一人、行商人と話をしながらグミやボトルを購入していると、宿からヴァンが出てくるのが見えた。
そのまま、検問所を通り過ぎていくのをみるとどうやら話は終わったようだ。
フィルは、荷物に買ったアイテムを入れる。
すると、ヴァンが出てしばらくすると後に続いて仲間たちが出てきたので駆け寄ると声をかけた。
「みんな、お話は済んだみたいですね」
「フィル…」
「どうやら、六神将はヴァンの命令で動いているわけではないようです」
「え?」
ジェイドの言葉に、フィルが軽く首をかしげるとイオンが話の内容を詳しく教えてくれた。
「…そうですか。でも、それって――」
ヴァンが本当のことを言っていればという過程である。
フィルは眉を顰めると、軽く腕を組む。
だが、フィルの次の言葉を待つように仲間全員が自分を見ていることに気付いて、フィルは慌てて微笑んだ。
「いえ、なんでもありません。それより早く検問所を通りましょう?」
ヴァンから旅券を預かったと先ほどイオンから聞いて、フィルは仲間達を促すとルークは軽い足取りで歩きだした。
多分、ヴァンに会えたことと、キムラスカ領内に入る喜びが行動に出ているのだろう。
仲間たちが歩いていく背を見ながらフィルが足を止めていると、隣にティアが立っていることに気付いて瞬きをする。
「……ティア?」
「私は…ルークみたいに兄さんをまだ信用したわけじゃないわ」
硬めの声でそういうティアにフィルはフッと笑みをこぼして、彼女の頭に手を伸ばすと軽く撫でた。
その行動にティアは驚いて目を丸くする。
「フィル!」
「あ、ごめんごめん、ティアがなんだか寂しそうに見えたからつい」
あはは、と軽く笑って謝罪するとフィルは手を戻す。
そして、再び仲間達の後姿へと視線を送ると、表情を戻してこう言った。
「……大丈夫、わたしもまだ信用してないから」
「………え…?」
「さ、わたしたちも行こう」
ティアの手を軽くとると、フィルはルークたちを追いかけた。
背後で「ちょ、ちょっと」と慌てるティアを尻目に、フィルは嫌な予感が何も当たらなければ良いがと思わず心中で呟いてしまった。
***
カイツールを出れば、もうそこは軍港だ。
砦から軍港まで魔物も出ず楽な進行だった。
―カイツールの軍港…
戦争などがあれば、そこを拠点としてキムラスカはマルクトに襲い掛かってくるだろう。
フィルは、辺りを見渡しながらルークたちの後を歩いていると、急に港のほうから魔物の咆哮が聞こえ彼らは足を止めた。
「……なんだ!?」
「魔物の鳴き声ですの!」
ミュウがルークの足元で高く吼えた。
すると、突如頭上に大きな影が見えて、ルークたちは空を見上げる。
その大きな影の正体を見て、アニスが指を差して叫んだ。
「あれって……根暗ッタのペットだよ!」
叫んだアニスに、ガイが怪訝な顔を向ける。
「根暗ッタって……?」
急に場違いな問いかけをされたアニスはガイに駆け寄って彼の胸元をぽかぽか叩く。
「……ひっ」
「アリエッタ! 六神将妖獣のアリエッタ!」
「わ……分かったから触るなぁ〜〜!!」
女性恐怖所のガイは必死な表情で叫ぶが、ティアはそんなことも気にせずに言葉を続ける。
「港のほうからね、いきましょう」
率先して駆け出していくティアの後ろにルークとイオン、ミュウと続く。
「ほら、ガイ。喜んでないで行きますよ」
「嫌がってるんだ〜〜!」
楽しげに笑いながら走り去っていくジェイドにガイが叫ぶ。
フィルは苦笑しながらジェイドの後を追おうと駆け出しながら残った2人に声をかけた。
「アニス、そろそろガイ殿が可哀相だから許してあげて」
「ぶー。分かったよ、フィル」
アニスはちぇっと軽く舌打ちをすると、前を走るフィルの後を追う。
後には、アニスに触られたことで固まったガイがしばらく震えていたのだった。
***
「……これは…」
フィルたちが向かったその先には、悲惨な光景が生まれていた。
停泊していた船はどれもすべて無残に壊され、道という道にはキムラスカの兵士達の死体が転がっていた。
その中には兵士に倒されただろうライガの姿もある。
生々しい痕跡に、辺りに血なまぐさい臭いが現れていた。
そして、彼らの目先には波打ち際に追い詰められたアリエッタに剣の切っ先を向けたヴァンの姿があった。
「アリエッタ!誰の許しを得てこんなことをしている!」
「やっぱり根暗ッタ!人にメイワクかけちゃ駄目なんだよ!」
ヴァンに続いて、アニスがけなすように言うが、アリエッタも負けじと言い返す。
「アリエッタ、根暗じゃないモン!アニスのイジワルゥ〜!!」
まるで子供の喧嘩だ、と思うがこの状況がそういう簡単な代物ではないことを物語っている。
ヴァンはルークたちに気付いたのか「お前達か…」と呟くと剣を収めた。
「何があったの?」
「アリエッタが魔物に船を襲わせていた」
「総長……ごめんなさい……。アッシュに頼まれて……」
「アッシュだと……?」
ヴァンが驚いたようにその名前を復唱したその間に、アリエッタは飛んできた鳥型の魔物に掴まって空に舞い上がる。
「船を修理できる整備士さんはアリエッタが連れて行きます。 返してほしければ、ルークとイオン様がコーラル城へ来い……です。二人が来ないと……あの人たち……殺す……です」
それだけ言うと、アリエッタはそのままその場から飛び去った。
六神将という脅威はなくなったが、船という船は壊されている為、このままではバチカルに帰ることが出来ない。
直す為には、専門家が必要になる。
だが、その整備士もアリエッタの話によれば攫われてしまったようだ。
となれば、アリエッタの誘いに乗るしかない…。
「アリエッタが言っていたコーラル城というのは?」
フィルがそう誰となく問いかけると、ガイが「ああ」と声をもらした。
「確かファブレ公爵の別荘だよ。前の戦争で戦線が迫ってきて放棄したとかいう……」
「へ、そうなのか?」
フィルに返したガイの説明を聞いて、ルークがきょとんとした表情で問い返した。
「お前なー!七年前にお前が誘拐された時、発見されたのがコーラル城だろうが!」
「俺、その頃のことぜんっぜん覚えてねーんだってば。もしかして、行けば思い出すかな」
「行く必要はなかろう。訓練船の帰港を待ちなさい。アリエッタのことは私が処理する」
そういうヴァンに、イオンはおずおずと口を開き異を唱えるが、ヴァンはそれに言い返す。
「……ですが、それではアリエッタの要求を無視することになります」
「今は戦争を回避する方が重要なのでは?ルーク。イオン様を連れて国境へ戻ってくれ。 ここには簡単な休息施設しかないのでな。私はここに残り、アリエッタ討伐に向かう」
「は、はい、師匠」
ルークは少しどもりながらも背筋を伸ばして返事をした。
それはどこか嬉しそうな返事で、ルークはヴァンに任されたことが嬉しかったのだろう。
それに答えるようにルークが動き出そうとしたその時、2人の男がルークたちの前に駆け出してきた。
「お待ち下さい!導師イオン!妖獣のアリエッタにさらわれたのは我らの隊長です! お願いです!どうか導師様のお力で隊長を助けて下さい!」
「隊長は預言を忠実に守っている、敬虔なローレライ教の信者です。 今年の生誕預言でも、大厄は取り除かれると詠まれたそうで安心しておられました」
「お願いします! どうか……!」
いきなり現れ口々に訴える二人をしばらく見つめた後、イオンはゆっくりと頷いていた。
「……分かりました」
「よろしいのですか?」
静かに確かめるジェイドを見て、イオンは凛とした表情でもう一度頷く。
だが、イオンは導師。
神託の盾教団の最高指導者。
そんな彼が万が一怪我をしたら…と、フィルが慌てて口を開く。
「でも、イオン様。いくらなんでも貴方がいかなくても…、救助が必要なら私たちが――」
「アリエッタは私に来るよう言っていたのです」
否定を許さない口調でいうイオンに、フィルははぁ…と溜息をつく。
そして、ティアもイオンに続いて口を開いた。
「私もイオン様の考えに賛同します」
「冷血女が珍しいこと言って……」
揶揄するような口調でいうルークをティアが軽く睨む。
「厄は取り除かれると預言を受けた者を見殺しにしたら、預言を無視したことになるわ。それではユリア様の教えに反してしまう。それに……」
「それに?」
「……なんでもない」
ティアは、不思議そうなルークから、どこか決まり悪げに視線を逸らした。
「確かに預言は守られるべきですがねぇ」
「あのぅ、私もコーラル城に行った方がいいと思うな」
「コーラル城に行くなら、俺もちょっと調べたいことがある。付いてくわ」
ジェイドが否定的な言葉を言うとアニスとガイが賛同した。
しかし、ガイの台詞に玩具を見つけたようにジェイドが笑って「アリエッタも女性ですよ」とからかうと、「お、思い出させるなっ!」とガイは身を震わせる。
駄目だこりゃ、とフィルはそんな元主人を見ながら肩をすくめた。
「ご主人様も行くですの?」
賛同の声を上げないルークを見上げたのはミュウだった。
だが、ルークはみんなの思いとは反対に、やる気の無い顔で言った。
「……行きたくねー。師匠だって行かなくていいって言ってたろ」
「アリエッタはあなたにも来るように言っていましたよ」
イオンの声は静かだったが、どこか非難めいた響きがある。
「隊長を見捨てないで下さい! 隊長にはバチカルに残したご家族も……」
「……分かったよ。行けばいいんだろ?あー、かったりー……」
「あ……ありがとうございます!」
どこか面倒そうに言うルークに対して、男2人はそれでも喜んだ。
コーラル城のあるところを簡単に説明すると軽く頭を下げて去っていく。
「それで、フィルはどうするんですか?」
「……わたしは、本当は反対したいんですけどね」
だが行く気満々の面々を見ると、どうも行きたくないなんていえる雰囲気ではない。
「大佐は?先ほどからの大佐の言葉を思い出す限り、行くことに賛成ではないですよね?」
「いいえ、別に。私はどちらでもいいんです」
いけしゃあしゃあという上司にフィルはがくしと肩を落とした。
「まぁ、フィルは来いとは言われてないですからね。貴方は連絡係としてここに残ってください」
その台詞にルークが「どうしてフィルだけ!?」と言いそうになっていたが、ジェイドの「来いとは言われていない」という言葉を思い出して、ぐっと口を噤んだ。
そんな様子のルークに困ったように笑いながらも、フィルは「分かりました」と言うとアニスから新書を預かり彼らがコーラル城に向かうのを見送った。
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