「うう…あつーい…暑い…暑い…」
「アイラス少佐、暑い暑い言わないでくださいよ」
「暑いったら暑いの。見回りだけでなんでこんなに暑いのよー…」
ケセドニアの真昼間。
日は高くあがり、じりじりと地面を焼いていく。
このままでは明らかに日焼けをする。
それだけは避けたいと思うと、見回りも気がつけば影の下。
それには、部下達も困ったようにフィルを見ていた。
「前はかなりやる気があったのに…、急にどうされたのですか?」
兵士が苦笑交じりに問いかけてくるが、フィルは視線を向けるのみ。
暑い暑いと、壁にもたれかかっている上司のそんな姿は、兵士の士気をさげることこの上ない。
兵士たちが溜息をついたので、フィルはだらんとした声でそれに返す。
「うるさい、とにかくさっさと終わらせて詰め所戻るわよ」
よっ、と体を起こしてフィルは再び砂を踏み出したのだった。
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「ええっ!将軍…戻っちゃうんですか?」
「ああ、漆黒の翼もここにはもういないみたいだし、そろそろグランコクマに帰らないとね」
「じゃあ、わたしも…」
「フィルは、しばらくここに残るようにって、ゼーゼマン参謀長官からの命令だよ」
「へ…?」
急なフリングスの移動命令に、戸惑っていると自分は居残りと判明し、フィルは目を丸くする。
そして、聴いた言葉を頭の中で反復するとやっと意味にたどり着いたのか、「くそじじい」と思わず言葉を漏らす。
その言葉を聴いていたのか、フリングスは「フィル」と苦笑交じりに叱咤した。
「なんでも和平交渉がうまくいったようで、ファブレ公爵のご子息が親善大使としてアグゼリュスに行くらしいよ」
「アグゼリュス?確か、今は瘴気が大量発生して危険だと聞きましたが……?」
「でも、中にはまだ坑道で働いてる人や町の人がいる。彼らを助け出さなきゃいけないんだ」
それを聞いて、フィルは少佐の顔で「なるほど」と呟く。
アグゼリュス――…
坑道の町とも言われ、炭鉱や宝石等が発掘できる町で、労働者も多い。
だが、ここ最近瘴気が出始めたと聞く。
そして、そのがけ崩れなどが置き、マルクト領から助けにいけない状態だ。
同じマルクトの民だというのに…、とマルクト皇帝ピオニーも頭を悩めていた。
ただ、今にも戦争が起きそうなこの状態からキムラスカ領に立ち入れば
戦争の引き金をひいてしまうことになるだろう。
「だから、ルーク達にそれをさせるってことですね」
「そういうことになるな、でもカーティス大佐たちもいらっしゃるから大丈夫だろう」
「そう、だといいんですが」
頭を軽く下げて目を伏せる不安げな表情のフィルに、フリングスは彼女の頭に手を置いた。
「だから、君にはここにいてもらいたんだそうだ」
「……?」
「カーティス大佐たちはキムラスカから船を使わず、このケセドニアの船を使うようだよ」
「つまり、わたしも手伝うように、ということですか?」
「そうなるね」
ぽんぽんと軽く頭を撫でて、フリングスは手を放す。
だが、それでも漸く再会できたフリングスと離れるのは複雑な気持ちである。
フィルは小さく息をつくと、命令なら仕方がないと落ち込みつつあった顔をあげた。
「それじゃあ、……わたしが帰るまで、このコアを預かっててもらえませんか?」
せめて少しでも繋がりを持っていたいとフィルはまっすぐな視線をフリングスに向ける。
その行為に少しだけ驚くも、フリングスはすぐに柔らかく微笑んで、フィルが差し出したキャパシティコアを受け取った。
すると、フィルの表情からも不安は消え、誇らしげな表情へと変わっていった。
右手をあげて敬礼をする。
「フリングス少将。フィル・アイラス少佐、有難くこの任務お受けさせていただきます」
そういう彼女に、フリングスは優しく微笑んで、もう一度頭を撫でてやった。
***
あれ以来、ルークたちの到着を待っていたが、ここに来る気配はいまだない。
最初ははりきっていたが、さすがのこの暑さにフィルのやる気は激減してきた。
将軍がいなくなってから、ケセドニアの領事館に残ったメンツで一番位が高いのは自分だ。
何かと言って頼ってくる部下たちは確かに可愛いと思えるが、
暑さに弱いフィルにとっては、自分が仕事を投げ出すのも時間の問題だった。
領事館に着けば、冷房機から涼しい風が流れて先ほどの不快感が消えていく。
だが、着いた早々一人の兵士がフィルを見つけて、駆け寄ってきた。
「アイラス少佐!」
「はいはい、今度は何?」
「実は、神託の盾(オラクル)のグランツ謡将から伝書鳩が…――」
「――ヴァンから?」
一体何用だろう?
フィルは伝書鳩が持ってきたのだろう手紙を受け取ると、中を見る。
そこには、昔見覚えのある字がずらずらと書かれてきた。
どうやら、ヴァンとルークたちおは別行動で、ヴァンは先遣隊と共にアグゼリュスへ向かったようだ。
そして、これはルークたち…親善大使一行に当てた手紙でもある。
読み終わった手紙を二つにたたみ、自分のポケットに入れれば、指示を待つ兵士へと声をかけた。
「カーティス大佐たちがここに向かってる。アグゼリュスへ向かうから船の手配と、
大佐たちがここに着いたら、私に知らせるように」
「はっ!」
兵士たちは敬礼し、良い返事をするとそれぞれの持ち場へと戻っていった。
そして、フィルは親善大使一行が来たときにすぐ行ける様自分の準備をしにその場と立ち去った。
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