決してわざとじゃないんです

 鈴ちゃんと別れて野郎所帯になった俺達は、再び分かれて情報収集を始めた。いや、禰豆子ちゃんもいるよ!? だけど、ほら、お昼は出てこれないじゃん? 一気に華が無くなった上に、鈴ちゃんがいないことが本当に寂しくて俺はとことこと街を練り歩いていた。
 温泉街では本当に色んな音がする。観光地に来てはしゃぐ人たちの気持ちも分かるし、恋人同士や夫婦で来ている人たちもいる。目の前でイチャつく人たちを見て殺意を抱くのは当然でしょ。こちらとて仕事で来てるっていうのに。俺だって本当なら鈴ちゃんと肩を並べて鬼の事なんて忘れて逢引したいっつーの!
 彼女の気持ちに気付いたのはつい最近の事。でもお互いに言葉には出来てなくて……。もしかしてあれは間違いだったんじゃないかってさえ最近思う。だから、鈴ちゃんに恋人が出来たっていうおっさんの言葉もつい信じてしまった。でも、俺と一緒にいるときの鈴ちゃんの音は、本当に幸せそうで優しい音がしてるから自惚れなんかじゃないと思うんだ。俺も彼女が好きだし、大切に思ってる。だからこそ、こんな危険な場所で一人になんてさせたくなかった。俺がいるから大丈夫ってわけじゃないよ? 俺の弱さは俺自身がよく知ってるし。でも、…それでも、彼女を守りたいって思う気持ちは嘘じゃない。怪我させたくないし、安全な場所にいてほしいって思うし、何より俺のお嫁さんとしてずっと幸せにしてあげたいって思ってる。なのに、全てが裏面に出てる気がするんだ。俺がもっと強くて、しっかりしてて、頼れる男だったらこんな思いはしなかったのかもしれない。

「はぁぁ……」

 大きなため息が出てしまう。もう色んな音がするし、疲れたよ……。俺は自然と音のしない方へと足を向けた。ずっと聞いていると、気持ちだって病んできてしまう。楽しそうな音だけならいいんだけど、やっぱり辛辣なものもあるから尚更だ。俺が沈んでいると、ふと街頭から声をかけられた。

「おいおい、兄ちゃん。そんなやつれた顔をしてったら、彼女に逃げられちまうぞ!」
「うるさいなぁっ! 放っておいて……って、昨日の……?」

 反射的に顔を上げて言い返すと、そこには昨日神社で会った職人のおっさんがいた。屋台の中で景気よく軽く手を上げてくるのに対し、俺は会釈を返して改めておっさんの方へ歩み寄ると、おっさんにはどうにも似合わない細かな細工が施された小物が並んでいるのに気付いた。

「これ、あんたが作ったのか?」
「そうよ、元はと言えばこっちが本職だ。それより、昨日の嬢ちゃんはどうしたんだ? 喧嘩でもしたのか?」
「喧嘩……っていうわけじゃないけど……」

 一般の人にどう説明すればいいのか分からない。俺がまごついていると、おっさんはごつい手を顎に当てて、ふむと考え始めた。

「まぁ、気を落とすなって! 女なんてもんはなぁ簡単なもんだ。贈り物をあげればコロッと機嫌直しちまう」
「そんなものなのぉ……?」
「おいおい、疑うなって。うちのかみさんの若いころはそうだったぜ?」

 徐々に効かなくなったけどなと話しながら落ち込み始めるおっさんに、俺はつい同情の眼差しを送ってしまった。なんだか可哀想な気がしてきた。でも、確かにおっさんのいう事は一理ある。俺は屋台に並べられた小物を手に取り、ひとつひとつ見ていった。あ、これ。炭治郎がつけてるのとちょっと似てる。気が付けば自分が欲しいものとかも含めて興味津々に見てしまった自分がいた。それに気付いたおっさんはまるで自分の事のように笑っている。ううっ、おっさんの罠にはまってないか……、俺……?
 だんだんと情けなくなってきながら、小物探しには抜かりはない。そして、一本の簪を手にしたとき、俺の胸はきゅっと締め付けられる感覚がした。彼女の瞳の色を思わせるような深い青緑のガラス玉。しゃらりと細い鎖が連なり、小さな蒼い石がいくつも下がっていて、少し動かすだけで涼やかな音がする。まるで、鈴ちゃんそのもののようで、急に彼女に会いたくなった。少しでもいいから、ほんの少しでもいいから、顔が見たい。

「おいおい、兄ちゃん大丈夫か?」

 心配そうなおっさんの声に、俺はハッと我に戻った。優しいなぁ……。見知らぬ俺を気遣ってくれたおっさんに、俺は財布から金を出すと、いくつかの品と引き換えに、おっさんに押し付けた。おっさんも最初はぽかんとしていたがすぐに察してくれたのか、すぐに代金を受け取ると俺の背を景気づけに強く叩いてくれた。すっごく痛い。けど、気持ちは嬉しい。
 俺はおっさんにお礼を言って、すぐに神社に向けて走り出した。

 やっと鳥居が見えてきて石階段を駆け上がる。神楽殿の周りには祭りの準備にいそしむ人がたくさんいた。きょろきょろと辺りを見渡すけど、当たり前だがここに彼女はいない。きっと神社の中だろうが、ここから鈴ちゃんを呼び出すとなれば至難の業だ。出来れば都合よく彼女がそこから出てきてくれればいいんだけど……。時刻はすでに夕刻。日が落ち始めるころで、準備も忙しくなるころだ。どうしたものかと悩んでいると、不意に聞こえた。多分、神社の裏手側だと思う。水の音とそして彼女の声。俺は喜びのあまりに、人の目をかいくぐって藪の中に入って行った。
 これくらい…、問題はない! 蜘蛛山にも入ったし、ちょっと人の手が入ってなかろうが、俺を止めることはできない。ざくざくと藪をかき分けて先を進むと、やっと開けた所に出られた。でも、あれ……? なんか、霧が出て? ううん、違う。これは湯気……?
 俺が呆気に取られていると、ふいに風が吹く。湯気が風にさらわれて視界が一瞬綺麗になると次の瞬間目に飛び込んできたのは、白く綺麗な曲線と女らしさを強調とさせた鈴ちゃんの裸体だった。



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