本当のあなた

カイツールの軍港を出て北東のデオ山脈を越えればそこはもうアグゼリュス。

師に追いつきたいのかルークの足取りは軽く、仲間たちが彼一人だけ先に行かせないように足を速めるしかなかった。


そして、デオ山脈に入るとルークは小さく舌打ちをした。


「……ちぇっ。師匠には追いつけなさそうだな」


彼の言うとおり、すでに山脈を大勢の人が歩いたような形跡は残っておらず、耳を澄ましてみても人らしき声は聞こえてこない。


「随分先に行ってしまったようですね…、もうアグゼリュスに到着してるかもしれません」

「はぁ、砂漠で寄り道なんてしなけりゃよかった」


フィルの言葉に、ルークが吐き捨てるようにぼそりと言うと、メンバーから唖然とした声があがった。


「寄り道って、どういう意味……ですか」

「寄り道は寄り道だろ。今はイオンがいなくても俺がいれば戦争は起きねーんだし」

「あんた……バカ……?」

「バ、バカだと……!」

「ルーク。私も今のは思い上がった発言だと思うわ」


ムッとした声でティアが言った。
ナタリアもそれに続ける。


「この平和は、お父様とマルクトの皇帝が、導師に敬意を払っているから成り立っていますのよ。イオンがいなくなれば調停役が存在しなくなりますわ」


だが、そのナタリアの言葉に「いえ」と否定したのは紛れもないイオンだった。


「両国とも僕に敬意を持っている訳じゃない。『ユリアの残した預言』が欲しいだけです。……本当は僕なんて必要ないんですよ」

「そんな考え方には賛成できないな、イオンには抑止力があるんだ。それがユリアの預言のおかげでもね」


ガイがナタリアたちの言葉を肯定するように言うと、ルークは無言でガイを睨んだ。
彼までもが自分の味方をしなかったことに相当苛立ったらしい。


「あ、あの……みんな」

「なるほどなるほど、皆さん若いですねー」


おろおろとフィルが声をかけようとしたその時、険悪な雰囲気を壊すようにジェイドが軽くそう言った。
そして、「そろそろ行きましょう」と言うだけ言って、先にすたすた歩いていってしまう。


「た、大佐……」

「この状況でよくあーいう台詞が出るよな。食えないおっさんだぜ」


ガイが呆れたようにそう言うと、とりあえず危機的な雰囲気はとりあえず霧散した。

だが、仲間たちの厳しい表情は消えない。
フィルは歩き出した仲間たちの背中を見て、どうしたもんかと頭を抱えた。











「あの、ガイ殿」

「ん?」


先を歩くガイに声をかけたのはフィルだった。

ルークに気付かれないように出来るだけ小さな声で言ったのに、すぐに気付いてくれたガイに、フィルはホッとする。


「一体、わたしのいない間に何があったんですか?」


何もなかった、とは思えないぐらいの険悪なこのムード。
原因が分からなければ、自分は誰のフォローも出来ない。

そう思ってフィルはガイに状況説明を求めた。


「それがなぁ…、何もなかったといえば何もなかったんだが…――」


苦笑を浮かべつつもガイが丁寧に説明をしてくれたおかげで、状況はなんとなく分かった。
道を歩きながらガイの話を聞くにつれ、フィルは目を伏せていく。


「―――というわけだ、まぁルークが悪いってわけじゃなんだが…言葉の節々がな」

「……そうでしたか」


確かに、ルークは今まで遠慮のない言葉をぶつけてきた。
でも、どうしてここにきて急にそれが酷くなってきたのか?


「どうも、腑に落ちませんね」

「フィル?」

「すみません、少しルークと話をして―――」

「イオン様っ!」


少しルークと話をすれば彼の気持ちが分かるかもしれない。
そう思い行動しようとした矢先のことだった。

アニスの悲鳴に近い声が聞こえ、フィルとガイは慌ててイオンへと近寄る。


「大丈夫ですか? 少し休みましょうか?」


アニスとティアもイオンに駆け寄り、抱きかかえて声をかける。


「いえ……僕は大丈夫です」

「駄目ですよぅ!みんなぁ、ちょっと休憩!」


アニスがイオンの体の調子を心配し、休憩の声をあげるが、ルークが「休むぅ?」と嫌そうな声を出したので、みなの視線が一気にルークへと向けられた。


「何言ってんだよ!師匠が先に行ってんだぞ!」

「ルーク!よろしいではありませんか!」

「そうだぜ。キツイ山道なんだし、仕方ないだろう?」


ナタリアとガイがたしなめる声を出したので、それに更にムッとする。


「親善大使は俺なんだぞ! 俺が行くって言えば行くんだよ!」

「ア……アンタねぇ!」


ルークの発言についに堪忍袋が切れたのかアニスが怒鳴る。
そして、仲間たちからも冷ややかな視線がルークへと向けられると、ジェイドがスッとイオンへと顔を向けた。


「では、少し休みましょう。イオン様、よろしいですね?」

「おい!」

「ルーク、すみません。僕のせいで……」

「…ちぇっ。わかったよ。……少しだけだぞ」

「ありがとうございます…」


イオンが辛そうな表情でルークに頭を下げると、流石にルークも口ごもりしぶしぶ頷くことになった。



***



「ルーク、隣いいかな?」


一人、皆と離れたところで座っているルークに、フィルは声をかけた。
声をかけてきたのがフィルとわかって、ルークは「ああ」と小さく言うとフィルは苦笑して隣に腰を下ろす。

ルークと仲間達の間には大きな岩が隔たりになっていて、向こう側からはこちらが見えにくいだろう。


フィルは風であおられる髪を右手で支えながら、ルークへと顔を向けた。


「何を、焦ってるの?」

「焦ってなんか――」

「焦ってるでしょ?」


ルークの言葉にかぶさるようにフィルは言うと、ルークはそっぽ向く。


「ガイ殿から聞いた。大変だったんだね、ケセドニアまで来るのに」

「…………」

「でも、急ぐ旅路だったならどうしてイオン様を助けに行ったの?ヴァン謡匠が待ってるって分かってたのに」

「それはっ――」

「それは、ルークが優しいから。最初は嫌がっていても、どんなに先を急いでいても、貴方は優しいから。だから最後にはしぶしぶながらも了承した。違う?」


フィルの優しい、そして問いかけるような声に、ルークは少しずつ顔を伏せていく。


「今回もそう。行こうと思えば一人でも行けるのに、貴方は休憩の許可を出した。えらいって思うよ、ほんと」


彼はまだ17歳だ。
確かに、王族ならばそろそろ責任を持てる行動をとらなければいけないだろう。

だが、彼は元々箱入り息子で、ついこの間まで家に軟禁されていた。


そんな彼に、急に『親善大使』という肩書きを押しつけ、共もほとんどつけずに目的地まで行くなんて、それは酷だと思う。


だからこそ、ちゃんと最後には年長者の声を聞いて、自分の心とも相談して決断している彼が、偉いと本当にそう思えた。


「ルークは優しい。わたしはそう思ってる。だから、もし悩んでることとかあるなら教えて欲しいの。わたしだけじゃなくて、大佐もガイ殿もティアもナタリア様もアニスもイオン様も…、みんなちゃんと受け止めてくれるから」

「フィル………」


フィルの言葉に、ルークが迷うように口を動かすがそれは言葉にならない。
そんなルークに、フィルは困ったように笑うとルークの頭を軽く撫でる。

すると、


「フィルーーーっ!」

「あらま、アニスの声だ」


自分を呼ばれ、フィルはルークの頭から手をどかすと立ち上がった。
そして、ルークをもう一度見て、小さく呟くとアニスの方へと歩き出した。













『―――貴方は、一人じゃないんだから』





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