指令

 柱である煉獄さんが亡くなってから二か月。明るかった煉獄さんがいなくなったことで、僅かながらに里は暗く曇り空が続いてるように見えたが、それも少し慣れてきたころだった。身体の傷も癒えて、より鍛錬に力を入れて修行に明け暮れていたわたしに、鎹烏が指令を運んできたのは……。

「……、温泉の町で消える少女……?」
「ふぅん、女が消えてるとなればこの俺様も黙っていられないな! しかも温泉と来た!」
「そこの色情魔は黙ってて。今、指令を読んでる最中なんだから」
「ちょ、俺、一応お前の師匠で、柱なんですけども……!」

 炎柱が亡くなり、柱が空席となった今、柱に近い力を持った師匠に声がかかったのは必然だったのだろう。階級剥奪された元柱に、改めて声がかかるなど滅多にない。それだけ鬼殺隊の体勢が崩れたということか。わたしにとっては、煉獄さんの代わりが出来るとは思えないけども。このド変態で阿呆な師匠に。
 しょぼんと肩を落とす師匠を放置して指令を読み終えると、わたしはそれを机の上に置いた。

「師匠、鬼ってどうして女の子が好きなんですかね。変態なんですかね? 比較的女性が狙われるのが多い気がするんです。やっぱり師匠みたいに助平な阿呆が多いということなんですかね? これだから男は……」
「お前、鬼を貶めるふりして俺を否定してないか!? いつか泣くからな! ついでにお前が好きなあの雷小僧だって同じ女好きの男だからな!」
「ふふ、締め上げられたいですか? それとも、もぎ取られたいですか?」

 ぎゅっと拳を握って見せると、師匠は高速に首を横に振る。まったく。そんなに青ざめるくらいなら最初から言わなきゃいいのに。ただ、善逸くんの女好きに関しては、わたしは否定できない。でも、好きになってしまったのは事実で、わたしは顔を横に逸らした。
 庭に干した洗濯物が風に舞うのを眺めていると、師匠からため息が聞こえてくる。

「鬼が女を好きなのは、あれだろ? 肉が柔らかい。抵抗力が弱い。つまりは、食としても狩りとしても、良い点が多いってのが理由だろう。味は……、鬼じゃなきゃ分からねぇがな。胸糞悪い話をさせんじゃねぇよ、馬鹿弟子」

 ぺんと頭を叩かれる。確かに聞いても話しても気持ちの良い話ではない。師匠の話から考えるに、それはきっと子供にも値するだろう。子供なら、男も女も関係ない。わたしもあの時、師匠に助けられなかったらきっと食われていた……。

「さてと、それじゃあわたしは準備してきます」
「おうよ、万全の用意をしていけよ?」

 わたしが置いた指令書に手を伸ばしながら、師匠は軽くそう言ってのけた。わたしは形だけの会釈を返して、任務に向かうべく立ち上がってその場を離れた。師が難しい顔をしているとは知らずに……。


 **


 今回の任務に関しては分かっていることは三つ。
 少し寂れた温泉街であること。十歳から十五歳くらいの少女が消えているということ。そして、その任務に当たるのは四人の鬼殺隊士であること。

「絶対、今度こそ、俺、死ぬ!」
「落ち着け善逸! 見苦しいぞ!」

 荷物を持って蝶屋敷に様子を見に来てみれば、指名された残り三人がすでに門先で騒いでいた。あの無限列車から二か月、わたし達は二度とあのような悲しいことがないよう、また煉獄さんの意志を継ぐという意味も含め、鍛錬に専念してきた。善逸くんも任務に対してあまり駄々こねなくなったし、伊之助くんも含めて三人で山を駆け上がったり下りたりしているという話もよく聞いている。今回の任務は修行の成果を見せるための任務と言っても過言ではない。
 わたしは騒ぐ二人に向けて歩みを進めると、わたしに気付いた善逸くんが両手を上げて駆け寄ってきた。

「鈴ちゃぁあんっ!」

 突進してくる善逸くんに対して、わたしは思わずそれを避けてから、炭治郎と伊之助くんに向き直った。後ろで豪快に転んでいる善逸くんのことは、全くもって見えていない。

「おはよう、炭治郎、伊之助くん」
「おはよう、鈴」
「よう、金子」
「誰が金子よ、誰が」

 炭治郎の爽やかな挨拶に続いて、わたしの名前と思われる呼び名にわたしは軽く目を細めた。相変わらず名前を覚えないことに小さく息をついてると、泣きながら叫ぶ善逸くんの声が聞こえてくる。

「っ、鈴ちゃんどうして俺を避けるの!? めっちゃ転んだ! 鼻擦りむいた…っ、あれ? 俺の鼻ちゃんとある!? ねぇっ!」

 大丈夫、鼻はそんな簡単に取れたりしないと心の中で呟いておく。ああ、本当にいつもの光景だとわたしはつい笑ってしまった。善逸くんを避けたのは、ほら、あれですよ。流石に蝶屋敷前で抱き付かれたら恥ずかしいじゃないですか……。
 誰に言い訳をするわけでもなく内心で否定しながらも、三人に改めて向き直ってはこほんと軽く咳払いをする。

「今回の任務、この四人みたいだね。禰豆子ちゃんは?」
「ああ、ちゃんとこの箱の中にいるぞ」

 炭治郎が背負っている箱に視線を送る。だけど、今回の任務内容は少し特殊である。鬼である禰豆子ちゃんが狙われる可能性は低いとは思うが、まったく無いとも言い切れない。わたしが言葉をあぐねていると、炭治郎は察してくれたのかこくりと頷いて見せた。

「心配しなくても大丈夫だ。禰豆子も鬼殺隊の一員だからな。それより、鈴の方は大丈夫なのか?」
「それならわたしも同じだよ。鬼殺隊の隊士だからこそ、今回の件は見逃せない。それも同じ歳の女の子が狙われてるなら尚更……」
「いや、そうじゃなくて今回の……―」
「うわぁああっ! 炭治郎! ほら、さっさと行こうぜ!」

 いきなり善逸くんが炭治郎の口を塞いだ。そのままずるずると引っ張って連れていく様子に唖然とする。何か隠されてる気がするんだけど……。わたしの気になる視線を善逸くんは必死に隠しながら、炭治郎の頭を脇に抱えて早足で歩いていく。「何するんだ、善逸!」「いいから黙って歩け!」「俺を置いて行くな!」と三人で何か言い合ってるのも聞こえてくるが、今は放っておくことにしよう。
 わたしは息を吐くと、先を歩く三人(もとい一人は引きずられている)を追って歩き出した。

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