想う心
暖かい…いうより少し強い日差しがかかる船の上。
ルークは、看板の手すりによりかかり頬杖をついていた。

そんなルークを見つけたのは、彼の使用人でもあるガイ。

そばまで寄ると、ぽんっとルークの肩を叩いた。


「おいおい、どうしたんだ?ルーク」

「ガイ…」


幼馴染の顔を見れば、ルークは最初こわばった顔もすぐに穏やかなものへと変わっていく。
だが、それも束の間。

眉尻は下がり、軽く目を伏せてルークはガイから視線を反らし再び海へと向けた。

少し…いや、かなり元気の無い主を見て、ガイは苦笑するとルークの隣へと並ぶ。
ルークのこの落ち込み様。
これに関しての理由は分かっている。

そう、―――彼女が自分達から分かれてからだ。




**



皆が船の出発時間まで自由行動をしようとしていた矢先、 ケセドニアで分かれることになったフィルは、
彼らに付き添い別れを惜しんでいたところ、ガイに呼ばれた。

人目につかない路地裏まで来ると、ガイはふぅと小さく息をつく。
そんな元主人を見て、フィルはハッと身を庇うように軽く退いた。


「だ、駄目ですよ、ガイ殿。女性をこんな人気のないところに連れてきて襲おうとするなんて」

「誰もそんなことしようなんて思ってないだろうが!それに、俺は女性恐怖症だ」

「まぁ、軽いジョークですよ」

「なんか、だんだんおっさんに似てきたな…」


フィルの微妙な冗談にガイは今度は大きな溜息をつくと、発作がおきないぐらいの距離を取ってから、彼女を真っ直ぐ見た。


「君は、これからどうするんだい?」


急に聞かれたその言葉に、フィルは目を丸くして首をかしげた。


「どうって……、ここに残って軍の手伝いをすることになりますが」

「そうじゃなくて、今後のことだ。フィル…ファブレ公爵家にはペールもいる」


フィルはペールの名前に、ハッと何かに気付いた表情をすると、軽く目を伏せた。

前々からおかしいとは思っていた。
なぜ、彼がファブレ家に仕えているのか。

自分の故郷に攻め入り、家族や臣下も皆殺された。

そして、挙句の果てにホドは―――…消えた。


それらの糸をつなげていけば、ガイがファブレ家にいる理由につながる。


そう、彼は―――


「――…ガイラルディア様は……、ファブレ公爵家に復讐をするつもりなんですね」


言葉にして言えば、ガイは表情を曇らせる。

だが、ガイは軽く首を振ると苦笑した。


「もう、その気はないんだ」

「え?」

「俺にもあれから色々あってさ、過去に縋っているわけにはいかないって分かったんだ」


その『色々』が何なのかは分からなかったが、ガイの表情を見れば自分にも思わず笑みがこぼれる。

フィルは「そうですか」と小さく呟くと、穏やかに微笑んだ。


「ちょっと…安心しました。貴方まで復讐に刈られていたら…って思ってたから」

「フィル…もしかして……――」


ガイが言おうとしている言葉の先を、フィルは首を振って遮った。


「わたしは、ルークに対しては復讐心はありません。初めて会った時は、確かに怒りのようなものは感じました。でも、本当に憎いのはルークじゃない、そしてファブレ公爵家でもない…戦争そのものですから」

「じゃあ、どうして君は軍人に?」

「貴方も知ってるとおり、義父と義祖父は軍人でした。ホド戦争以来身寄りが無かったわたしを養ってくださったから、それの恩返しのようなものです」


でも当初は反対されました、とフィルが軽く息をつきながら言うと、ガイもそりゃそうだと笑う。


「いつか、マルクトへ帰るよ。一応貴族だしな」

「ええ、そうしてください。お待ちしてますよ…ガイラルディア・ガラン・ガルディオス伯爵様」


にっこりと元主人のフルネームを言うと、フィルはガイに背を向けて歩き出した。

その背に向かって、ガイは「待った」と慌てて声をかける。


「ヴァン謡将に気をつけろ」


その言葉と共に、フィルは足を止めると肩越しに振り返る。


「やはり、あの人は…――」

「ああ、まだフィルに気付いてはいないようだがな」


気をつけることに越したことはない、とガイは腕を組む。
フィルも思案の表情を浮かべると、こくりと頷いた。


「ルークをお願いしますね、ガイ殿」

「ああ」


ガイの得意げな笑みを見て、フィルは今度こそその場を立ち去ったのだった。







***






そして、自分とフィルは話をつけて別れた。
それから、仲間たちと合流し船に乗ったわけだが…


「ルーク、いくらフィルがいなくなったからって、そんなに落ち込むなよ」

「んなっ!そんなんじゃねぇよっ!」


このことでからいだすと、ルークの顔が髪の色と同じくらいに赤くなる。
どうやら、主人は、自分の元従者に気があるようだ。


ガイは本日何度目かの溜息をついて、ルークと同じく海に視線を向けた。


「和平がうまくいったら、マルクトへも遊びにいけるんじゃないか?」

「……そうか!」


ぼそりと呟いたガイの言葉に、ルークがハッとガイの顔を見る。
そして、おしっ!と拳を握り締めると、ルークはさっきとは打って変わって嬉々とした表情をした。


「ガイ!俺、和平頑張るからな!」

「あ、ああ…(こんなことでやる気を出すなんて……)」



育て方を間違えたか、とガイは軽く頭を押さえながら意気込むルークを見つめていた。




***



「―――少佐、アイラス少佐!」

「は、はい、すみませんカーティス大佐ーーっっ!」



お昼の休憩時間、ボーっと窓から外を見上げていると、背後から声がかかりフィルは驚いたように声をあげ、
自分の上司の名を呼ぶ。

おまけに、怒られる!というのを想像したのか、頭を両腕で守るようにし縮こまるが、
そのまましばしの静けさが漂った。

そして、その沈黙を破ったのは、「ぷっ」という音と共に発せられた笑い声。

おかしい、と思いながらフィルはおそるおそる顔を上げると、そこには想い人が立っていた。


「いつもそうやって怒られているのかな?フィルは」

「い、いえ、これはその…習慣と言いますか…、すみませんフリングス少将」


フリングスの前でやってしまったいつもの習慣改め『ボーっとしていたところをジェイドに見つけられ怒られる場合の自分の行動』を見られて、フィルは少し青ざめながら視線を反らして謝る。

だが、フリングスはクスクスと笑うのをやめず、意外と楽しそうだった。


「なんで、笑うんですが将軍…」

「いや、君とカーティス大佐は本当に仲が良いんだなと思って――」

「お願いですから誤解しないでください」


変な誤解をしていそうな少将に、フィルは言葉を遮って断固拒否をした。

そんなフィルが面白いのか、フリングスは「ごめんごめん」と軽く謝るとフィルが座っていた向かい側のソファに座った。


「それより、本当に彼らと一緒に行かなくても良かったのかな?」

「だって、大佐命令ですから…」


よく主君が『皇帝勅命』とか言って、色々と無理難題を押し付けてくるが、ジェイドの『命令』も、それ同等の威力がある。

確かに、短期間とはいえ仲良くなった仲間達と離れるのは寂しい。

ティアやアニスともっと女の子女の子した話もしたかったし、
イオンと穏やかにお茶も飲んでみたかったし、
ガイとは昔の話をもう少ししてみたかったし…
ルークとは……


「(もう少し…彼の人間性を見ていたかったなぁ……)」


自分の憎むファブレ公爵家の子息。

その割りに性格が欠けていた気がする。


よく言えば純粋、悪く言えば子供っぽくて我侭…。


記憶喪失というのが、それに拍車をかけているせいだろう。

フィルが軽く目を伏せていると、兵士が自分とフリングスの前に紅茶を出した。
フリングスが「ありがとう」と言うと、兵士は軽く礼をして下がっていく。


「(和平…うまくいけばいいけど…)」


その紅茶を手にして、フィルは口に含みながら仲間達の旅の安否を思った。


「私としてはカーティス大佐の申し出は有り難かったけどね。人手不足だったし――」


フリングスがカップを手にして、視線を紅茶に落としながら話しはじめるのを、フィルは、飲みながら聞く。

確かに、大佐命令とはいえ、フリングスの手伝いを出来るのは自分としては喜ばしいことだ。


「(将軍が困ってたんだもの…その期待に添えないと――)」

「それに、フィルと一緒に居たかったしね」

「ぶほっ!!――ごほっ、げほっ!」


フリングスの続けられた言葉に、フィルは咽せ咳き込む。
苦しさのあまり、喉を押さえながらしばらく咳を続けていると、フリングスは「だ、大丈夫かい?」と慌てて彼女を心配していた。

フィルは涙目になりながら「大丈夫、れす」と返事をすると、もう一口紅茶を飲んで気持ちを落ちつかせる。

そして、落ち着いてきたところで、フィルは上司を見やった。


「あの…将軍、それってどういう意味で?」

「そのままの意味だよ。君とカーティス大佐に任務が与えられたとき、私たちは演習に出ていたからね」


ずっと会ってなかった、その言葉にフィルは無意識に顔が熱くなっていく。
きっと、自分の顔は今まで以上に真っ赤だろう。

そして、そう思っていてくれたことに、とても嬉しく感じる。


「マクガヴァン将軍に手紙を渡したけど、ちゃんと受け取った?」

「あ、はい。わざわざお手数おかけしてすみません…」

「いや、気にしなくていいよ。本当は陛下に言われて書いたんだけど、わたし自身も心配だったし」


フリングスが優雅に紅茶を飲むのを見て、フィルはますます嬉しくなっていく。


――もし、告白をするならば今しかない。


今までうちに秘めてきた気持ちを伝えようと、フィルは口を開いた。


「あ、あの、しょうぐ―――」

「フリングス少将!アイラス少佐!漆黒の翼がまた現れました!」

「分かった、今行く!」


がたっと入ってきた兵士の言葉に、詰め所にいた兵士達、そしてフリングスが休憩を一斉に解除し、そのままその場を駆け出していく。

あと残されたのは、飲みかけの紅茶が入ったカップが2つ。
そして、口を開いたままのフィルの姿。


「―――っ…今度こそ、告白できると思ってたのにぃいいっ!!」


おのれ、漆黒の翼!、と心に怒りの炎をあげてフィルは外へと駆け出していった。





【フィルは『片思い』の称号を手に入れました】





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