ヴァン
国境の砦カイツール。検問所を挟んでマルクト軍とキムラスカ軍が駐留している国境地帯だ。
中に入れば、マルクト側から入った為か、ジェイドやフィルと似たような軍服を着た兵士たちが所々にいる。


検問所に近づけば、そこには背中にぬいぐるみを背負ったツインテールの少女が兵士に話しかけているのが見える。


「あれは…」


フィルがぽつりとその少女見て呟くと、ルークがそれに続いた。


「あれ、アニスじゃねぇか?」


ルークが言ったとおり、それは神託の盾騎士団所属、導師守護役のアニス・タトリンだ。


もう少し近づくとアニスの声がはっきりと聞こえた。


「証明書も旅券もなくしちゃったんですぅ。通して下さい。お願いしますぅ」

「残念ですが、お通しできません」


アニスの必死(?)な説得もむなしく、兵士はアニスの申し出をきっぱりと断わられ、彼女は落ち込んだ様子で「ふみゅ〜…」と可愛く鳴く。

高く結った髪も心なしか下がっているように見えるが、次の彼女の台詞からその様子は一切かき消された。


「……月夜ばかりと思うなよ」


ぼそりと呟かれた低い声。
先ほどの人物かと同一人物なのかと疑うくらいの態度の変化に、ルークたちは目を瞬いていた。

こちらに歩いてくるアニスにフィルは相変わらずだなぁと思いながら声をかける。


「アニス」


突如聞こえたフィルの声にアニスが顔を上げるとイオンが楽しげな口調で言った。


「ルークに聞こえちゃいますよ」

「………あ゛」


もう一つ、低い声が聞こえた。だが、次の瞬間にはアニスは両手を口元に当てて女の子らしく身をくねらす。
そして、「きゃわーんv」という甲高い声が聞こえたかと思えば、アニスはダッとルークに駆け寄り抱きついた。


「アニスの王子様〜っvv」


「「………」」

「………女ってこえー」


ルークとティアがそのアニスの変動ぶりに唖然とし、ガイが身を震わせて青ざめながら呟く。
だが、アニスは気にもせずとりあえずルークから離れると、きらきらとした目をルークに向けながらぶりっ子を続ける。


「ルーク様vご無事で何よりでした〜!もう心配してました〜!」

「こっちも心配してたぜ。魔物と戦ってタルタロスから墜落したって?」

「そうなんです……。アニス、ちょっと怖かった……。……てへへ」


なんとか硬直が解けたのかルークはアニスに向かってそう言うと、アニスは媚を振りまくが、イオンが後ろから割り込んだ。


「そうですよね。『ヤローてめーぶっ殺す!』って悲鳴あげてましたものね」

「ああ、やっぱり?アニスならただでは突き落とされないとは思ってましたけど」


イオンが楽しげにそう言うと、フィルが納得するように相槌をする。
それにアニスが「2人とも黙ってて下さい!」と注意されお互いに顔を見合わせるとフィルは肩をすくめイオンは微笑んだ。

それでもアニスは媚びることは忘れない。再びルークに向かい直して言葉を続けた。


「ちゃんと親書だけは守りました。ルーク様v誉めてvv」

「ん、ああ、偉いな」

「きゃわ〜んvv」


アニスは大げさに身をくねらせて喜ぶ。


「それより、アニス。無事で良かった」

「ぶー、フィル本当に心配してたのー?」


フィルに話を切り替えられて少しぶーたれながらフィルに言い返す。


「心配してたよ、大佐も」

「はわーv大佐も私のこと心配してくれたんですか?」

「ええ。親書がなくては話になりませんから」

「大佐って意地悪ですぅ……」


話を振られたジェイドは、はははと悪気の無い笑みを浮かべるが、アニスはやはり不満げだった。


「ところで、どうやって検問所を越えますか?私もルークも旅券がありませーー」

「ここで死ぬ奴にそんなものはいらねぇよ!」


ティアが話を区切らせようと本題に入ろうとした言葉を遮るように、次の瞬間空から声と同時に殺気が振ってきた。

空を見上げればルークとは違う濃い赤の髪が目に入り、その髪を持つ男はルークへと切りかかる。
振り下ろされた剣に斬られることは免れたものの、弾き飛ばされてルークは石畳に転がった。

無様に転がるルークを守るようにガイとフィルが剣を構えて前に出る。

だが、紅の髪の青年は2人に目もくれず剣を構えてルークに駆け寄った。

――斬られる!

そう思ったその時、鉄と鉄がぶつかりあう音がその場に響き渡った。


彼らの目の前に現れ、青年の剣を受けたのはティアと同じマロンベース卜の髪を高い位置でひとつに結び、顎に立派な髭を生やした男だった。


それを見て、フィルの目が見開かれる。


「(あれは……)」


幼い頃に見た元主人に仕えた剣士。

自分など彼の足元にも及ばなかった憧れの人。


そう、神託の盾騎士団主席総長…ヴァン・グランツだった。


ヴァンは、己の剣で彼の剣を受けると、力任せに押し返す。


それにより、ヴァンから間合いを取った青年に対しヴァンは声をあげた。


「退け、アッシュ!」

「……ヴァン、どけ!」

「どういうつもりだ。私はおまえにこんな命令をくだした覚えはない。退け!!」


ヴァンの威圧に負けたのか、アッシュは剣を収めるとルークへと一目向けるとすぐに背をむけ、その場から風のように駆け去った。

アッシュが去ることで、場の緊張感が和らぐ。

そして、ルークが「師匠!」と叫ぶとヴァンは肩眉をあげてルークへと笑いかける。


「ルーク。今の避け方は不様だったな」

「ちぇっ、会っていきなりそれかよ……」


いきなりの指摘にルークはそう言うものの、嬉しそうな表情は変わらない。
だが、そののどかな雰囲気を邪魔するように、ティアは声をあげる。


「……ヴァン!」

「ティア、武器を収めなさい。おまえは誤解をしているのだ。頭を冷やせ。 私の話を落ち着いて聞く気になったら宿まで来るがいい」


ヴァンはそれだけ言うと、宿へと向かって歩き出す。
その背中にルークは慌てて声をかけると、ヴァンは振り返った。


「ヴァン師匠!助けてくれて……ありがとう」

「苦労したようだな、ルーク。しかし、よく頑張った。さすがは我が弟子だ」


ヴァンは誇らしげな笑顔と共にルークにそう言うと、ルークはへへっと照れくさそうに笑った。
そして、彼の姿が宿屋へと消えていくと、イオンは何か悩んでいるような様子のティアへと声をかけた。


「ここはヴァンの話を聞きましょう。分かり合える機会を無視して戦うのは愚かなことだと僕は思いますよ」

「……イオン様のお心のままに」


さすがにイオンには言い返せないのか、ティアはそう言うとイオンも穏やかに頷いた。

そして宿へと歩き出す面々の中に声を発せずただ宿の扉をじっと見つめる人物がいる。

――フィルだ。


「………ヴァン…グランツ…」

「…?おーい、何やってんだよ、フィル!行くぞ!」


ルークがただ立ち止まったままのフィルに気付いて声をかけると、フィルはハッと我に返りルークを見る。

だが、宿に向かおうとする気はしない。
フィルは困ったような笑みを浮かべて、口を開いた。


「わたし、アイテムの確認をしてるからルーク達だけで聞いてきてくれる?」

「フィル?」


ティアもフィルの様子に気付いたのか、足を止めてフィルを見た。


「いくらヴァン謡将に会えたからって戦いがなくならないとはいえないから…。準備に越したことはないでしょう?話はあとから大佐かガイ殿に聞くわ」


そう言って、フィルは2人に中に入るよう促すと、2人はどこか納得のいかなそうな表情をしていたが
しぶしぶ宿屋の中に消えていった。


扉が閉められると、今まで保っていたフィルの笑顔が急に消える。


手に持った剣を腕輪へと戻すと、フィルは呟く。



「……ガイラルディア様…ヴァン…、ルーク…」



嫌な予感がする。


そう感じるからこそ、フィルはアイテムの確認の為行商人の下へと向かった。




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