フーブラス川を越えれば、もうカイツールは目の前。
海岸沿いに歩いて少し経つと、ジェイドが皆を止めた。
「少しよろしいですか?」
「 ……んだよ。もうすぐカイツールだろ。こんなところで何するんだっつーの」
ジェイドに足を止められて最初に口を開いたのはルーク。
せっかくもうすぐ故郷に帰れると思っていた気分を、急にそがれたようで不満げに言った。
だが、イオンはジェイドが止めた理由が分かっていたのか、体をむき直し「ティアの譜歌の件ですね?」と問いかける。
ジェイドは、静かに頷くと言葉を続けた。
「前々から、おかしいとは思っていたんです。彼女の譜歌は私の知っている譜歌とは違う。 しかもイオン様によればこれはユリアの譜歌だというではありませんか」
「はあ? だから?」
自分の分からないことばかりを言うジェイドに、ルークが苛立つ。
それをガイがなだめるように、説明した。
「ユリアの譜歌ってのは特別なんだよ。そもそも譜歌ってのは、譜術における詠唱部分だけを使って旋律と組み合わせた術なんだ。ぶっちゃけ譜術ほどの力はない」
「でもユリアの譜歌は違うんです。彼女が遺した譜歌は譜術と同等の力を持つようです」
ガイに続けてフィルがそう言う。
すると、ティアは表情を硬めにして言った。
「……私の譜歌は確かにユリアの譜歌です」
「ユリアの譜歌は、譜と旋律だけでは意味をなさないのではありませんか?」
「譜に込められた意味と象徴を正しく理解して、旋律に乗せるときに隠された英知の地図を作る…、確か一子相伝の技術みたいなものらしいな」
ジェイドの言葉に、ガイがぽつりと呟いた。
それに、ティアとフィルは驚いたように目を丸くすると、フィルは苦笑した。
「ガイ殿…よく知ってますね」
「昔聞いたことがあってね」
肩をすくめる元主人を見てフィルはふと眉を顰める。
だが、ジェイドはそんな三人を見てティアへと顔を向け再び質問をする。
「…あなたは何故、ユリアの譜歌を詠うことができるのですか。誰から学んだのですか?」
「……それは私の一族がユリアの血を引いているから……だという話です。本当かどうかは知りません」
「ユリアの子孫……なるほど……」
「ってことは師匠もユリアの子孫かっ!?すっげぇっ!さっすが俺の師匠!カッコイイぜ!」
シリアスな雰囲気にルークの突如明るい声が聞こえて、面々は困ったような表情をした。
その妹にもなるティアは、複雑な心境だろう。
フィルは喜ぶルークを見ながら、向こう側でジェイドがティアに礼を言っていたのに気付いて顔を向ける。
「いずれ機会があれば、譜歌のことを詳しく伺いたいですね。特に『大譜歌』について」
「『大譜歌』?なんだそれ」
ルークが再び首をかしげて聞いてくるので、イオンは優しい笑みで教えた。
「ユリアがローレライと契約した証であり、その力をふるう時に使ったという譜歌のことです」
そうイオンが教えている間にもティアの表情は曇っていく。
「……そろそろ行きましょう。もう疑問にはお答えできたと思いますから」
ぽつりと言うとティアは皆に背を向けて歩き出した。
それを見てルークが「何だよ、あいつ」とぼそりとつぶやいたのが聞こえ、フィルは眉尻を下げた。
「ルーク様…」
「っ、ちっ」
フィルが声をかけるが、ルークは顔を背けるとティアに続いて歩き出す。
そんなルークに、ガイは「しょうがないなぁ」と言葉をこぼすがフィルは腕を組んで首をかしげた。
「あの…ガイ殿」
「何だ?」
「……わたし、ルーク様に嫌われてるのでしょうか?」
顎に手を置き、本気で悩むフィルにガイは明るく笑った。
「フィルもある意味鈍感だよな。君、昨日の夜ルークに何言われたか覚えてるかい?」
思い出せば分かるよ、とだけ言うと頼みの元主人は自分より先に歩いていってしまった。
そう言われれば、思い出すしかなくフィルは必死で脳をフル回転させる。
そして、ある事実を思い出した。
『お前、俺のこと『ルーク』って呼べよ。敬語もいらねぇ。』
『ですが……。』
『俺が良いって言ってるんだからいいんだっつーの。』
「…………ああっ!」
はっきりと思い出すとフィルは思わず声をあげる。
昨日の夜と今日の朝とでは全く態度が違う理由がこれで分かった。
結局自分はルークに「様」付けプラス敬語で話しかけていたのだ。
「拗ねてた……ってこと?」
今までのルークの行動を思い出すと、なんだか可愛いと思ってしまいフィルは自然と笑みをこぼした。
そして、ルークの背中を追いかけ隣に並ぶと、優しく声をかける。
「ルーク、カイツールまでもう少し。頑張ろう」
それだけ言うと、フィルは前を歩くジェイドやティアの方へと駆け出した。
だが、ルークは唐突なフィルの言葉に、ぽかんとしてその場に立ち止まる。
「これで少しは元気になったか?ルーク」
「う、うるせぇ!」
図星をつかれたのか、ルークはそうガイに向かって怒鳴ると大股で歩きだした。
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