出発と再会と
「アイラス少佐、船の準備が整いました」

「ご苦労。さ、あとは大佐達のご到着を待つだけってね」












本日もぎらぎらと地上を照りつける太陽の下、フィルは書類を片手に兵士達に指示を出していると、マルクトの領事館の扉が開いたので振り返った。

現れたのは待ち焦がれていた客だった。


「ルーク、大佐、みんな!」

「フィル!」

「ご苦労様です、フィル」


先日別れた仲間とはいえ、少しばかり懐かしい面々にフィルは無意識に笑みがこぼれた。
そして、上司の労いの言葉にフィルは「いえ」と言葉を漏らすと、少佐の顔へと戻る。


「皆さん、お待ちしておりました。ヴァン謡将より伝書鳩が届いてますよ」

「兄はなんと…?」

「彼らは先遣隊と共にアクゼリュスへ向かうそうです」


ティアの問いに、フィルはそう言い返すとルークのほうから驚愕と落胆に似た悲鳴があがった。
ここでヴァンと合流の予定だったのだろうか?

ルークの様子から、フィルは苦笑すると再びジェイドへと向き直る。


「大佐、私も陛下から一緒に行くように仰せられました」

「ピオニー陛下はこのことをご存知で?」

「はい、イオン様。貴方がたがここを発ってからすぐにグランコクマへと連絡をしましたので」


ご安心ください、とフィルがイオンへと言うと、再び皆に向かって改めて挨拶をしようと思ったその時だった。
急に、ガイが蹲り仲間にざわめきが出る。


「………!?」

「ガイ―――っ!?」


ルークが驚いて歩み寄ったが、なぜかガイは自分を心配して寄ってきた彼を腕を振るって自分を突き飛ばしたのだ。

覚えている限り、優しかった元主人のその行動を見てフィルはハッと息をのんでしまう。


「お、おい。まさかお前もアッシュに操られてるんじゃ」

「いや……別に幻聴は聞こえねぇけど……」


そんな中、ルークは驚きながらも再びガイに声をかける。
だが、ガイはゆっくりと自分を確かめるかのように声をだした。
己を抱きしめるように背を丸めて小刻みに震え、何かをこらえるように俯いたその様子にフィルは彼のそばによりその背中を支えてあげたくなるが、ガイの女性恐怖症を思い出すとそんなことも出来ない。

自分の両手をぎゅっと握り締めて、男性陣に彼を委ねるしかなかった。

ジェイドがゆっくり歩み寄って、ガイが押さえている右の二の腕を診るとそこには傷が出来ていた。


「おや。傷が出来ていますね。……この紋章のような形。まさか『カースロット』でしょうか」

「カースロット?」

「人間のフォンスロットへ施す、ダアト式譜術の一つです。脳細胞から情報を読み取り、そこに刻まれた記憶を利用して人を操るんですが……」


イオンが言いにくそうな表情でルークにそれを説明する。
だが、それよりもガイの具合が心配だ。


「医者か治癒師を呼びますか……?」


フィルは絞るような声でそう言うが、ガイはなんとか顔を上げると無理に微笑んだ。


「……俺は平気だ。それより船に乗って、早いトコ ヴァン謡将に追いつこうぜ」

「しかし―――っ」

「ヤバくないのか?」


医師を呼ぶことに対して拒否するガイに、フィルとルークが不安げに声をかける。
だが、イオンはそれを不要と言わんばかりに静かに首を振ると言った。


「カースロットは術者との距離で威力が変わるんです。術者が近くにいる可能性を考えれば、ケセドニアを離れた方がいい」

「そう……ですか、分かりました」


イオンの言葉に反論するつもりはない。
それに、本当に『カースロット』ならイオンが一番詳しいだろう。

フィルは頷くと、「こちらへ」と彼らを先導し船へと歩き出した。




***





皆を無事乗せた船は、大海原を順調に進んでいた。
そんな中、彼らは船の甲板に出て潮風にあたっていた。


「おかしいな。ケセドニアを離れたらすっかり痛みがひいたわ」

「なんだよ。心配させやがって」


船を出てしばらくした頃、ガイがぽつりとそう言ったのでルークは唇を尖らせる。
そして、フィルもホッとした表情になると甲板の手すりに背もたれる。

ルークの言葉に、ガイも「悪い悪い」と苦笑気味に言っていると、ティアも少し安堵した表情で言葉を紡いだ。


「じゃあやっぱりカースロットの術者はケセドニアの辺りにいたのね」

「よかったですわね、ガイ。早めにケセドニアを出て」

「ああ、そうだな。そういや、この傷をつけたのはシンクだったけどまさかあいつが術者かな」

「おそらくそうでしょうね」


イオンがガイの問いにこくりと頷く。

そして、ひとつ大きな風が舞うと、ルークは「そういや」と思い出したように口を開いた。


「フィルも一緒にアグゼリュスまで来るんだよな?」

「うん、陛下からのご命令だしね。また一緒に旅が出来るね?」

「あ、ああ…」


フィルににこりと笑いかけられて、ルークは慌てて顔をそらす。
少し赤くなったその横顔に、フィルは微笑ましそうにしながらルークに会ったら言おうと思っていたことを口にした。


「そういえば、和平の親善大使になったんだって?すごいじゃない」

「だろ?俺がいれば問題なんてあっという間に片付くんだぜ!」

「うんうん、さすがルーク」


まるで弟かもしくは自分の子供を見てるようなフィルの口調。

これに気付くガイは軽く溜息をついた。


「ルークのやつ…子ども扱いされてるって分かってんのかねぇ」

「いやー、でもルークはまんざらでもないみたいですよー」


ガイの言葉に続いたのは、その光景を面白がってみていたジェイド。
その台詞は確かに間違いはなくて、ガイは苦笑するしかなかった。


だが、そんなほんわかムードをぶち壊そうとする人物が、ガッとルークの髪を掴んだ。


「いっででで!!」

「ルーク!あなた、まさかマルクトの兵士にも手を出していたんじゃないですわね!?」


すごい剣幕で怒ってルークの髪を離さない金髪の女性。
フィルはきょとんとしながらその2人を交互に見ると、えーとと顎に手を添えた。


「俺が何しようと関係ねーだろうが!」

「関係なんて大有りですわ!貴方は、将来わたくしと結婚してキムラスカの王となるのですから」


女性の剣幕にルークが「うぜぇ」と小さく呟くと、ティアは哀れに思ったのか助け舟を出そうとナタリアの肩をぽんっと叩いた。


「ナタリア、彼女は違うわ」

「ティア?」


ティアの介入にナタリアの手が緩まると、アニスも同じく口を開く。


「そーだよ、だってフィルには別に好きな人が―――」

「うわああああっ!アニス、すとーーっぷ!」


アニスの発言を遮るように、フィルは慌てて大声で叫ぶとアニスの口を塞いだ。
その大声に驚いたのかナタリアはきょとんとしながらも、改めてフィルをじっと見た。

ナタリアからの視線に、恥ずかしながらもフィルは軽く視線を反らす。


「そうなんですか?」

「え、えーと……そうなのかと言われればそうとしか答えようがないんですけど…」


しどろもどろになっていると、アニスがフィルの手を無理やりどかし、ぶはっと息をついた。
そして、見上げるようにフィルを見ると、仕返しと言わんばかりに声をかける。


「フィルー、ナタリアにまで照れてどうするのよ。そんなんじゃ一生片思いのままだよ?」

「アニス!」

「まぁ、そうでしたの!?」


『片思い』という言葉に反応したのか、ナタリアは手をぽんっとあわせた。


「そう!それも相手は自分とは隊の違うエリートのイケメン少将――」

「アニーーーッス!!」


どこまで言う気だこの子は!とフィルは顔をりんごのように真っ赤に染めて、言葉を遮ろうとするが、アニスは止まらない。

あれよこれよと、アスラン・フリングスという名を出さないはいいものの、彼の容姿や経歴などをずらずらと並べだす。

一体どこで知ったんだ、とツッコミたい気持ちを抑えながら、フィルはナタリアを見ると、彼女の目は気がつけばきらきらと輝いていた。


「そういうことならわたくし、協力いたしますわ!」

「い、いや…協力なんて…」

「いえ、恋する乙女同士!遠慮することなんてないんですのよ?」


アニスを止めるに止めれなく、疲れ果てたフィルにナタリアはそう言うと、身だしなみを整えて背筋を正した。


「自己紹介が遅れましたわね、わたくし、ナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディアと申します。以後、お見知りおきを」

「はぁ、わたしはマルクト軍第三師団所属フィル・アイラス少佐でありま……―――ん?
 今、『キムラスカ』って…」

「ええ、わたくしはキムラスカ王国の王女なんですの、よろしくねフィル」

「お、おおお、おうじょぉおおおっ!?」



なんでこんなところに王女様がいるのか?

そんな問いに答えられるものもおらず、船は順調にカイツールへと向かっていくのであった。



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