「君は、わたしが言ったこと忘れちゃったのかな?『貴方は一人じゃない』っていうの」

「忘れて…なんか…」

「そうなの?じゃあ、どうしてわたしたちに話してくれなかったの?」


静かに、静かにただ問いかけてくるフィルにルークはおずおずと口を開く。


「………師匠に…誰にも話すなって言われて…、俺にとって師匠は優しくて…、師匠は俺の言うことをなんでもきちんと聞いてくれて…、たった一人の信じれる人だったんだ…」

「うん…」

「だから、みんなに話せなかった…」

「そっか…、ルークにとって大切な人だったんだから…約束を守りたかったんだね?」

「ああ…、師匠…俺に関する預言を知っていた」

「……どんな?」

「俺が、キムラスカを繁栄に導くっていう預言の続き…『若者は力を災いとしキムラスカの武器となって』っていうやつだ。これを教団の上の方では 俺がルグニカ平野に戦争をもたらすを考えているらしくて…。ユリアの預言は今まで一度もはずれたことがないから、俺が戦争に利用されるのを助けたいって…。師匠は、超振動で瘴気を消して……ダアトへ、師匠の下へ亡命すれば戦争も回避されるし、俺も自由になれるって…」


そこで、ルークは言葉を止めた。
不思議に思い、フィルはルークを見るとルークの頬に一筋の涙が流れていた。


「…それも、……嘘だったのか…?ヴァン師匠…っ」


その言葉と共に溢れてくる涙。
フィルはそれを見て、ヴァンに対する怒りが湧いてきた。


こんなに慕ってきた教え子を騙したのだ。
それも、こんな大きな罪をなすりつけて…


「……ルーク…」

「こうなるんだったら…、フィルに、相談、すべ…きだった…。ごめ…ごめんなさい…」


泣きながら謝るルークに、フィルはそっと手を伸ばしてルークの頭を自分の方に寄せる。
ぎゅっと力強く抱きしめ、小さな子供を慰めるように背中を撫でた。


「後悔してるんだったら何も言わないよ。それに、ルークだけが悪いんじゃないんだから…。 わたしも、大佐も…みんな、貴方にちゃんと説明してあげるべきだったし、話を聞いてあげるんだった。 落ち度はみんなにある。だから、わたしも背負ってあげる。貴方の辛さと苦しさ…。わたしなんかじゃ頼りないかもしれないけど、ルークを支えてあげるよ。だから、今は泣くだけ泣いて…すっきりしたらまずは何をすべきか考えよう、一緒に」

「うっ…あ…うあああああああっ!!」


ルークは、フィルに抱きしめられながら大声をあげて泣いた。
苦しい思い、辛い思い、悔しい思い。

全てを吐き出すように涙を流す。声をあげる。


フィルはただ、彼が落ち着くまではこうしていてあげようと思い、ルークの体を抱きしめる手に力を込めた。







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