ルークたちを見送ってから数時間が経過した。
残っていた整備士たちは、隊長がいない状態でも少しでも早く直す為に皆が必死で動いている。
そのためか、船はなんとか直り、そして責任者の安全確認さえ終われば出航できる状態になっていた。
それを見ながら、フィルは負傷した兵や船の関係者たちの手当てへとまわっていた。
親書は、この身離さず持っている。
一度外の空気を吸おうと、休憩所から出て行くと外のまぶしさに目を細めた。
「…今頃、ヴァンはルークたちに会っているかな…」
ふと、軍港の入り口の方に視線を送る。
フィルはヴァンにばれたときのことを思い出して、溜息をついた。
***
「ルークたちがコーラル城に向かった?」
「はい、先ほど。整備士の方がイオン様に隊長を助けて欲しいと頼んできたので、
彼を助けるべく…御自ら罠にかかりにいかれました」
「……なんていうことだ、私は今すぐコーラル城に向かう」
フィルの言葉を聞いて、ヴァンは唖然とした。
そして、すぐに後を追おうと背を向けたが、すぐにヴァンは足を止めた。
「…どうされたのですか?ヴァン謡将」
「…貴公は、昔私と会ったことがなかろうか?」
ヴァンの背中越しの問いに、フィルは一瞬目を見開くがすぐに微笑んだ。
「貴方ともあろう方がこんなところでナンパですか? それも、とってもありきたりな文句ですね」
肩をすくめてフィルは揶揄するように言うが、ヴァンは視線だけをフィルに向け、
何か考えるそぶりを見せてから軽く目を閉じる。
「…いや、私の勘違いだったようだ。では、行ってくる」
ヴァンはそれだけ言うと、ルークたちの後を追うべくコーラル城に向かっていった。
***
それを思い出すと、フィルはもう1度溜息をついた。
そして、体のこりをほぐすように軽く手足を伸ばしてストレッチをしていると、
遠くから馬の駆け足が聞こえてくる。
それと共に、ガラガラと荷車の音も聞こえてきたので、ルークたちが帰ってきたのだと思い、
入り口付近まで駆け出した。
その視線の向こうには、思ったとおり街道を1台の馬車がこちらに向かって走っている。
馬車が自分の目の前に止まり、馬車から降りてくる赤い髪を見た瞬間、ホッと心が落ち着いた。
「お帰り、ルーク」
「あ?」
声をかけると、ルークがだるそうな表情で自分を見てきたが、その表情はすぐに明るくなっていった。
「フィル!なぁ、聞いてくれよ!俺、大活躍だったんだぜ」
はしゃぐ子供のように報告してくるルークにフィルは無意識に笑みがこぼれた。
その後ろで仲間たちが馬車から降りてくるのを見えて、フィルはやっと肩の力を抜く。
「みんなも無事なようで何よりです」
「ええ、フィル。船の方はどうですか?」
ジェイドに聞かれて、フィルは「はっ」と短く返事をすると今の状況を簡単に説明した。
「船の修理はほぼ終わっています。あとは、整備士隊長の安全確認が終われば出航できる状態です」
「なるほど、いやぁ良い時間つぶしになったみたいですねぇ」
フィルの報告に軽く笑うジェイドに、アニスとガイ、ティアの呆れた視線が突き刺さった。
「じゃあ、もうバチカルに戻れるんだな!」
「いえ、修理が終わったといっても、応急処置みたいなものです。多分、ケセドニアで一度停泊し、再度状況の確認をしなければいけません」
ルークが安堵の表情を浮かべたのも束の間、すぐに笑顔は落胆したものへと変わっていった。
それをアニスが「元気だしてくださいよぉ〜」と慰め、仲間たちは溜息をついていた。
***
あれから1時間で船に乗ることが出来、一行はケセドニアへと上陸した。
船の中で、フィルはジェイドとガイ、そしてイオンにコーラル城で起こったことを聞き、
頭の中で整理をしていた。
ルークがさらわれ、何かの装置にかけられた。
そして、その装置のデータらしきものを、ガイが烈風のシンクから奪い取ったらしい。
船の準備が整うまで、それの解析をしようと彼らはケセドニアの領主、アスターの屋敷へと向かった。
向かう途中の店先で皆が品を見ながら歩いていくと、ルークの方へと露出の激しい女性が腰をふりながら歩きよってきた。
「あらん、この辺りには似つかわしくない品のいいお方……」
「あ?な、なんだよ」
ルークが戸惑うのも無理は無い。
肉付きの良い大きな胸。
ウエストはきゅっとくびれていて、男性ならば一度は目を向けてしまうだろう。
「せっかくお美しいお顔立ちですのに、そんな風に眉間にしわを寄せられては……ダ・イ・ナ・シですわヨ」
女性はルークの顔を覗き込みつやっぽい声で迫る。
それに、アニスは頭を抱えて苦悩の声をあげた。
「きゃぅ……アニスのルーク様が年増にぃ……」
「あら〜ん。ごめんなさいネ。お嬢ちゃん……。お邪魔みたいだから行くわネ」
『年増』と言われて女性は、こめかみに青筋をたてたものの、女はそれ以上絡むことなくルークから離れていく。
だが、その隙に女性の手がサッと素早く動いたのをフィルは見逃さなかった。
「待ちなさい」
「あらん?」
それはティアも同様で、女性の前に立ち塞がった。
「……盗ったものを返しなさい」
「へ?あーっ!財布がねーっ!?」
ふとポケットをパンパンと叩いて、財布のありかを探すが、目的の感触がなくルークは叫んだ。
「……はん。ぼんくらばかりじゃなかったか。ヨーク!後は任せた!ずらかるよ、ウルシー!」
女性は急に言葉使いをきついものをへと変えると、彼女の周りにいた男に声をかけた。
女性と同じで派手な衣装を身に着け、ヨークはやせていて、ウルシーはいかつい小男のようだ。
そして、女性はルークからすった財布をヨークに投げ、自分はウルシーと共に反対方向に駆け去った。
が、先にフィルが銀の腕輪を鞭へと変化させていて、逃げようとしたヨークの足を狙って放つ。
すると鞭先はヨークの足に巻きつき、彼はそのまま転倒した。
逃げようと鞭をほどこうとするが、その隙にティアがヨークの首筋にナイフを当てる。
「動かないで。盗ったものを返せば無傷で解放するわ」
ティアの有無を言わさない言葉に、ヨークは無言で財布を差し出した。
それを受け取ってから、フィルは鞭を解き、ティアはナイフを下げる。
そして、転がるようにヨークは逃げていが、それから間もなく、少し離れた宿屋の屋根の上に彼ら三人の姿が並ぶ。
「……俺たち『漆黒の翼』を敵に回すたぁ、いい度胸だ。覚えてろよ」
それだけの捨て台詞を残して、彼らは今度こそ逃げ出していった。
「あいつらが漆黒の翼か!知ってりゃもう、ぎったぎたにしてやったのにぃ!」
「あら、財布をすられた人の発言とは思えないわね」
悔しそうなルークに、ティアは呆れたような声でそう言うと、彼は黙り込む。
そして、フィルは鞭を腕輪に戻しながらジェイドに半眼で見ていた。
「ところで、大佐はどうしてルークが財布をすられるのを黙ってたんですか?」
「やー、ばれてましたか。面白そうだったので、つい」
「……教えろよバカヤロー!」
酷い大人の言葉に、ルークは思わず声を荒げた。
「まぁまぁ、結局何事もなかったんだからいいじゃないか」
「そうですよ」
ガイとイオンがそんなルークを宥めるべく声をかけると、さすがのルークも舌打ちはするもののおとなしくなった。
そして、アスターの屋敷へさっさと行こうと彼らが足を進めたその時だった。
「待て!漆黒の翼!」
「へへーん、つかまるものかー!」
さっき逃げ去ったはずの漆黒の翼がマルクト兵に追いかけられながら走り去っていくのが見える。
自分達のすぐ脇を通り抜けて、彼らは走っていた。
「(なんで、捕まらないんだろう…)」
そう、彼らは死霊使いが乗っていたタルタロスに追いかけられても捕まらなかった。
そして、今もマルクト兵が必死で追いかけているが、やはり捕まらない。
フィルは小さく息をついて、前を歩く仲間たちの背を追いかけようとした。
が、その時、なにやら背後で聞き覚えのある声が聞こえて足を止め、思わず体ごと振り返ると、その視線の向こうには愛しき人の姿があった。
「将軍!?」
そのフィルの声は思ったよりも大きく、歩いていた仲間たちも足を止め振り返り、そして、呼ばれたその人も、空色の瞳を大きく開いてこちらを見ていた。
「アイラス少佐?」
「は、はい!お久しぶりです!!」
数週間ぶりの再会に、フィルはあたふたしながらも敬礼する。
そんな自分の背後に、ルークたちが駆け寄って何事かと見ていた。
「おや、フリングス将軍ではないですか」
「ええ、お久しぶりです、カーティス大佐」
ジェイドとフリングスが挨拶を交わすと、それにアニスが「あっ」と声をもらした。
「確か、フリングス将軍ってフィルの好きな人だ」
「そうなの?アニス」
少し驚いたようにティアが問うと、アニスは頷いた。
ガイも「へぇ」と声をあげ、イオンはフィルの思い人を簡単にばらしたアニスに苦笑する。
幸いにも彼らの会話はフリングスに聞こえていなかったのか、彼は穏やかに微笑んでいた。
「タルタロスが襲われたと聞いて、生き残りもいないという報告もあったので心配してました」
「――ええ、たくさんの部下を失いましたね」
フリングスの言葉に、ジェイドは珍しく少し後悔しているような口調でそう答えた。
そんなジェイドの心情を想像し、フリングスは言葉をかける。
「でも、貴方やフィルが無事で良かった」
フリングスが心配していたのはジェイドだけではなく自分も含まれているとわかって、フィルは頬を染めた。
そして、挙動不審な自分の行動をおさえるべく、びしっと背筋に力を入れて平静を装うが顔が自然とにやけてくる。
「そういえば将軍はなぜここに?」
「漆黒の翼が現れたと聞いていたので、彼らを捕らえにきたんですが…。意外とすばしっこいようで、苦戦をしいられてます」
照れたように笑うフリングスの顔は愛嬌があり、フィルの目はすでに釘付け状態。
「なるほど…、ではアイラス少佐」
「は、はい!」
フィルはいきなり自分の名前を呼ばれて、再び姿勢を正して返事をすると、ジェイドは良い笑顔でこっちを見ていた。
「ここに残って、フリングス将軍の手伝いをしなさい」
「はい!…――ってえええ!?」
「な、なんでだよジェイド!」
驚いたのはフィルだけじゃない、ルークもジェイドの命令に意義を唱えた。
「フィルはともかく、どうしてルークまで驚いてるんだよ」
「う、うるせぇなガイ!それより、なんでだジェイド?」
ガイに横槍を入れられながら、ルークはジェイドに詰め寄った。
「そろそろ陛下に途中経過の報告をした方がいいでしょう。
キムラスカには私が行きますし、フィルにとってはここに残ったほうが有意義みたいですしね」
「たたたたたたたた大佐っ!わ、わわわわわたし、そそんなっ」
明らかに声がどもるフィル。
だが、ジェイドは命令を変えずに涼しい顔をしていた。
「私も助かります。漆黒の翼のこと以外にもやることは残っているので、よろしく頼む、フィル」
「っ〜〜〜〜〜〜〜はいっ!」
将軍に微笑まれたら仕方が無い。
フィルは、びしっと敬礼をして嬉しそうな表情を顔いっぱいに出して、返事をした。
それを見ていたルークたち。
「…まぁ、ルーク諦めろ。フィルは将軍に惚れてるみたいだしな」
「ガイっ!」
「――うし、これでライバルが減った」
「アニス、声が出てますよ」
「はぁ、いいなぁ…フィル…」
「いやぁ、若いっていいですねぇ」
上からガイ、ルーク、アニス、イオン、ティア、ジェイドの順。
そして、フィルはここで別れることになり、アスター邸へ向かうルークたちを見送ることになった。
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