温泉の街

 夜も明けて、お世話になった藤の花の家紋の屋敷の人たちにはお礼を伝え、やっとたどり着いたのは賑やかな温泉街だった。鬼が出るという割に、活気づいていて伊之助くんが僅かにおびえている姿が見える。炭治郎の後ろに隠れながらきょろきょろする姿は、まるで列車のときのようで可愛い。

「賑やかだなぁ。それも街とはまた違う賑やかさだ」
「うん、観光地って感じだよね」

 街の喧騒とは違って、また独特のにぎやかさ。生活しているというよりも、旅行にきて気持ちも浮ついているような感じである。炭治郎がホッと息をこぼしてるのを見ると、どうやら都会の騒がしさは苦手なようだ。わたしはつい笑ってしまうと、炭治郎が気付いてお互いに顔を見合わせて笑いあった。すると、伊之助くんが炭治郎の羽織をぐいっと引っ張った。

「な、なんだ……っ、なんか変な匂いがするっ!」
「ああ、これは硫黄の匂いだな。近くに温泉があるっていう証拠だ」
「炭治郎、鼻大丈夫なのか? 硫黄だと普通にしていても結構つらいぞ?」

 善逸が鼻が利く炭治郎を心配して、鼻を指し示すように自分の鼻に触れて問いかける。炭治郎もどうやら図星だったようで、苦笑いを浮かべていた。

「ああ、風向きによっては俺の鼻は利かないかもしれない。でも、嫌な臭いじゃない。むしろ、休まるような…―」
「イヤァアアアアアッ! 鼻が利かなかったら炭治郎の探索能力ゼロじゃん!? 鬼が近づいてきたらどうするのよ!?」
「落ち着け善逸。お前だって音で分かるだろ?」
「俺が分かってどうするんだよ!? 見つけてもすぐに殺されるぞ!? ちゃんと守ってくれるんだよな? 守れよ!?」

「……あいつ、ずっと寝てた方がいいんじゃねぇか?」
「そう言わないの、伊之助くん」

 善逸くんの怯え様を見て、わたしは盛大なため息を零した。変わらない彼だが、煉獄さんの件があって少しは良くなったんじゃないかなって思ってたんだけど……。
 ただ善逸くんの気持ちも分かる。これだけの人がいる中で、匂いと音をかぎ分けるのは至難の業だ。伊之助くんの探索能力も流石に難しそうである。そうなれば、今回は聞き込みしかなさそうだ。

「それじゃあ、とりあえず荷物を置いて聞き込みに行こうか? その方が早い気がするし、何よりこれだけの人が居たらきっと探すのも大変だよ」

 これ以上の被害が出る前に行動しなければいけない。わたしの促しに面々が頷いて、まずは宿を探すことにした。
この温泉街にはどうやら藤の花の家紋の家がない。となれば、必然的に宿が必要になる。伊之助くんの被り物を見ても驚かない宿の人がいればいいんだけど、それはもう……、誤魔化すしかない! 適当な宿で宿泊できるか確認して、やっと見つけられたのは十数件目……。最初は数えていたけど、既に満室だったり、伊之助くんに驚いたりで、もうそろそろ嫌になって来た。善逸くんは「お前の所為だ!」って伊之助くんに絡むし、伊之助くんは「宿なんて取らなくても山で十分だ!」と言い出すし、それで殴り合いに発展して最終的に炭治郎が「いい加減にしないか! 街の人に迷惑だろ!」と二人の間に入って諫めるの繰り返し。やっと見つけたその宿は、他の宿よりも少し離れたところでこじんまりと経営していた。ただ一つだけ問題がある。それは……

「本当にいいのか? 鈴」
「わたしは大丈夫だよ。それに、禰豆子ちゃんだってこの部屋で寝るんでしょ? だったら同じじゃない」
「す、すすすすすす、鈴ちゃんと同じ部屋!」
「善逸くんだけを部屋の奥へ追いやってくれれば」
「酷くない!?」

 同じ部屋で寝ることに対して、そのまま空にでも飛んで行ってしまいそうな勢いで喜んでいる様子から、一旦下げ落とした方が安全だとスパンと言い切る。別に善逸くんを信用してないわけではないけど、そこまであからさまに気にされると、こっちはこっちで不安になるんだよ。だからわたしは酷くない。

「俺様はここにするぜ!」
「あ、じゃあわたしは伊之助くんのとな……―」
「鈴ちゃんは、ここ! ぜーったいにここ!! 俺の隣!!」

 伊之助くんの隣なら安全であろうとそこへ向かおうとしたが、善逸くんがばんばんと一番端の布団を叩いて譲らない。目を血走らせて必死に言い切る様子から、これはあまり否定するとこじらせる気がする。すると、禰豆子ちゃんの木箱を下ろしながら不安げに此方を見ていた炭治郎と目が合った。助けを求めると、炭治郎も腕を組んで首を傾げつつも、何か名案が浮かんだのかぽんっと手を叩いた。

「じゃあ、鈴が伊之助と善逸の間で眠ればいい。そうすれば、お互いの希望が叶う筈だ」
「ちっがあぁああうっ! 俺は、鈴ちゃんが、他の、男の、隣で、寝て欲しくないの! 分かれよ炭治郎!」
「でも、善逸くんの隣はそれはそれで危ない気がする」
「何もしないから! 天に誓って絶対に何もしないから! だからお願いだよぉおおおおっ!」
「あほくせぇ……、寝る場所ぐらいでグダグダ言いやがって……」
「馬鹿猪は黙っててくれる!? 俺は今一生に一度の大事な話をしてるの!」

 伊之助くんにしっかりと言い返しながらも、おいおい泣きながらわたしの腰にしがみつく善逸くんにわたしは大きくため息をついた。一生に一度って大げさな……。まぁ、実際は誰の隣でも良かったんだけど。善逸くんがこういうなら尚更ね……。

「分かった。もし変なことをしたら、炭治郎」
「ああ、俺が責任もって善逸を処分するから」
「待って待って待って! 本当になんでそこまで二人とも気が合ってるの!? 処分って何なのぉおお!?」

 焦りまくる善逸くんを尻目に、わたしと炭治郎は目を合わせて笑い始めた。ここまで脅しておけばおかしな真似はしないだろう。わたし達はそう考えて、漸く荷物を解き始めたのだった。
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