任務の前のひと騒動

「よぅ、そこのガキんちょ共! ちょっと面貸せや」

 チュン太郎から渡された指令書を読んでいる最中に突然現れたて、ガラの悪いお兄さんのように声をかけてきたのは黒髪の長髪の男だ。しっかりとうなじ辺りで髪を結び、隊服の上に地面に擦れるくらいの長い羽織を身にまとうその姿に、一瞬誰か分からずに困惑していると、炭治郎が「あっ」と声を漏らした。

「狂舞さん? どうしたんですか?」
「ええ!? これ、舞のおっさんっ!? よくよく考えたら確かにガラ悪い喋り方してるけど、あの博打にめっちゃ弱いのに博打大好きで、酒乱な上、女性隊士からとことん嫌われてるあの舞柱!?」
「おい、我妻。全部声が漏れてっぞ。せっかく鈴の良い話を持ってきてやったっていうのに、無駄足だったようだな」
「あああっ、ちょっ、待ってください! 鈴ちゃんの話なら聞きます!」

 慌ててまともな格好をしている狂舞さんを止める。確かに性格に難ありだが、この人は一応仮にも鈴ちゃんの師匠で親代わりだ。下手なことは言えない! 俺の態度に気付いて狂舞さんが踵を返しかけた足を止めて、こちらに向き直ってくれた。

「それで、一体どういった話なんですか……?」
「ああ、実は……」

 言いづらそうに狂舞さんが唇を一度横に締めた。一体何事だろうかと俺が息をのみ、続く言葉にドキドキして耳を傾ける。そう、俺は耳がいいんだ。鈴ちゃんに関してのことなら、一言も聞き漏らさな……―

「鈴に恋人が出来た」
「聞くんじゃなかった!! え、それほんと!? 嘘ですよね!? 嘘だって言ってェェエッ!!」

 いきなりどん底まで突き落とされて、俺は思わず頭を抱えて悲鳴を上げた。狂舞さんの腰にしがみついて、とことん聞きたくなかったと叫び続けると、炭治郎が首を傾げた。

「鈴に恋人……? あの鈴に、恋人が…?」
「何度も言い続けんじゃねぇよ炭治郎! 俺は信じねぇぞ!」
「でも、それなら良いことじゃないか。祝福してあげないと……」
「なんで俺以外の野郎が鈴ちゃんと良い事してるのに、祝福しなきゃなんないんだよ!? 鬼か! お前は!」
「男ならスパッとあきらめろ! 善逸!」
「言いきらないでよ! せめて奪い返せくらい言ってよぉおおっ!!」

 炭治郎がはっきりと地獄を指摘してきて、俺は悲しみのあまりに絶叫を返した。
想像の中の俺の知らない男が、鈴ちゃんの腰に手を当ててる姿が出るだけで血反吐出そう。ああ、俺、初めて人を斬れるかもしれない! 恨みって凄いね、嫉妬って凄いね! 絶対に祝福なんてしてやるもんか。きっとどうしようもない男で、鈴ちゃん優しいから押しに押されちゃって騙されてるんだ! 挙句の果てに鈴ちゃんを泣かしたりするとんでもない男なんだ! ああ、でも……もし、強くて優しくて甲斐性もあったらどうしよう……。すっごい美男子で、次期柱とか言われてる人だったら……。それで彼女が幸せなら、炭治郎の言う通り身を引くというのも男じゃないのか? 善逸。そうだ、未練たらしく居ても仕方がない。すっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっごい胸が痛いし、死にそうだけど…俺、鈴ちゃんの為なら諦め……あきら…、め……

「諦められるか! こんちくしょぉおっ!!」
「まぁ、嘘だけどな」
「嘘かよ! 俺が今人生で一番悩んで答えを出そうとしたっていうのに、あんたって人はそんな簡単に嘘ってほんととんでもねぇ柱だな! 嘘で良かった!!」

 あっけらかんと嘘だと言い切ったこの舞柱に心の底から感謝する。けど、この人のついた嘘は許さねぇ! 無駄に落ち込んだじゃんか! 俺達今から任務だっていうのに、思いっきり疲れたじゃんか!
 俺が涙目で睨みつけていると、舞柱は腹を抱えて肩を震わせていた。このおっさん、本当に嫌い! 鈴ちゃんが斬りたくなる気持ちがよく分かる。思わず日輪刀に手をかけそうになったが、おっさんはまぁまぁと軽く片手を上下に振った。俺が落ち着けないのは誰の所為だと思ってんだよと思ってると、狂舞さんは息を吐いて俺達の手元へと視線を向けてくる。

「……、本題はお前たちの所に来た指令の話だ。温泉街の任務なんか、女もいっぱい居てさぞ楽しいだろうよ」
「本音が駄々漏れです、下衆柱」
「上官を敬うことが出来ねぇのかよ、このひよっこが」
「敬ってほしかったらあんな嘘ついてんじゃねぇよっ!」

 本当に埒があかないなこの人は! そんな呆れた視線を送ってきても、俺の中ではあんたの評価がた落ちだからな!
 目から涙流して言い返すと、見かねた炭治郎が苦笑をこぼしつつ話を促した。

「それで、この指令書が何か? 俺と善逸、伊之助、鈴の四人で行くみたいですけど……」
「そこで起きてる事件の話だ。狙われてるのが十から十五の娘ということだが、万一それの正体が鬼だとする。……お前ら、あいつの過去は聞いたことは?」

 狂舞さんのいきなりの問いかけに、炭治郎と俺は顔を見合わせた。確か神職の生まれで、五年くらい前に村全体が鬼に襲われて、助けたのがこの狂舞さんだったはず。鈴ちゃんの家族はみんな殺されたって聞いたけど……。俺達は狂舞さんに向けて説明すると、話が早いとこの人も頷きを返してくれた。

「家族がみんな殺された、か。あながち間違ってはいないな」
「はぁ?」
「あの村の生き残りは鈴だけだった。あとの遺体は当時の鬼殺隊が埋葬した。だが、その中にあいつの弟の姿だけはなかった」
「それって、鈴の弟は生きているってことですか? どうしてそれを鈴に言ってあげないんです?」
「それをお前が言うか? 竈門。鬼を襲った犯人は弟で、それが人を食った、と」

 狂舞さんの一言に、俺達は言葉を詰まらせた。鈴ちゃんの弟が鬼……? それも炭治郎の時と違って、人をすでに食ってるって……。

「さて、ここで問題だ。なぜか狙われている娘は、鈴の年齢と酷似している。あいつがもしあの時死んでいたら享年十歳だ。だが生きている今は十五歳。この意味が分かるか?」
「それって、……今回の鬼が鈴ちゃんを探している弟かもしれないってこと……?」
「ああ、あくまで可能性だ。お前らは知っておいた方がいいと思ったから話した」

 さらっと軽く狂舞さんは言うと、懐から扇子を取り出して風を煽る。戸惑う俺達の気持ちなんて知らないだろうに。身勝手な人だって鈴ちゃんも言ってたけど、本当に身勝手過ぎる!
 ちらっと炭治郎の方を見れば、こいつもやっぱり禰豆子ちゃんのことがあるからか悲し気な音が聞こえてきた。しばらく俯いていた顔を、意を決して上げて炭治郎は口を開く。

「……、分かりました。でも、まだ決まったわけじゃないですから!」
「ああ、俺も違う事を願ってる。それと我妻」
「は?」

 いきなり名前を呼ばれて俺は顔を上げると、狂舞さんは近付いてきて小声で一つ囁くと、俺が反応する前に離れた。今、この人…なんつった……? 聞いた言葉が冗談だと思いたく、僅かに震える身体をぐっと腕で抑え込んだ。だけど、あの人はにっこりと笑って俺の肩に手を置いて去って行ったんだ。「鈴を頼んだぜ? 桑島さんの秘蔵っ子」とだけ言い残して……―
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