不安と不満
デオ山脈も終盤に差し掛かり、フィル達は下り坂を歩いていた。
だが、この山脈に入った時からの険悪な雰囲気は未だ解消されない。

休憩のとき、ルークに話しかけていたフィルだったが、結局アニスに呼ばれて十分な話も出来なかった。


『ほんと、ルークって馬鹿…?』


アニスがぽつりと呟いていた言葉が頭に反復する。

彼女がそう言ったとき、自分は苦笑するしか出来ず、反論が出来なかった。
それは、わずかでも自分が…アニスと同じ見解を持っているということだろう。


小さく溜息をつくと、フィルは少し前に出て仲間たちを振り返った。


「さぁ、みんなもう少しだよ」

「はぁ、やっとか…」


フィルの言葉に最初に反応したのはルーク。
やはりこの道は苦しかったのだろう。

だが、もう目の前はアグゼリュス。

最愛の師に会えるまであと少しだと思ったのか、そのルークの言葉はいつものだるそうな感じはなかった。


そして、一行が出口へと足を進めたその時――


ガゥンッ!


「な、何だ!?」

「止まれ!」


光弾が足元に撃たれルークが焦って少し後ずさると、上のほうより声が振ってきた。
それにつられて、全員が見上げると、やや高い崖の上からリグレットがこちらに譜銃を向けている。


「リグレット教官!」

「ティア。何故そんな奴らといつまでも行動を共にしている」


リグレットの姿を見つけたとたんティアが叫ぶと、リグレットは眉を顰めて苦々しく言った。
そんなリグレットにティアは悲愴な面持ちで彼女に言い返す。


「モース様のご命令です。教官こそ、どうしてイオン様をさらってセフィロトを回っているんですか!」

「人間の意志と自由を勝ち取るためだ」

「どういう意味ですか……」

「この世界は預言(スコア)に支配されている。何をするのにも預言を詠み、それに従って生きるなど、おかしいとは思わないか?」

「預言(スコア)は人を支配するためにあるのではなく、人が正しい道を進むための道具に過ぎません」


リグレットの問いにイオンが毅然と言い返すが、彼女は動じなかった。


「導師。あなたはそうでも、この世界の多くの人々は預言(スコア)に頼り支配されている。酷い者になれば、夕食の献立すら預言に頼る始末だ。お前たちもそうだろう?」

「そこまで酷くはないけど……預言(スコア)に未来が詠まれてるなら、その通りに生きた方が……」

「誕生日に詠まれる預言(スコア)は、それなりに参考になるしな」


アニスがそれに軽く首をかしげながら答え、ガイがそれに続く。
そして、ナタリアも頷いた。


「そうですわ。それに生まれた時から自分の人生の預言(スコア)を聞いていますのよ」

「でも、その預言(スコア)によって自分の思いを裏切られる人もいる」


ぽつりと呟いたフィルの言葉に、リグレットの視線がフィルに送られる。


「まぁ、でも普通の人ならば例え意にそぐわぬものだろうともそれが幸せに生きる道ならば、と思っちゃえば結局預言(スコア)の通りの生活を過ごす。……結局のところ、人は預言(スコア)に頼るのは楽な生き方なんですよ」


軽く肩をすくめてフィルが言うと、ジェイドが軽く眼鏡を指で押さえながら溜息をつく。


「もっとも、ユリアの預言以外は曖昧で、読み解くのが大変ですがね」

「そういうことだ。この世界は狂っている。誰かが変えなくてはならないのだ。ティア……!私たちと共に来なさい」

「私はまだ兄を疑っています。あなたは兄の忠実な片腕。兄への疑いが晴れるまではあなたの元には戻れません」

「では、力ずくでもお前を止める!」


そう言った瞬間、リグレットが譜銃を構え彼らに撃ち放った。
だが、フィル達が軽くそれを避けていくと、一気に散りだす。


「ティア、その馬鹿な坊やから離れなさい!」


避けた反動でルークとティアが近くに寄る形になり、リグレットが叫ぶ。
だが、それに対してルークが「坊や扱いするんじゃねぇ!」と言い返した。

リグレットの光弾を避けながらティアは問い返す。


「教官こそ、兄と一緒になって何を企んでいるんですか!」

「俺たちの邪魔をすることもヴァン様の指示なのかい?」

「総長は私たちの到着を待ってるはずなんだよ!どいてっ!」


ティアに続いて、ガイとアニス。
相手は魔弾のリグレット。簡単に退けるような相手ではない。


「ここで説明することは何もない。私はティアを止めたいだけだ」

「理由も聞かずにそちらの言うことを聞くわけにはいきませんねぇ」

「こちらも全力で阻止するまでですわ!」


ジェイドの言葉にナタリアが続き防戦ばかりだった中、弓を引きリグレットへとむける。


「ピアシスライン!」


直線に射られた矢は、崖の上にいるリグレットに届く。
それを避けるべく、また近距離戦へと持ち込むつもりかルークたちと同じ地面へと着地した。

だが、それはリグレットにとって大きな間違いだった。


「フィル!」

「了解……、疾風閃っ!」


ジェイドの命令と共に、フィルが駆け出す。
リグレットの着地点まで行くと利き足を軸に剣で突きを繰り出した。

その速さに反応できたのか、リグレットはその突きを銃で防ぐが、勢いにあまり後ろへとずり込む。
そして、それを待っていたかのようにガイが剣を構えていた。

彼の足元には火のFOF。


「魔王…炎撃波っ!」

「くっああっ!」


ガイが繰り出した炎と剣撃。
フィルの攻撃で隙が出来たリグレットにはキツイ攻撃だろう。

悲鳴を上げてがくしと肩膝をつくが、リグレットは顔色を変えてはいなかった。


そして、ゆっくり息を吸い込むと再び立ち上がる。


「さすが魔弾のリグレット…あれくらいの攻撃じゃ駄目でしたか」


フィルが賞賛の言葉を投げるが、リグレットはふんっと鼻で笑うと再びティアを見る。


「もう一度言おう…。ティア、その出来損ないの傍から離れなさい!」

「出来損ないって俺のことか!?」


今度は先ほどと違った言葉。
だが、リグレットの蔑んだ視線を受けてルークは愕然とした。


「……そうか。やはりお前たちか!禁忌の技術を復活させたのは!」

「ジェイドいけません!知らないままでいいことも世の中にはある」

「イオン様……ご存知だったのか!」

「な……なんだよ?俺を置いてけぼりにして話を進めるな!何を言ってんだ!俺に関係あることなんだろ!?」


リグレットとイオンとジェイドの話。
それに対してルークを置いてけぼりにして話を進められては、確かに話の原因ともあるものは怒るだろう。
ルークの気持ちが分かるのか、フィルは静かに彼の肩に触れる。


そんな彼らのことなど分かっているのかそれとも無視をしているのか…
ジェイドは再び低い声でリグレットに問いかけた。

「……誰の発案だ。ディストか!?」

「フォミクリーのことか?知ってどうなる?采は投げられたのだ。死霊使いジェイド!」


そう言うや否や、瞬速の動きでリグレッドが光弾を放つ。
ジェイドは槍を取り出すと、それを弾いた。

赤い…怒りに燃えた目を上げるが、そこからは既にリグレットの姿は消えている。


「……くっ。冗談ではないっ!!」


ジェイドが大声で声を荒げて叫ぶ。

こんな上司の姿など見たことがない…

たとえ、どんな状況でも…どんな戦場でも彼が声を荒げることなんてなかったのだ。

フィルはその声を聞いてかすかにすくみあがった体をぎゅっと押さえる。


「大佐……」

「珍しく本気で怒ってますね……」


フィルの声かけと共にアニスが小さく呟く。
その言葉に、我に返ったのかジェイドは静かに息を吐き、己を落ち着かせると槍をしまいこむ。


「――失礼、取り乱しました。もう……大丈夫です。アクゼリュスへ急ぎましょう」


その声を合図にして、仲間たちは先へ歩き始めた。

それに誰も問いかけたりしなかったのは、彼の尋常ではない空気を感じ取ったからなのだろう。


皆が歩き出したのを見て、フィルは自分の手をかけたままのルークへと顔向ける。
行こう、と促そうとしたのだが、次の瞬間ルークの表情にフィルは目を疑った。


ぎゅっと拳を握り締め、かすかに震えている。
眉をひそめて、今にも泣きそうな顔でじっと地面を睨みつけていた。


「ルーク…?」

「ふざ…けんなっ!俺だけ置いてけぼりにしやがって。何がなんだか分かんねーじゃんか!」

「ご主人様、怒っちゃ駄目ですの……」


ルークの足元に残っていたミュウが、心なしか細い声で呼びかける。
しかしルークは止まらない。ぐっとこらえていたドロドロとした言葉を紡ぎだす。


「どいつもこいつも俺をバカにしてないがしろにして!俺は親善大使なんだぞ!」

「ご主人様……」

「師匠だけだ……。俺のことわかってくれるのは師匠だけだ……!」


泣いた声に近いくらいの悲愴じみた声。

そんなルークに同情なんて出来ない。
ただ、ただ……ルークが辛そうだから。
誰かが支えなければいけないと、そう思ったから…。

フィルはルークの頭をぎゅっと抱えるようにすると、肩に頭を乗せてやり優しく撫でてやった。






_18/43
しおりを挟む
PREV TOA TOP NEXT
: TOP :